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飛び掛かってきた白炎狼は、物理障壁に激突した。
白炎狼の牙は物理障壁に食い込み、障壁は破壊され、粉々に砕けて消えた。
ただし白炎狼も空中で体勢を崩している。
「〈刺突〉!」
右手の〈トロンの剣〉を白炎狼の首筋に突き込んだ。
それなりの手応えはあった。
だが、白炎狼の首筋の毛皮を突き破ることはできなかった。
(なにっ?)
今の体勢で、スキルを使った突きの攻撃である。まさか通らないとは思わなかった。
着地した白炎狼は、後ろに跳んだ。
追撃しようとしたレカンの膝が、がくんと崩れた。
〈トロンの剣〉を地に突き刺して支えにし、完全に倒れてしまうのは防いだ。立って前に進もうとするが、足が思うように動かない。
右手を〈収納〉に差し込むと、赤ポーションと体力回復薬をつかみだして口に放り込み、がりがりっとかみ砕いて飲み下した。
この四日間で何度も飲んだため、もう効かなくなっているが、それでも飲まないよりましなはずだ。
(わずかでいい)
(オレの筋肉に力をくれ!)
白炎狼は、顔を憎々しくゆがめ、ぶるぶると身を震わせている。
レカンは、足の筋肉にわずかに力が戻るのを感じた。
右手に力を込め、〈トロンの剣〉を杖代わりに立ち上がる。
白炎狼の体が魔力をまとっている。あの体をぶるぶる震わせる動作は、体の底から最後の魔力を引き出すためのものだったのだ。
白炎狼が、口をぱかりと開いた。
「〈展開〉!」
手甲に戻してあった〈ウォルカンの盾〉を展開しつつ、レカンはくるりと振り向いた。
目前に白炎狼が転移してきて、魔法攻撃を放った。
レカンは、〈ウォルカンの盾〉で頭部を防御しつつ、〈トロンの剣〉を目の前の白炎狼に向かって突き込んだ。
剣がわずかでも魔法攻撃に触れることができれば、その魔力の大部分を散らすことができるはずだった。
しかし白炎狼は、〈トロンの剣〉を避けるかのように、集束した魔法攻撃を、レカンの足に撃ち込んだ。強い威力を保ったままの魔法攻撃が、レカンの足を直撃した。
(しまった!)
膝から下が失われる、とレカンは思った。
だが、両脚に履いた〈白魔の足環〉は、白炎狼の魔法攻撃に耐えた。耐えられなかった靴は焼け焦げてちぎれ飛び、レカンは両方の足の甲に深刻なダメージを受けた。
「〈刺突〉!」
レカンは前方に倒れ込みながらも、〈トロンの剣〉を白炎狼の顔に突き立てたが、剣は固い顔面の骨にはじかれ、折れた。
白炎狼が消えた。転移だ。
レカンは振り返った。二十歩ほど離れた場所に白炎狼がいる。
顔をゆがめ、身をぶるぶると震わせている。最後の力を振り絞って、魔力を体の奥底から引き出しているのだ。
(どうしてだ)
(どうしてやつの体に傷を付けられないんだ)
パルシモ迷宮では、レカンの攻撃が白炎狼を直撃し、額を割った。
あのときと今日とでは、何が違うのか。
(そうか!)
(〈アゴストの剣〉か!)
〈アゴストの剣〉は、竜を滅する剣である。すなわち、神獣を倒すことができる剣だ。だから白炎狼にも傷をつけることができたのだ。
だが、今のレカンでは、長大で重厚な〈アゴストの剣〉を自在に振ることはできない。振ったとしても、そんな鈍重な動きでは、白炎狼には通用しない。パルシモ迷宮では、仲間たちが白炎狼の動きを封じ、注意を引いてくれたから〈アゴストの剣〉を当てることができたのだ、
白炎狼の身の震えが止まった。
射抜くような目の光がレカンにそそがれている。
先ほど〈トロンの剣〉が折れたとき、そのまま爪か牙で攻撃してきていたら、レカンは死んでいた。
だが、白炎狼は転移して距離を取った。
レカンの攻撃を恐れたのだ。
ということは、剣は折れたものの、レカンは白炎狼を追い詰めていたのかもしれない。
今や白炎狼は、再び魔力を練っている。とどめとなる攻撃をするために、力をためているのだ。
「〈回復〉! 〈回復〉!」
両足の甲に〈回復〉をかけたが、ほとんど効かない。ずたずたになったままだ。
(治れ! 治れ!)
念じてみたが、自己治癒のスキルは発動しない。
(発動条件を満たしていないのか?)
レカンは、〈収納〉に手を差し入れ、折れた〈トロンの剣〉をしまい、別の剣を引き出した。
長く重い剣だ。
どさり、と音を立てて剣先が地に落ちる。
〈アゴストの剣〉である。
白炎狼が魔力を練っている。
最後の最後に強大な魔法攻撃を放ってくるつもりなのだ。たとえ〈トロンの剣〉で威力の大部分を無効化できても、残った破壊力だけでレカンを殺すには十分だろう。なにしろ今のレカンは逃げることができないのだから。
防御に回ったのでは死ぬしかない。
白炎狼は、なおも魔力を練っている。だが魔力の量はそれほど多くない。白炎狼にしても、今はぎりぎりの状態なのだろう。
レカンは、長大な剣を持ち上げ、右足を一歩前に踏み出した。
足の感覚がにぶい。
左足を一歩前に踏み出した。
(よし。ここだ)
力をためた白炎狼が、口を大きく開けた。これ以上レカンが接近するのを許すつもりはないのだ。
白炎狼が死闘に決着をつける魔法攻撃を放とうとした瞬間、レカンは顔を伏せ、押し殺した声でささやくように呪文を唱えた。
「〈ゾルアス・クルト・ヴェンダ〉」
次の瞬間、レカンの体は前方に二十歩転移し、〈アゴストの剣〉の長大な剣先が、白炎狼の大きく開いた口のなかに、深々と突き込まれた。
レカンの目の前には白炎狼の顔がある。
〈アゴストの剣〉を飲み込んだその顔は、まるで人間のように驚愕の表情を浮かべている。
レカンは、にやりと笑って意識を手放した。