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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第52話 腐肉王の迷宮
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 〈白魔の足環〉の恩寵が発動し、レカンは腐肉王の至近距離に転移した。

 レカンは〈トロンの剣〉を振りおろした。

 魔法攻撃は効かない相手だが、たぶん物理攻撃は効く。

 頭を砕けば、いくらなんでも倒せるだろう。

 だが、腐肉王の体は消え、レカンが振りおろした剣は、むなしく虚空を斬った。

 レカンは振り返った。

 離れた位置に腐肉王が立っていて、その指先とレカンの胸が、魔力の線でつながっている。

(なにっ?)

 いったいこの敵は何をするつもりなのか。

 その答えはすぐにわかった。

(オレの魔力が抜かれている!)

(こいつは人間の持つ魔力も抜き取ることができるのか!)

 レカンは左右に激しく動いたが、もちろんこんなことでは魔力のつながりは切れない。

(いかん!)

(魔力を全部抜かれたらオレの戦闘力は大幅に落ちる)

(その状態で攻撃されたらとても耐えられん!)

「〈ガスパーリオ・ラーフ〉!」

 レカンは呪文を唱えた。

(効いたか?)

 だが、腐肉王はちょこんと首をかしげた。

 〈闇鬼の呪符〉の恩寵が発動しなかったのかと一瞬思ったが、たぶんそうではない。恩寵は発動したのだ。

 〈発動の瞬間二十歩以内の距離にいたあらゆる命あるものが、心の臓が十回打つ時間動きを止める〉というのが、この品の持つ恩寵だ。

 たぶんこの敵は、この恩寵品の定義でいう〈命あるもの〉には含まれないのだろう。

 レカンはもう一度剣を振り上げ、突進しつつ呪文を唱えようとした。

「〈ゾルアス・クルト〉」

 そこまで唱えたとき、腐肉王がレカンの目の前に転移してきた。そして開いた左手から何かを飛ばしてきた。

 それは、レカンの振り上げた右手を狙っていた。そこだけは堅牢な鎧に覆われていない。

 痛みが走った。飛んできたものがレカンの右手に突き刺さったのだ。

 左手を開いた腐肉王の、人さし指の指先がない。

 腐肉王は、指先を飛ばしてきたのだ。

 少し勢いをそがれはしたが、そのままレカンは剣を振りおろした。

 〈トロンの剣〉が、奇怪な頭部を砕く寸前、腐肉王は転移して逃れた。

 転移した先は、再び部屋の奥だ。

 だが追撃することはできなかった。

 剣を振りおろした瞬間、強烈な悪寒に襲われ、全身の力が抜け、〈トロンの剣〉はレカンの手を離れて前方に落ちた。

 思わず膝をついたレカンは、自分の心から闘志が失われ、恐怖と敗北感が湧き上がってくるのを感じた。思考が縛られ支配されていくのを感じた。

 ところが次の瞬間、悪寒も恐怖も敗北感も思考を支配される感覚も消え去り、レカンの心には激しい闘争心がよみがえった。

 何が起きたのか、レカンは直感的に理解した。

 ユフ迷宮のなかで、似たような経験をした。

 魔獣が飛ばしてきた粉をレカンは吸い込んだが、とたんに心が萎え、恐怖心に包まれ、体の自由が利かなくなった。その粉には、毒と精神系魔法が込められていたのだと、レカンは見当をつけた。

 今もたぶん同じことを腐肉王はしたのだ。あの指先には、何かよくないものが込められていた。ただし、なぜその効果が消え去ったのかはわからない。

 こうしているあいだにも、腐肉王はレカンの魔力を吸い続けている。

 その魔力は巨大な塊となって腐肉王の頭上で回転している。

 レカンは、素早くかがんで前に進み、落ちている〈トロンの剣〉を拾おうと右手を伸ばした。剣を拾ってそのまま〈白魔の足環〉を発動させて腐肉王を攻撃するつもりだ。

 だが剣に向かって伸ばしたレカンの右手首に、腐肉王が放った黒い稲妻が着弾し、手首から先を吹き飛ばした。剣を取ることに集中するあまり、敵の攻撃をかわすことができなかったのだ。そしてその部分だけは装甲で覆われていなかったため、まともに攻撃を浴びてしまったのだ。

 レカンは石になったように動きを止めた。

 そして、ゆっくり顔を上げ、腐肉王をみた。

 怒っている。

 骸骨じみた顔は、まるで歯を剥いて笑っているようにもみえるのだが、まとう空気が先ほどまでとまるで違う。

 たぶん先ほどの指を飛ばす攻撃は、腐肉王にとっても切り札のような攻撃だったのだ。

 なのにレカンは平然と動いている。

 そのことに驚き、怒っているのだ。

 そのとき、魔力のつながりが切れ、腐肉王が右手を下ろした。

 レカンの魔力のすべてを、腐肉王は抜き終えたのだ。

 ひどい脱力感がレカンを襲った。

 魔力がすべて抜かれたからといって、筋肉の力に直接関係はないはずだが、やはり膨大な魔力がすべて抜かれてしまうと、力が大きく奪われたような実感がある。

 腐肉王が再び右手を胸の高さに上げ、人さし指を真上に突き出した。

 頭上の膨大な魔力の塊が、強い力で回転し始めた。

「〈展開〉!」

 レカンは再び〈ウォルカンの盾〉を展開して左手で構えた。

「〈反射〉!」

 これで〈リィンの魔鏡〉が作動状態になった。

 腐肉王が、真上に向けた人さし指を倒した。レカンのほうに向けて。

 たちまち魔法攻撃が飛んできて、〈ウォルカンの盾〉を直撃し、反射された。

 その反射攻撃を、腐肉王は、いとも簡単に人さし指で吸い取った。

 今の腐肉王の魔法攻撃は、さほど威力のあるものではなかった。

 たぶん、レカンが盾を構えて呪文を唱えたので、その効果を確かめるために様子をみる攻撃だったのだ。

 その様子をみるための攻撃に、三日に一度しか使えない〈リィンの魔鏡〉を使ってしまった。レカンは、戦況を逆転する最後の手段を失ったのである。

 それでもレカンは体の前に〈ウォルカンの盾〉を構えた。

 もう反射が使えないということを、敵は知らない。だから警戒せざるを得ないはずだ。

 くらっ、と立ちくらみがした。

 切断された手首からは大量の血が流れ続けている。

 レカンの命は遠からず失われる。

(くそ)

(オレの冒険は)

(ここで終わりか)

(だが)

(ただでは死なんぞ)


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― 新着の感想 ―
[気になる点] この腐肉王や剣の迷宮のボスは、何百年も討伐されずに部屋の中で何をしていたのでしょうか? 自問自答を繰り返して知性を高めたりして、討伐後に生まれた再出現して数日の同ダンジョン・同規格のボ…
[気になる点] 白狼もそうでしたがあまりにデタラメに強くて理不尽な敵が多くて辛いです。 最終的に勝つとしてもすぐに次のが出てくるのではって思うと安心もできませんし・・・
[良い点] 「レカン、迷宮にて死す」みたいなサブタイトルが付きそうな展開ですが、ここからどう逆転するのか想像出来ません。更新早く来て!
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