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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第53話 王都再会
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当初予告とタイトルが変わっています。あしからずご了承ください。

1


 腐肉王の迷宮から東に進み、街道に入り、王都に向かった。

 この道中を、レカンは急がなかった。

 ゆっくりと歩いた。

 歩きながら、いろいろなものをみた。

 両目でみえる世界の素晴らしさを、心ゆくまで堪能した。

 行き交う人や馬車をみては、何歩で相手に到達して、どう剣を振るかを心に思い描いた。

 木や花をみては、何歩で接近し、どう斬り裂くか、心のなかで想像した。

 右目だけしかみえなかったときにはつかみ切れなかった距離感を、今のレカンはつかむことができる。自分の足をどう動かし、体をどう動かし、腕をどう動かせば、目標物のどこをどのように切り裂けるのかを、精密に把握することができる。

 もともと〈立体知覚〉によって、そのようなことはできていたのだが、今はそれが自身の身体感覚とぴたりとはまる。計算によってつじつまを合わせるのではなく、肉体の直感によって、それができるのだ。言葉を換えていえば、彼我の間合いを肌で感じることができる。

 うれしくてたまらなかった。

 鼻から吸い込む大気さえ、今までとちがい、馥郁とした香気をただよわせているような気がした。

 今までの自分は急ぎすぎていたかもしれない、とレカンは思った。

 移動というのは目的地に着くための行動であり、速く移動すればするほど無駄が省けると考えていた。

 だが、今や、移動そのものを楽しみ味わう気持ちが、レカンにはある。

 風景を眺め、行き交う人々を眺め、木や草や人を、どう斬り倒すか想像する。

 そのことが楽しくてたまらない。

 これを旅というんだろうな、とレカンは思った。

 道中、エジスに立ち寄り、迷宮をみた。

 とてつもなく大勢の人間が、迷宮に入っていき、また出てきていた。

 その格好が奇妙なのだ。

 どうみても農作業に出かけるような姿をしているのだ。

 そうした連中がぞろぞろ巨大な入り口に入ってゆき、そしてまた、ふくらんだ袋を持ってぞろぞろと出てくる。入口近くには、飼いならされた大勢の長腕猿がいて、その長腕猿に袋を持たせて、大きな石造りの建物に運び込んでいる。

 兵士に聞いたところ、浅い階層ではあまり危険はなく、〈塩玉(ウィリジ)〉という名の動かない植物系の魔獣を倒せば塩が手に入るから、エジスには迷宮専門の塩農家というものがあるのだそうだ。

 もはやそれは農家とはいえないのではないかとレカンは思ったが、黙っていた。

 もちろん、ちゃんとした冒険者も大勢いる。彼らはもっと深い階層に潜るのだという。だが、塩農家の人間の数があまりに多いので、冒険者は埋もれている。

 そのうちに一度行ってみようと思ったが、なにぶん今はろくな防具がない。

 それに、大迷宮なのだから、じっくり時間をかけて潜りたい。

 ということで、今回は潜るのを諦めた。

 東に向かって歩いた。

 街道を行き来する人は多い。だが、同じ迷宮街道でも、王都からギドやスマークに向かう街道に比べると、道幅も狭く、人の数も少ない。

 やがて前方に王都がみえてきた。

 右に進む道がある。

 フィンケル迷宮に通じる道だ。迷宮街道のように石畳ではなく、砂利を敷き詰めた道だ。

(どんな迷宮か、一応みるだけみておくか)

 レカンは砂利道に足を踏み入れた。

 しばらく進むと壁があり、門があって、二人の番兵がいた。二人とも槍を持っている。

 厳しい目でレカンをにらんでいる。番兵の一人が口を開いた。

「ここは王家の私有地である」

 レカンは、王宮から下賜された緑色のメダルを番兵に示した。

 とたんに二人の番兵の態度は一変した。

「失礼しました。どうぞお通りください」

「ここがフィンケル迷宮で間違いないか」

「はっ。そうであります」

 レカンは門のなかに進んだ。

 広場があり、向かって右側には石造りのなかなか大きな建物がいくつかある。

 左奥のほうに迷宮の入り口らしきものがあり、二人の見張り兵が立っている。

 広場を行き来している人間は、いずれも騎士だ。

 と、建物のほうから馬に乗った一団がやって来た。

 騎士だ。

 数えてみると、十八人いる。

 いずれも手練れだ。そして全員がかなりの魔力を持っている。

 先頭の人物が右手を上げ、一団を停止させた。

 その人物は下馬し、馬を引いてレカンのほうに歩いてくる。

 ほかの十七人も、やはり馬から降りて、馬を引いてレカンのほうに歩いてきた。

 レカンから五歩ほどの位置で、先頭の騎士が止まり、話しかけてきた。

「レカン殿。お久しぶりです」

「久しぶりだな。デルスタン、だったか」

「はい。王都エレクス神殿所属神殿騎士、デルスタン・バルモアです。レカン殿に覚えていただけていたとは光栄です」

 正直なことをいえば、話しかけられるまで、レカンはデルスタンを思い出さなかった。ただ、どこかでみたような男だとは思っていた。

 わからなかったのも無理はない。

 デルスタンは、ずいぶんたくましくなっていた。

 以前から隙のない魔法騎士だとは思っていたが、飄々としてつかみ所がない反面、やや線の細さが感じられた。だが今は、体が一回り大きくなったような感じがするし、以前とは覇気がちがう。精悍さがあふれ出している。そのうえに、底知れない雰囲気を持っている。しかもこの男は、相当に魔法に詳しい。戦いになったとき、どんな手を繰り出してくるか見当もつかない。

「お前、強くなったな」

「あなたにそう言われるのを楽しみに特訓してきたんですけどね。あなたこそ、いったいどうされたんです。まるで別人だ。いえ、ツボルトとパルシモを踏破されたとは聞いていましたけど」

「特訓?」

「ええ。この二年半、フィンケルに通い詰めましたよ」

「ほう。迷宮騎士というやつか?」

「それ、迷宮で生命力を上げた騎士を、一般の騎士が軽蔑して言う言葉です。それを面と向かって言うのは、お勧めできません。というか、かなり非礼です」

「それはすまん。知らなかった」

 ユフなら迷宮騎士団のほうが格上なのだが、たぶんこれはユフ以外では当てはまらないのだろう。

「いえ。あなたに悪気がないのはわかってます。それに迷宮での修業を決意させてくれたのはあなたですからね」

「なに?」


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― 新着の感想 ―
風景を眺め、行き交う人々を眺め、木や草や人を、どう斬り倒すか想像する。そのことが楽しくてたまらない。これを旅というんだろうな、とレカンは思った。 『あっち側』の思考すぎる。
[良い点] そんな物騒な旅があるかw 何回読んでもこの話はクスリときますね
[気になる点] ふと気になったのですが 従来のファンタジー作品のテイマーのように、<調教>で手懐けた魔獣と一緒に迷宮に潜って共に戦うってのはこの作品世界ではできるんですかね? 後仮に戦えた場合魔獣のほ…
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