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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第52話 腐肉王の迷宮
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 腐肉王が再び人さし指を上に向け、くるくると振り回した。

 すると巨大な魔力の塊が五つに割れ、宙を泳いでレカンを取り囲んだ。

 これでは〈リィンの魔鏡〉が使えたとしても、一つしか反射できない。しかも反射した先に敵はいない。

 レカンは盾を手放した。

 〈ウォルカンの盾〉が音を立てて地に落ちた。

 かたかたかた、と音がした。

 腐肉王が、下あごを上下に動かしている。

 笑っているのだ。

 強大な力を持つ冒険者が、干からびた小さな骸骨一体に手も足も出ず、なぶり殺しの目に遭おうとしている。それを笑っているのだ。レカンの無力さをあざ笑っているのだ。

 レカンは左手を〈収納〉に差し入れて、〈爆裂弾〉を取り出した。

 こうしているあいだにも、腐肉王がとどめの攻撃をしてきて、レカンは死ぬかもしれない。

 だが、もうどうでもよかった。

 やろうと思ったことをやるだけだ。その途中で死ぬのなら、そういう運命だったのだ。

 安全装置を外し、スイッチを入れ、前方に放り投げた。

 宙を舞った〈爆裂弾〉は、地に落ちて音を立て、転がって、腐肉王の三歩ほど前で止まった。

 腐肉王は、眼下の奇妙な物体をみつめ、ちょこんと首をかしげた。

 レカンは〈収納〉から〈コルディシエの杖〉を取り出した。

 頭がくらくらする。

 もう立っていることもむずかしい。

 レカンの命の火は、いままさに消えようとしている。

(エダ)

(すまん)

 心で謝って、レカンは力を振り絞り、呪文を唱えた。

「〈障壁(オグディム)〉」

 弱々しい声だ。

 それでも、杖に仕込んでおいた対物理障壁が発現した。

 魔力をすべて失ってしまった今のレカンに、障壁を生成することができるかどうかはわからなかった。わからなかったが、やってみた。するとできた。杖に仕込んでおいた魔力が発動したのだ。

 ただし、完全な障壁ではないかもしれない。

 腐肉王は、かたかたと、一段と大きな音を立てて笑った。

 そして〈爆裂弾〉が爆発した。

 腐肉王が粉々に吹き飛ばされるのを、確かにレカンはみた。

 ほとんど同時に爆発はレカンを襲い、障壁を破壊し、レカンを吹き飛ばした。

 全身が衝撃に包まれ、レカンの意識は途絶えた。

 死んだはずのレカンだったが、やがて意識を取り戻した。

 ただし、体を動かすことはできない。

(なぜオレは生きている?)

(……そうか)

(自己治癒のスキルか)

 ツボルト迷宮で得た金ポーションは、レカンに自己治癒の能力を与えた。ただしそれは、瀕死の状態にあるとき、わずかにレカンを生かすだけの力しかない。

(治れ!)

(治れ!)

 必死で念じたが、自己治癒は働かなかった。

 意識のないまま発動してしまったため、今は発動できないのだ。

 レカンの体はずたずただった。

 あおむけに倒れたまま動くこともできない。体中の至る所が傷つき、折れ、裂け、ちぎれているのがわかる。

 今のレカンは人間の残骸のようなものだ。

 〈生命感知〉に意識を集中した。

 いつもならほとんど無意識に使う〈生命感知〉だが、今は意識を集中しないと情報が読み取れない。

 いない。

 この部屋にはレカン以外の生命は存在しない。

 ということは、腐肉王は倒したのだ。

(思い知ったか)

(オレの勝ちだ)

 そのとき、左手がかすかに動くのに気づいた。

 レカンは意志の力を総動員して左手を〈収納〉に差し込み、青ポーションと赤ポーションをつかみ出し、長い時間をかけてそれを口に運ぶことに成功した。

 赤ポーションには、ほとんど効き目がなかった。さすがに、ここまで痛めつけられた体は、赤ポーションでも治せないのだろう。それに考えてみれば、つい先ほど赤ポーションを使ったばかりだ。

 青ポーションのほうは、確かに効果があった。

 呪文を唱えようとして、声を発することができないのに気づいた。

 それでもしばらく努力して、小さなしわがれ声を発することができた。

「〈回復〉」

 この魔法は効果を現した。

 ただし修復されるべき肉体はあまりにぼろぼろで、起き上がることなどできはしない。

 こうしているあいだにも、命の火が弱まっているのを感じる。

 このままでは、もうすぐ死ぬほかない。

 何かできることはないのか。

 レカンは必死で考えた。

 そして、〈立体知覚〉で周りを探った。

 すぐそばに折れた剣があるのがわかった。

 〈妖魔斬り〉だ。結局一度も使わないまま、この剣は失われたのだ。

 最初から〈不死王の指輪〉を発動させて〈爆裂弾〉を使っていたら、こちらは無傷のまま腐肉王を倒すことができていたのだろうか。

 わからない。

 倒せたかもしれないが、そうはいかなかったかもしれない。

 こちらに戦闘力があるうちに〈爆裂弾〉を取り出しても、爆発させる前に〈爆裂弾〉を破壊されて終わったかもしれない。さっきは、こちらが圧倒的に不利で無力な状態だったから、腐肉王も油断したのだ。

 こんなことを考えてもしかたがない。

 戦いは終わった。

 敵は滅び、こちらは生きている。だから勝ったのだ。

 もうすぐこちらも死ぬけれども。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 感想のどっかで言われてるかもだけど、レカンって氷系の魔法滅多に使わんけど、あれ効果は物理じゃなかったかな?腐肉王に効かなかったかな?まぁダメージ通らんか当たらない予感しかしませんけども…
[良い点] ・「〈障壁〉」 ・杖に仕込んでおいた対物理障壁が発現した。 ・魔力をすべて失ってしまった今のレカンに、障壁を生成することができるかどうかはわからなかった。 ・わからなかったが、やってみた。…
[良い点] >もうすぐこちらも死ぬけれども。 しみじみ、あっさり、わびしい。 [気になる点] ・剣が空振りで出番がなかったザナの守護石ちゃんの見せ場  指ミサイルの呪い?をハルトくんと「ていっ‼」って…
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