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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第8話 薬師の失踪
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2


 領主館に着いたレカンは、粗末な机と椅子だけがある殺風景な部屋で待つようにいわれた。

 もうずいぶん時間がたったが、放っておかれたままだ。

 もっともレカンは退屈してはいない。

 〈収納〉から食べ物と飲み物を取り出して腹ごしらえし、ずっと〈灯光〉の練習をしていた。

 なめらかに、よどみなく、魔力をあやつる。

 〈灯光〉を発動させるのに必要な魔力など、それこそ爪の先ほどの量だ。だが、あえて全身を使って魔力を隅々にまで回し、大きな大きな流れのなかで、小さな小さな火をともす。その制御の練習を、飽きることなく繰り返した。

 長年剣士として戦ってきたレカンだが、攻撃魔法が使えればと思った場面は多い。むろん戦いの主役は剣なのだが、魔法を織り交ぜることができれば、さらに強くなることができ、さまざまな敵や状況に対応できる。魔法の矢が撃てる弓や、火の攻撃魔法が撃てる杖なども手に入れたが、使い勝手や威力に問題があり、戦闘に組み込むことはできなかった。レカンほどの段階にある剣士にとって役に立つ攻撃魔法というのは、やはりそれだけの精度と速度と威力を持たねばならない。そんなものを剣士であるレカンが身につけるのは、夢のまた夢だった。

 その夢のまた夢だった攻撃魔法が使えるようになったのだ。しかも、その威力の片鱗は、迷宮ではっきりとみた。あの巨大な皺男を一撃で葬り去ったのである。

 ただし、現状では、戦いのさなかで魔法を繰り出すことは難しい。しかも、恐ろしく魔力効率が悪い。だから、制御を磨き上げ、速度を上げるのだ。


3


「レカンさん。失礼しますよ」

 聞き覚えのある声が聞こえ、扉が開いた。

 商人のチェイニーだ。その後ろにはテスラ隊長がいる。

「さあさあ。行きましょう」

 レカンは無言だ。立ち上がろうともしない。

 そんなレカンをみて、チェイニーは言葉を足した。

「領主様のところに」


4


「このたびは世話になった。礼を言う」

 領主クリムス・ウルバンは、いきなり立ち上がって頭を下げた。部屋の隅にいるテスラ隊長が目をむいて驚いている。

 領主が座ったあと、その手前右に立つチェイニーが説明をした。

「レカンさん。あなたが護衛してくださったおかげで、貴重な薬を領主様にお届けすることができました。実は、領主様のご息女スシャーナ様が重篤な病の床にあられたのです。あなたのおかげで、困難のなか、薬をお届けすることができ、スシャーナ様は回復されました。領主様は、レカンさんにそのお礼を言われたのです」

「その手柄はチェイニーのものだ。オレはチェイニーに雇われ、護衛をしただけだ」

「そう言うな。ワシの立場がないではないか。おい」

 領主の指示を受けて、侍従長だろうか、側仕えの者がレカンに近づき、小袋を載せた四角い銀色の盆を差し出した。

 おそらく金貨が入っているのだろう。その袋をちらりとみて手には取らず、レカンは領主に鋭い言葉を放った。

「薬師シーラの家に押し入り、家の扉を破壊した者の罪は、どうあがなわれるのだ」

 部屋の空気が凍った。

「ほう。領主が領地内の民家を調べたことが不満か?」

 領主が冷たい声で訊いた。レカンはその問いに答えもせず、くるりと振り向き、扉のほうに歩みかけた。

「お待ちを! お待ちを!」

 チェイニーが走り込んできて、拝むようにしてレカンを押しとどめた。

「最高の職人を雇います。できるだけ元通りに修復いたします。このチェイニーの名において。ですから、レカンさん、お怒りをお静めください」

 レカンは無言だ。チェイニーは、さらに言葉を重ねた。

「この町に、ある騎士様がおられます。その騎士様は、長年にわたり、この町の富をよこしまな方法で吸い上げてこられました。そして、この町の実権をわがものにせんと画策してこられました。若様は、その騎士様にそそのかされたのです」

「チェイニー!」

 ひどく大きな声で領主がチェイニーの言葉をさえぎった。それは言ってはならぬ、と言いたいのだろう。

「領主様。あなたさまは、シーラ様を決定的に敵に回したいとお考えなのですか? そうでないなら、このままレカンさんをお帰ししてはなりません」

 いつも、のらりくらりとしてつかみ所のないチェイニーが、今は別人のように厳しい顔をしている。

「レカンさん。あなたが領主様に敵対すれば、領主家とシーラ様が敵対したという形になってしまいます。それはその騎士様の思うつぼなのです。あなたはそれでいいのですか?」

 これはうまい言い方である。レカンとしては、そんな男の思惑通りに動くのはいやだ。となると、これ以上領主のやり方にけちはつけられない。

 同時に、レカンは気づいた。シーラとしては、相手が領主であれ、ある騎士とやらであれ、敵対しようとは思っていないはずだ。なぜならシーラは、人の目にたたず、ひっそりと生きてゆくことこそ願っているはずだからである。つまり、シーラの弟子を名乗るレカンが暴れれば、相手が誰であっても、それはすなわちシーラの不利益となる。

 穏便な撤退の道を与えてくれたチェイニーには感謝しなくてはならない。

「わかった、チェイニー。先ほどの言葉は取り消す」


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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりチェイニーは有能だなぁ
[気になる点] ゴミみたいな領主一族だな。チェイニー含め信用に値しない。なにかあれば領主側にいるだろうね。
[一言] つまらん
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