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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第52話 腐肉王の迷宮
629/702

4


 飛び掛かってきた白炎狼は、物理障壁に激突した。

 白炎狼の牙は物理障壁に食い込み、障壁は破壊され、粉々に砕けて消えた。

 ただし白炎狼も空中で体勢を崩している。

「〈刺突(シュピーレ)〉!」

 右手の〈トロンの剣〉を白炎狼の首筋に突き込んだ。

 それなりの手応えはあった。

 だが、白炎狼の首筋の毛皮を突き破ることはできなかった。

(なにっ?)

 今の体勢で、スキルを使った突きの攻撃である。まさか通らないとは思わなかった。

 着地した白炎狼は、後ろに跳んだ。

 追撃しようとしたレカンの膝が、がくんと崩れた。

 〈トロンの剣〉を地に突き刺して支えにし、完全に倒れてしまうのは防いだ。立って前に進もうとするが、足が思うように動かない。

 右手を〈収納〉に差し込むと、赤ポーションと体力回復薬をつかみだして口に放り込み、がりがりっとかみ砕いて飲み下した。

 この四日間で何度も飲んだため、もう効かなくなっているが、それでも飲まないよりましなはずだ。

(わずかでいい)

(オレの筋肉に力をくれ!)

 白炎狼は、顔を憎々しくゆがめ、ぶるぶると身を震わせている。

 レカンは、足の筋肉にわずかに力が戻るのを感じた。

 右手に力を込め、〈トロンの剣〉を杖代わりに立ち上がる。

 白炎狼の体が魔力をまとっている。あの体をぶるぶる震わせる動作は、体の底から最後の魔力を引き出すためのものだったのだ。

 白炎狼が、口をぱかりと開いた。

「〈展開〉!」

 手甲に戻してあった〈ウォルカンの盾〉を展開しつつ、レカンはくるりと振り向いた。

 目前に白炎狼が転移してきて、魔法攻撃を放った。

 レカンは、〈ウォルカンの盾〉で頭部を防御しつつ、〈トロンの剣〉を目の前の白炎狼に向かって突き込んだ。

 剣がわずかでも魔法攻撃に触れることができれば、その魔力の大部分を散らすことができるはずだった。

 しかし白炎狼は、〈トロンの剣〉を避けるかのように、集束した魔法攻撃を、レカンの足に撃ち込んだ。強い威力を保ったままの魔法攻撃が、レカンの足を直撃した。

(しまった!)

 膝から下が失われる、とレカンは思った。

 だが、両脚に履いた〈白魔の足環〉は、白炎狼の魔法攻撃に耐えた。耐えられなかった靴は焼け焦げてちぎれ飛び、レカンは両方の足の甲に深刻なダメージを受けた。

「〈刺突〉!」

 レカンは前方に倒れ込みながらも、〈トロンの剣〉を白炎狼の顔に突き立てたが、剣は固い顔面の骨にはじかれ、折れた。

 白炎狼が消えた。転移だ。

 レカンは振り返った。二十歩ほど離れた場所に白炎狼がいる。

 顔をゆがめ、身をぶるぶると震わせている。最後の力を振り絞って、魔力を体の奥底から引き出しているのだ。

(どうしてだ)

(どうしてやつの体に傷を付けられないんだ)

 パルシモ迷宮では、レカンの攻撃が白炎狼を直撃し、額を割った。

 あのときと今日とでは、何が違うのか。

(そうか!)

(〈アゴストの剣〉か!)

 〈アゴストの剣〉は、竜を滅する剣である。すなわち、神獣を倒すことができる剣だ。だから白炎狼にも傷をつけることができたのだ。

 だが、今のレカンでは、長大で重厚な〈アゴストの剣〉を自在に振ることはできない。振ったとしても、そんな鈍重な動きでは、白炎狼には通用しない。パルシモ迷宮では、仲間たちが白炎狼の動きを封じ、注意を引いてくれたから〈アゴストの剣〉を当てることができたのだ、

 白炎狼の身の震えが止まった。

 射抜くような目の光がレカンにそそがれている。

 先ほど〈トロンの剣〉が折れたとき、そのまま爪か牙で攻撃してきていたら、レカンは死んでいた。

 だが、白炎狼は転移して距離を取った。

 レカンの攻撃を恐れたのだ。

 ということは、剣は折れたものの、レカンは白炎狼を追い詰めていたのかもしれない。

 今や白炎狼は、再び魔力を練っている。とどめとなる攻撃をするために、力をためているのだ。

「〈回復〉! 〈回復〉!」

 両足の甲に〈回復〉をかけたが、ほとんど効かない。ずたずたになったままだ。

(治れ! 治れ!)

 念じてみたが、自己治癒のスキルは発動しない。

(発動条件を満たしていないのか?)

 レカンは、〈収納〉に手を差し入れ、折れた〈トロンの剣〉をしまい、別の剣を引き出した。

 長く重い剣だ。

 どさり、と音を立てて剣先が地に落ちる。

 〈アゴストの剣〉である。

 白炎狼が魔力を練っている。

 最後の最後に強大な魔法攻撃を放ってくるつもりなのだ。たとえ〈トロンの剣〉で威力の大部分を無効化できても、残った破壊力だけでレカンを殺すには十分だろう。なにしろ今のレカンは逃げることができないのだから。

 防御に回ったのでは死ぬしかない。

 白炎狼は、なおも魔力を練っている。だが魔力の量はそれほど多くない。白炎狼にしても、今はぎりぎりの状態なのだろう。

 レカンは、長大な剣を持ち上げ、右足を一歩前に踏み出した。

 足の感覚がにぶい。

 左足を一歩前に踏み出した。

(よし。ここだ)

 力をためた白炎狼が、口を大きく開けた。これ以上レカンが接近するのを許すつもりはないのだ。

 白炎狼が死闘に決着をつける魔法攻撃を放とうとした瞬間、レカンは顔を伏せ、押し殺した声でささやくように呪文を唱えた。

「〈ゾルアス・クルト・ヴェンダ〉」

 次の瞬間、レカンの体は前方に二十歩転移し、〈アゴストの剣〉の長大な剣先が、白炎狼の大きく開いた口のなかに、深々と突き込まれた。

 レカンの目の前には白炎狼の顔がある。

 〈アゴストの剣〉を飲み込んだその顔は、まるで人間のように驚愕の表情を浮かべている。

 レカンは、にやりと笑って意識を手放した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 白炎狼との死闘 読みごたえありました 体力魔力を尽くして、計略を尽くして、謀略を尽くして、 なんとか倒せたか…… やれやれだ と言う感じでしょうか。 あつめた良い武器防具も結構ボロボロで…
[良い点] 四日間に亘る死闘も決着が付きそうです。なんとなくもう一波乱ありそうな気もしますが、流石に無いですよね。 [気になる点] <白魔の足環>が白炎狼の攻撃に耐えたということは、<始原の恩寵品>は…
[一言] 戦闘描写が濃密で、命のやり取りを感じられていつもハラハラします。 白炎狼もレカンに惹かれてるいるんですかね。
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