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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第52話 腐肉王の迷宮
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 レカンは薄れゆく意識のなかで、左手を〈収納〉に差し込み、上級治療薬を取り出した。

 蓋を開けて飲んだ。

 それだけのことをするのに、ずいぶん時間がかかったし、集中力も必要だった。〈移動〉の魔法も使った。先に〈回復〉をかけていなかったら、それだけの作業さえできなかったろう。

 少し意識がはっきりした。わずかに力が湧いてきた。と同時に、治療薬が体を治そうとする作用のせいなのか、ひどい痛みが襲ってきた。

 上級治療薬は、レカンがもといた世界の魔法薬であり、つぶれた片目も、つぶれた直後に飲んでいたら、たぶん治っていたはずだ。それほどの効果がある薬なのだが、今のレカンを治すことはできないようだ。

 それはわかっていた。上級治療薬といえど、失われた手や足を再生することはできない。今のレカンは、体のあちこちがちぎれ、つぶれている。上級治療薬をもってしても命をつなぎとめることはできない。

 それでも上級治療薬は、レカンの死をいくばくか引き延ばしてくれた。もうろうとしていた意識も、少しばかり明瞭さを取り戻した。

 〈立体知覚〉であたりを探った。

 何かがある。

 箱だ。

 小さな箱だ。

(宝箱だな)

(オレの生涯最後の戦利品というわけか)

「〈浮遊〉〈移動〉」

 宝箱は、ふらふらと空中を移動し、レカンの顔の上にまで飛んできた。

「〈移動〉〈移動〉」

 調薬で鍛えた微妙なコントロールで、レカンは手も触れず宝箱を開け、〈移動〉の魔法でその中身を取り出して目の前に浮かべた。

 右目はほとんど機能していないが、それでもぼんやりとした影が映った。

(これは)

(まさかこれは)

 神薬だった。

 レカンは震える声で呪文を唱えた。

「〈移動〉」

 発動した魔法が神薬を口に運んだ。

 飲み込もうとしたが、嚥下する筋肉がうまく働かない。

 それでも時間をかけて神薬は溶けてゆき、驚くべき効果を発揮した。

 息を吸って吐くごとに、レカンの体が修復されていく。

 とくん、とくんと、心の臓が脈打つごとに、命の火が大きく強くなってゆく。

 みるみる力がみなぎってゆく。

 肉体の持つべきあらゆる機能が回復してゆく。

 あらゆる傷が、欠損が、修復されてゆく。

 まさに奇跡だ。

 神薬とは、これほどのものだったのだ。

 痛みもある。

 特に、足や腹や右手は強烈な痛みを感じている。

 そうだ。

 なくなったはずの右手が痛い。

 右手の指が痛い。

 肉体が再生されているのだ。

 やがてレカンは、むくりと体を起こした。

 ひどいありさまだ。

 さしものディラン銀鋼と大炎竜の鎧も、ぼろぼろで、肉体があちこち露出している。

 兜は吹き飛んでどこかに行った。

 迷宮の壁や天井や床の表面は、剥ぎ取られ粉砕され、床に落ちているが、そのなかに〈ウォルカンの盾〉があった。

 近寄って石をどけて持ち上げた。

「〈縮小〉!」

 無事に手甲になった。無事であったようだ。

 慣れ親しんだ盾が無事であったことに、レカンは言いしれぬ安堵を覚えた。

 神薬は失った血も回復してくれたようだ。

 体の奥に疲労感と奇妙な空腹感のようなものがあるが、活力は横溢している。

 装備を検めた。

 〈ローザンの指輪〉

 〈インテュアドロの首飾り〉

 〈ハルトの短剣〉

 〈不死王の指輪〉

 〈闇鬼の呪符〉

 〈白魔の足環〉

 〈ザナの守護石〉

 すべて無事だ。

 足元に、石塊に埋もれて杖がみえる。

 引き抜いた。

 〈コルディシエの杖〉だった。

 剣は折れたのに杖は無事だったのだ。

 考えてみれば、杖は障壁の内側にあった。その違いなのだろう。

 〈トロンの剣〉もあったので拾った。

 それにしても視界が広い。そして明るい。実によくみえる。

 はっと気づいた。

 左目が、みえている。

 視力を取り戻している。

「おお」

 神薬は、長らく失われていたレカンの左目を取り戻してくれたのだ。

 喜びがこみ上げてきた。

 そのとき、エダの顔が心に浮かんだ。

 今エダは、ユフで神殿長から特訓を受けている。

 〈浄化〉の技能を磨くための特訓だ。

 何のためかといえば、まずもってエダが願っているのはレカンの左目を治すことだ。

(エダには悪いことをしたな)

 再会したら謝ろう、とレカンは思った。

 修復のしようもないほど破壊された鎧と、やはりすっかり破れてしまった服を脱ぎ捨て、〈収納〉から服を取り出して身に着けた。

 その上から古ぼけた革鎧を着た。もとの世界で使っていた品で、蛇の魔獣素材だ。ずいぶん以前に奮発して購入した品だが、これもだいぶ傷んでいる。しばらく使わなかったので、固くなってもいる。

 小火竜の鎧は、ユフ迷宮の探索でぼろぼろになり、修復不可能だといわれたので処分してしまった。

 部屋を出て地上階層に転移し、迷宮を出た。

 地上の世界はまぶしかった。

 太陽が真上にあった。

 雨はすっかり上がって、晴れやかな天気だ。

 たき火をして、食事を取った。

 炙った干し肉を噛みしめて飲み込むと、生きているという実感を、強く感じた。

(それにしても)

(腐肉王の指を撃ち込まれたあと)

(毒だか精神魔法だか呪いだかにやられたが)

(どうしてすぐに回復したんだ?)

 あれはユフの魔獣が使ったのと同じような手だ。

 そして、ユフの魔獣より、腐肉王のほうがはるかに格上だ。

 実際、感じた悪寒はあのときの比ではなかった。

 たぶんだが、あのままでは、腐肉王の意のままに動く奴隷にされていたような気がする。とにかくあれは、恐ろしい力を持った呪いか何かだった。

 なのにどうして回復することができたのか。

 〈ローザンの指輪〉のおかげだろうか。

 いや。ユフ迷宮でも〈ローザンの指輪〉はしていた。だから多少は異常をやわらげてくれたが、結局黄色と緑のポーションを飲むまで、自由を取り戻すことはできなかった。あの魔獣と腐肉王を比べて、腐肉王のほうが格下であったとは、どうしても思えない。

 だが、ほかに該当する恩寵品がない。

 ふと、〈ザナの守護石〉のことを思い出した。

 〈ザナの守護石〉は、昔〈覇王の守護石〉とも呼ばれていた恩寵品で、攻撃力の増加に特徴があるが、呪い無効の恩寵も付いていた。ただ、その恩寵は弱いので、今まであてにしたことはない。

(それにしても正確にはどういう恩寵だったかな)

(今のオレなら深く読み取れるだろう)

 レカンは守護石を左手に持ち、右手に細杖を構え、魔力を練った。

 そして丁寧に準備詠唱を行い、発動呪文を唱えた。

「〈鑑定〉」

 すると、鑑定結果が浮かび上がってきた。


〈名前:巫女の守護石〉

〈品名:宝玉〉

〈出現場所:ユフ迷宮一階層〉

〈調整者:オリエ、ルビアナフェル〉

〈恩寵:物理攻撃力増大(大)、使用魔力補填(大)、巫女の祈り〉

※物理攻撃力増大(大):装着者の物理攻撃の威力を倍加する。通常状態では威力倍加の効果は(小)である。魔力を込めて使用すると効果は(大)になる。効果(大)を使用すると一日のあいだ魔力を込めることができない。

※使用魔力補填(大):物理攻撃力増大(大)の恩寵を発動させたあとしばらくのあいだ、使用者の魔力を補填する。

※巫女の祈り:呪いや毒や精神魔法などを受けない。受けてもすぐに無効化される。

※この宝玉の恩寵は、ライコレス神の祝福を受けた者にだけ発動できる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 51話2にて >>いっぽうレカンは、呪い無効のついた〈ハルトの短剣〉と、異常耐性と毒耐性と呪い耐性のついた〈ローザンの指輪〉をしている。〈ハルトの短剣〉ほど効果は強くないが、〈ザナの守護石…
[良い点] 最新話まで追いついてしまった この小説しっかり描かれていて面白いです(語彙少) この迷宮、封印しとかないと途中が魔法使えると楽だという設定だけに 最下層にいった人が帰ってこないという迷宮…
[良い点] シーラが逃げろと言った相手に勝ち、なおかつ生き残った! 幸運もあるとは思いますが、迷宮に愛されているレカンだからこそ、とも言えますよね! [気になる点] 腐肉王VSシーラ 夢の対戦! ど…
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