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レカンは素早く右に移動して呪文を唱えた。
「〈炎槍〉!」
〈炎槍〉が腐肉王に着弾するかと思われた寸前、何もない空間で〈炎槍〉は爆発した。
障壁だ。
先ほど腐肉王の魔法攻撃は〈インテュアドロの首飾り〉の障壁で阻まれた。
その同じ障壁を、腐肉王は作り出してみせたのだ。おそらくはレカンが放った魔法攻撃の魔力を使って。
「〈炎槍〉! 〈炎槍〉! 〈炎槍〉! 〈炎槍〉!」
レカンは右に右にと回り込みながら、立て続けに魔法攻撃を放った。
そのすべての魔法攻撃は、腐肉王の体を捉える前に、障壁によって阻まれた。
レカンは立ち止まり、今起きたことを理解しようと努めた。
(オレが最初に撃った〈炎槍〉の魔力を)
(やつは奪い取った)
(そしてその魔力で二度目以降の攻撃に対して障壁を張った)
みれば腐肉王の右手の人さし指の前には、まだ魔力の塊が回転している。
(オレの攻撃一度分の魔力で)
(計五度の攻撃をやつはまかない)
(しかもまだゆとりがある)
(魔法効率がやつとオレとでは桁違いなんだ)
レカンは慄然とした。
どう戦えばいいのかわからなかった。
腐肉王がゆっくりと体の向きを変え、レカンと向き合った。
レカンは〈妖魔斬り〉を振り上げ、腐肉王に攻撃しようとして走り寄った。
腐肉王が魔法を放った。
〈炎槍〉だ。
レカンの装着する〈インテュアドロの首飾り〉が発動して障壁を張り、〈炎槍〉を防いだ。爆発に構わずレカンは剣を振りおろしたが、そこには腐肉王はいなかった。
腐肉王は、再び部屋の一番奥まった場所に転移していた。
相変わらず右手を持ち上げ、曲がった人さし指をレカンのほうに向けている。
その指先とレカンの胸元に、魔力の線がつながっている。
どこにつながっているかを確認したレカンは、再び背筋が寒くなるのを感じた。
〈インテュアドロの首飾り〉だ。
今何が起きているのか、レカンは直感的に悟った。
(この骸骨野郎は)
(首飾りから魔力を抜いているんだ!)
レカンは後ろに跳んだ。
だが魔力のつながりは切れない。
左右ジグザグに動きながら後退したが、やはり魔力のつながりは切れない。
階層の入り口まで後退したレカンは、いったん階段に逃げようとした。
だが、出られなかった。
「〈ゾルアス・クルト・ヴェンダ〉!」
呪文を唱えたが、転移しない。
腐肉王との決着をつけるまでは、この部屋から出られないのだ。
レカンは、〈妖魔斬り〉で魔力のつながりを断ち切ろうとしたが、切れなかった。物理的な手段では、このつながりは切れないのだ。
(いったいどうすれば?)
そのときつながりが切れた。
次の瞬間、腐肉王は〈炎槍〉を放った。
レカンが放つのと同じ、太く青白く強力な〈炎槍〉だ。
その〈炎槍〉はレカンの胸元に着弾して、レカンを吹き飛ばした。
後頭部を岩の壁に打ち付けたが、意識を失うようなことはなかった。この兜の防御力は非常に優れているようだ。
体勢を整えようとするレカンに、続けざまに〈炎槍〉が飛んできた。
足を、腹を、肩を撃たれてレカンは翻弄され、ダメージを受けたが、それでも体勢を立て直し、次に飛んできた〈炎槍〉二発はかわすことができた。
すると〈炎槍〉の連発が止まったので、レカンは敵をみすえつつ、思考をまとめる時間を得た。
敵の魔法攻撃がレカンに届いた。
これが何を意味するかといえば、〈インテュアドロの首飾り〉が働いていないということだ。つまり首飾りの魔力は、もうすべて抜かれてしまったのだ。
この状況でできることは何か。
「〈ティーリ・ワルダ・ロア〉!」
〈不死王の指輪〉の恩寵が発動し、レカンの体はわずかに白く濁った。今からしばらくのあいだ、レカンはどんな攻撃によっても傷つかない。
腐肉王が、ちょこんと首をかしげた。
〈妖魔斬り〉を振り上げ、レカンは腐肉王に突進した。
腐肉王の右手の人さし指から巨大な〈炎槍〉が放たれ、レカンを直撃する。
だがレカンはわずかな衝撃を感じただけで、ダメージは受けない。
〈不死王の指輪〉の恩寵である〈無敵〉が発動しているあいだは、いかなる攻撃からもダメージは受けないのだ。
レカンは猛然と腐肉王に襲いかかる。
あと二歩で剣が届くというところで、レカンの体がぴたりと止まった。
まるで透明な巨人につかまれたように、身動きができない。
腐肉王の右手の人さし指から魔力が出ている。何かの魔法がレカンの動きを封じたのだ。
レカンは、不可視のいましめに逆らって前に進もうと、体中の筋肉に力を送り込んだ。
だが、進めない。レカンを阻む力は、少しも揺るがない。
腐肉王が指をぐいと押し出すしぐさをした。
とたんにレカンは後ろに吹き飛ばされた。
岩の床に転がり、体のあちこちを岩にぶつけながら後ろに転がったレカンは、それでも体の制御を取り戻して立った。
このとき、〈不死王の指輪〉の効果時間が切れた。
腐肉王の指が天井をさした。
レカンの体が天井に打ち付けられる。
激しい痛みがレカンを襲う。
腐肉王の指が床を指した。
レカンの体が床にたたき付けられる。
息が止まるかと思うような衝撃があった。
腐肉王の指が右の壁を指した。
レカンの体が右の壁に激突する。
腐肉王の指は、天井と床と左右の壁を次々にさし、レカンはなすすべもなく、あちこちにぶつけられる。
〈妖魔斬り〉は手から離れて落ちた。
兜がちぎれて飛んだ。
むき出しの頭が打ち付けられるのだけは防ごうとしたが、完全に防ぐことはできず、レカンの頭と顔は血だらけになった。鎧のなかの身体も、かなりの痛手を受けている。
レカンは体が自由に動かせることに気づいた。
腐肉王は右手を下げ、わずかに首をかしげながらレカンをみつめている。
レカンは痛みをこらえて立ち上がった。
頭がくらくらした。
「〈回復〉」
顔と頭の傷がたちまちふさがり、血が止まった。視覚と聴覚と思考力が健全さを取り戻した。ただし、顔と頭が血まみれであることは変わらない。
「〈回復〉」
鎧の上から〈回復〉をかけ、さらに魔力回復薬と赤ポーションを取りだして飲んだ。
腐肉王は、そんなレカンをじっとみている。
もてあそんでいるのかもしれない。
だが、回復したり次の攻撃の準備をする時間をくれたりするというなら、相手の思惑などどうでもいい。
とにかくできることは何でもやる。
レカンは〈収納〉から〈トロンの剣〉を取り出した。
白炎狼との戦いで折れ、半分ほどの長さになっている。
それでも魔法を散らすことができれば、腐肉王を倒せるかもしれない。
剣を構えて前方に進みつつ、呪文を唱えた。
「〈ゾルアス・クルト・ヴェンダ〉」




