14
14
「さて、レカン。種明かしを頼む」
迷宮騎士団長デュオ・バーンが口を開いた。
今この部屋には、領主パルクグレイン・シャドレスト、跡継ぎのアシッドグレイン、ルビアナフェル、神殿長、シャドレスト家の老家宰キニスン・ゾガー、忠義の騎士エストファリン、そして子爵サルジレイン・ルッカとその息子ノッドレイン、デュオ、レカンの十人がいる。
あのあと〈星辰の間〉で、デュオはレカンに、どうして〈滅魂虫の守札〉の恩寵が働かなかったのかを聞いた。レカンは、それはここでは答えられん、と返事した。じゃあどこでなら答えてもらえるんだというデュオの問いに、レカンは最低限の人間しかいない場でだ、と答えた。そこでこの奥まった小部屋に十人が集まることになった。
茶が出され、喉を潤した。
デュオは鑑定士を呼んで〈滅魂虫の守札〉を鑑定させた。呼ばれた鑑定士は老人で、どこかテルミンに似た雰囲気を持っていた。たぶんユフ最高の鑑定士なのだろう。鑑定結果を書いた紙を、領主ほか一同が回覧した。だからもう〈滅魂虫の守札〉の恩寵については、誰も疑っていない。だがそうすると、なぜ恩寵が働かなかったのかという謎は深まる。
そこでデュオはレカンに種明かしを求めたのである。
「デュオ。あんたが持っている〈滅魂虫の守札〉と、オレの左手の人さし指にはまっている指輪をみくらべてみてくれ」
「ううん?……ほう。文様が似てるな。いや、待てよ。これは……」
「オレはほかにも同じような恩寵品をいくつかみたことがある。これはかつて、〈古代恩寵品〉あるいは〈始原の恩寵品〉と呼ばれた品で、この国の大迷宮が最初に踏破されたとき、ただ一度だけそれぞれの迷宮から得られた恩寵品だ」
誰も言葉を発せず、レカンの次の言葉を待っている。
「始原の恩寵品は、いずれもすさまじい恩寵を持っているが、奇妙な特性を持っていてな。始原の恩寵品を二つ同時に発動させると、両方の効果が消えてしまうんだ」
「そう……か。なるほど。君はあのとき、何かの呪文を唱えた。あれは、その指輪の発動呪文だったんだな」
「そうだ」
「なんてことだ。じゃあ、あのときたまたま君があの場にいて、たまたま君が始原の恩寵品を持っていて発動させなければ、俺たちはみんな、南家の高慢野郎の奴隷になってたのか?」
「まあ、そういうことだな。それにしても、オレに〈始原の恩寵品〉のことを教えてくれた賢者は、〈滅魂虫の守札〉は王家が持ってるかもしれないと言ってたんだが、ユフにあったんだな」
沈黙が降りた。それを破ったのは領主パルクグレインだった。
「ワズロフ家のレカン殿。貴殿にはまことに世話になった。礼の言葉もない。貴殿がたまたまやって来てくれなければ、ユフはどうなっておったことか。考えるだけでも恐ろしい」
「たまたまではないな」
「なんと?」
「ルビアナフェル姫は、オレが来るように祈ってたらしい。オレはルビアナフェル姫に呼び寄せられたんだ」
「ははは。そうであったか。そういえば、ルビアナフェル姫は、レカン殿のことを白炎狼の化身じゃと言うておったのう」
「それは何のことだ?」
「〈白炎狼物語〉というおとぎ話を知らんか?」
「知らんな。オレはこの世界の生まれじゃない」
「そうであったな。ルビアナフェル姫は幼いころ〈白炎狼物語〉の絵本をみたが、主人公の姫を助ける旅人の服や姿がレカン殿そっくりだったのだそうじゃ。その旅人は神獣たる白炎狼の化身でな」
「どこの白炎狼だ、それは。あいつはそんな殊勝なものじゃない」
「なに?」
「まあ、それはいい。それより、その賢者から聞いたんだが、ユフ迷宮からは、〈冥皇の宝珠〉という名の始原の恩寵品が出たそうだな。恩寵は、たしか〈復活〉だったか。それがあるんなら、ぜひ一度みてみたいんだがな」
「そのことも存じておったか。存在すること自体秘密なのだが、レカン殿の頼みとあらば、断ることはできまい」
パルクグレインは目でデュオに指示をした。
デュオは立ち上がって一礼し、部屋を出ていった。
(あるんじゃないかと思ったが)
(やっぱりあったんだな)
あるのではないかと思ったきっかけは、迷宮探索で時には死者が出ると言ったときの、デュオ・バーンのいたずらっぽい顔だ。もしかして、死者が出ても何とかなる方法があるのではないかと気づいた瞬間、〈冥皇の宝珠〉の恩寵は〈復活〉という名だったことを思い出した。シーラは、〈冥皇の宝珠〉の行方はわからないと言った。つまり人前では使われたことがないのだ。では、どこで使われたのか。迷宮だ。迷宮でしか使われたことのない秘宝なので、その噂が伝わることもなかったのだ。レカンのこういう場合の洞察力は、異常なほど高かった。
神殿長が、独り言のようにつぶやいた。
「そうか。そういうことだったのですね。ああ、なるほど」
パルクグレインがけげんな顔で神殿長をみた。
「神殿長。何を納得しておられる」
「のちにザカ王国の建国王となられる若者が、このユフの地を訪れたとき、当時のユフ王は、若者と約定をかわし、その約定に従って建国戦争に兵を派遣なされた。どうしてそんな約定をなされたのか、ずっと不思議に思っておったのです」
「それは私も不思議に思っておりました。その謎が解けたのですかな」
「〈滅魂虫の守札〉ですよ。若者は、これをユフ王に献じ、代わりにただ一度の派兵を願ったのではないでしょうかな」
「それは。しかし、そうすると、当時のユフ王は、この危険極まりない恩寵品を欲したということですか」
「はい。そうではないかと思うのです。たぶん、誰にも使わせないために」
「誰にも、使わせない、ために。……なるほど」
「はい。誰にも使わせないために、手元に置いて、死蔵なされたのではないですかな」
「そうか。これほどの恩寵品があるということを、わしは聞かされてもおらなんだ。存在自体も埋もれさせようとなされたのか」
「ええ、ええ。そう考えると、いろいろなことに納得がいくのですよ」
「その死蔵された品を、宝物庫をあさったゲイトグレインがみつけてしまったわけですか」
「そこはよくわかりませんの。本人にお聞きしてみなければ」
そんな話をしているうちに、デュオが副団長のブラックを連れて帰ってきた。
ブラックはその場に杖を出した。握りの部分に宝珠を埋め込んだ短い杖だ。
彫り込まれた文様は、みおぼえのあるものだ。
「ほう、これか。〈鑑定〉をかけさせてもらっていいか?」
「なさるがよい」
レカンは細杖を構えて心を鎮め、魔力を練り、丁寧に準備詠唱をして、〈鑑定〉の魔法を使った。
〈名前:冥皇の宝珠〉
〈品名:杖〉
〈出現場所:ユフ迷宮一階層〉
〈深度:百三十〉
〈恩寵:復活〉
※復活:杖で死者にふれて恩寵を発動させると、死者が復活する。確実に復活するのは死亡してから心の臓が百打つあいだであり、以後復活の確率は次第に減少する。復活の際、肉体の損傷は修復される。発動呪文は〈ヴィレン・ジア・ザフス〉。この恩寵は一年に一度だけ発動する。この恩寵は人間に対してだけ効果を持つ。この恩寵は迷宮のなかでだけ働く。