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当初予告とタイトルが変わっています。あしからずご了承ください。
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腐肉王の迷宮から東に進み、街道に入り、王都に向かった。
この道中を、レカンは急がなかった。
ゆっくりと歩いた。
歩きながら、いろいろなものをみた。
両目でみえる世界の素晴らしさを、心ゆくまで堪能した。
行き交う人や馬車をみては、何歩で相手に到達して、どう剣を振るかを心に思い描いた。
木や花をみては、何歩で接近し、どう斬り裂くか、心のなかで想像した。
右目だけしかみえなかったときにはつかみ切れなかった距離感を、今のレカンはつかむことができる。自分の足をどう動かし、体をどう動かし、腕をどう動かせば、目標物のどこをどのように切り裂けるのかを、精密に把握することができる。
もともと〈立体知覚〉によって、そのようなことはできていたのだが、今はそれが自身の身体感覚とぴたりとはまる。計算によってつじつまを合わせるのではなく、肉体の直感によって、それができるのだ。言葉を換えていえば、彼我の間合いを肌で感じることができる。
うれしくてたまらなかった。
鼻から吸い込む大気さえ、今までとちがい、馥郁とした香気をただよわせているような気がした。
今までの自分は急ぎすぎていたかもしれない、とレカンは思った。
移動というのは目的地に着くための行動であり、速く移動すればするほど無駄が省けると考えていた。
だが、今や、移動そのものを楽しみ味わう気持ちが、レカンにはある。
風景を眺め、行き交う人々を眺め、木や草や人を、どう斬り倒すか想像する。
そのことが楽しくてたまらない。
これを旅というんだろうな、とレカンは思った。
道中、エジスに立ち寄り、迷宮をみた。
とてつもなく大勢の人間が、迷宮に入っていき、また出てきていた。
その格好が奇妙なのだ。
どうみても農作業に出かけるような姿をしているのだ。
そうした連中がぞろぞろ巨大な入り口に入ってゆき、そしてまた、ふくらんだ袋を持ってぞろぞろと出てくる。入口近くには、飼いならされた大勢の長腕猿がいて、その長腕猿に袋を持たせて、大きな石造りの建物に運び込んでいる。
兵士に聞いたところ、浅い階層ではあまり危険はなく、〈塩玉〉という名の動かない植物系の魔獣を倒せば塩が手に入るから、エジスには迷宮専門の塩農家というものがあるのだそうだ。
もはやそれは農家とはいえないのではないかとレカンは思ったが、黙っていた。
もちろん、ちゃんとした冒険者も大勢いる。彼らはもっと深い階層に潜るのだという。だが、塩農家の人間の数があまりに多いので、冒険者は埋もれている。
そのうちに一度行ってみようと思ったが、なにぶん今はろくな防具がない。
それに、大迷宮なのだから、じっくり時間をかけて潜りたい。
ということで、今回は潜るのを諦めた。
東に向かって歩いた。
街道を行き来する人は多い。だが、同じ迷宮街道でも、王都からギドやスマークに向かう街道に比べると、道幅も狭く、人の数も少ない。
やがて前方に王都がみえてきた。
右に進む道がある。
フィンケル迷宮に通じる道だ。迷宮街道のように石畳ではなく、砂利を敷き詰めた道だ。
(どんな迷宮か、一応みるだけみておくか)
レカンは砂利道に足を踏み入れた。
しばらく進むと壁があり、門があって、二人の番兵がいた。二人とも槍を持っている。
厳しい目でレカンをにらんでいる。番兵の一人が口を開いた。
「ここは王家の私有地である」
レカンは、王宮から下賜された緑色のメダルを番兵に示した。
とたんに二人の番兵の態度は一変した。
「失礼しました。どうぞお通りください」
「ここがフィンケル迷宮で間違いないか」
「はっ。そうであります」
レカンは門のなかに進んだ。
広場があり、向かって右側には石造りのなかなか大きな建物がいくつかある。
左奥のほうに迷宮の入り口らしきものがあり、二人の見張り兵が立っている。
広場を行き来している人間は、いずれも騎士だ。
と、建物のほうから馬に乗った一団がやって来た。
騎士だ。
数えてみると、十八人いる。
いずれも手練れだ。そして全員がかなりの魔力を持っている。
先頭の人物が右手を上げ、一団を停止させた。
その人物は下馬し、馬を引いてレカンのほうに歩いてくる。
ほかの十七人も、やはり馬から降りて、馬を引いてレカンのほうに歩いてきた。
レカンから五歩ほどの位置で、先頭の騎士が止まり、話しかけてきた。
「レカン殿。お久しぶりです」
「久しぶりだな。デルスタン、だったか」
「はい。王都エレクス神殿所属神殿騎士、デルスタン・バルモアです。レカン殿に覚えていただけていたとは光栄です」
正直なことをいえば、話しかけられるまで、レカンはデルスタンを思い出さなかった。ただ、どこかでみたような男だとは思っていた。
わからなかったのも無理はない。
デルスタンは、ずいぶんたくましくなっていた。
以前から隙のない魔法騎士だとは思っていたが、飄々としてつかみ所がない反面、やや線の細さが感じられた。だが今は、体が一回り大きくなったような感じがするし、以前とは覇気がちがう。精悍さがあふれ出している。そのうえに、底知れない雰囲気を持っている。しかもこの男は、相当に魔法に詳しい。戦いになったとき、どんな手を繰り出してくるか見当もつかない。
「お前、強くなったな」
「あなたにそう言われるのを楽しみに特訓してきたんですけどね。あなたこそ、いったいどうされたんです。まるで別人だ。いえ、ツボルトとパルシモを踏破されたとは聞いていましたけど」
「特訓?」
「ええ。この二年半、フィンケルに通い詰めましたよ」
「ほう。迷宮騎士というやつか?」
「それ、迷宮で生命力を上げた騎士を、一般の騎士が軽蔑して言う言葉です。それを面と向かって言うのは、お勧めできません。というか、かなり非礼です」
「それはすまん。知らなかった」
ユフなら迷宮騎士団のほうが格上なのだが、たぶんこれはユフ以外では当てはまらないのだろう。
「いえ。あなたに悪気がないのはわかってます。それに迷宮での修業を決意させてくれたのはあなたですからね」
「なに?」