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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第51話 魔王降臨
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「〈ティーリ・ワルダ・ロア〉」

 ゲイトグレインが呪文を唱え終える前に、レカンは呪文を唱え始めた。その声は小さかったがはっきりしたもので、静まりかえった〈星辰の間〉のなかで、よく響いた。

 隣に立つ迷宮騎士団長デュオは、首をめぐらして、お前何やってんだ、という目つきでレカンをみた。デュオほどあからさまではなくても目線でレカンの非礼をとがめた者は多い。

 ゲイトグレインも、呪文を唱え終わったあと、猛禽のような目をレカンに向けたが、すぐに正面に向き直り、皺深い口を大きく開いて言葉を発した。

「わが言葉を聞け! わが命に従え! 偉大なる女神ライコレスの名において、ユフ神聖王国の復活を宣言する! 初代王となるのは、われゲイトグレイン・シャドレスト! わが息子ウォールグレインをもって皇太子となす! 拘束されている者らを解き放ち、その役職に戻すのだ! 彼らは義挙に身を投じた忠臣なり! パルクグレインとアシッドグレインは引退し、東の塔に蟄居せよ! 〈癒やしの巫女〉とアシッドグレインの婚姻は無効とし、わが息子ウォールグレインの妃となす! ユフ神聖王国の栄光と繁栄は永遠なり!」

 よどみなくその命令を告げ終えると、ゲイトグレインは、喜悦に満ちた顔で満座をみわたし、再び視線を玉座に向けた。

「パルクグレイン。玉座を降りよ。そはわがものなり」

 そう言って、(きざはし)の一段目に右足をかけた。

 だが、パルクグレインが立ち上がろうとしないのをみて、顔をしかめ、手に持った予言の書をもう一度開いた。

「〈バグラド・ボア〉! パルクグレインよ、わが玉座から降りるのだ!」

 二度目の発動呪文が発せられるのを聞いて、レカンは一瞬ぎょっとした。だが、何も起きなかった。

 レカンは小さな声でデュオ・バーンに話しかけた。

「デュオ。あの予言の書というのは危険なものだ。あれを取り上げてくれ」

「なに? よし、わかった」

 ゲイトグレインがさらに大きな声で叫んだ。

「パルクグレインを玉座から引きずり降ろせ! われに玉座を与えよ!」

 その言葉を受けて、ゲイトグレインの後ろに立っていたウォールグレインが飛び出した。居並ぶ重臣たちのなかにも、玉座に突進する者が何人かいた。

「われに従え! われを尊べ!」

 ゲイトグレインは、なおもわめいている。

 レカンは動かなかった。

 〈星辰の間〉には迷宮騎士団の騎士たちが控えている。領主騎士団の騎士たちもいる。部外者である自分が出しゃばる必要はない。もっとも、ルビアナフェルに近づこうとする不届き者がいたら、頭を吹き飛ばすつもりだった。

 デュオは落ち着き払っていた。修羅場をくぐり抜け続けてきた男は、こういうときに頼りになる。

 狼藉者たちは、残らず取り押さえられた。

 デュオは、じっとみていただけだった。

 だが、階を駆け上る者があれば、デュオは何らかの方法でその動きを封じたはずだ。何か隠し玉を持っている。それはまちがいない。

 あちこちで、取り押さえられた者たちが、ばたばたと暴れているなか、デュオは平然とゲイトグレインに近寄り、予言の書を取り上げた。

 ゲイトグレインは予言の書を放すまいと身をよじったが、無駄な抵抗でしかなかった。

 予言の書を開いてながめたデュオは、首をひねった。

「何だ、こりゃ? 何か意味のある品なのか、レカン」

「鑑定させてもらっていいか」

 デュオは階の上のパルクグレインのほうに体を向けた。パルクグレインがうなずいた。

 レカンに向かってデュオは予言の書を差し出した。

「いや。そのままあんたが持っていてくれ」

「わかった」

 そうしているあいだに、迷宮騎士団副団長のブラック・オルモアが、短剣を右手に、狼藉者たちに〈硬直〉の魔法をかけて回った。ブラックは魔法が使えて、短剣を発動体にしてあるようだ。

 レカンは〈収納〉からシーラにもらった細杖を出し、深く息を吸って心を落ち着け、魔力を練り、呪文を唱えた。

「すべてのまことを映し出すガフラ=ダフラの鏡よ、最果ての叡智よ。わが杖の指し示すところ、わが魔力の貫くところ、霊威の光もて惑わしの霧を打ち払い、存在のことわりを鮮らかに照らし出せ。〈鑑定〉!」

 〈鑑定〉の魔法が対象を捉えて結果を示した。レカンは杖を構えたまま、鑑定内容を口にした。物音ひとつしない〈星辰の間〉に、レカンの声だけが響いた。

「この品の名前は〈滅魂虫の守札〉。品名は祈祷書。出現場所はフィンケル迷宮百八十階層。恩寵は〈君臨〉。発動呪文を耳にした者は、装着者に服従する。効果は徐々に弱まり、数年で消える。発動呪文は、〈バグラド・ボア〉。恩寵を発動させるには、祈祷書を開く必要がある。この恩寵は一年に一度だけ発動する。この恩寵は男だけが発動できる。この恩寵は人間に対してだけ効果を持つ。以上だ」

 しばらく誰も声を発しなかった。

 これが秘密だったのだ。何かにつけて不自然な反乱だった。それはこの〈滅魂虫の守札〉によるものだったのだ。これが手に入ったからユフ王になろうと思ったのか、ユフ王になろうと思ったからこれを手に入れたのか、それはわからないが、いずれにしてもこの反乱の黒幕がゲイトグレインであることは疑いない。今この場での振る舞いによって、ゲイトグレインは自らの罪を証明してしまったといってよい。

「ゲイトグレインとウォールグレインを咎人の塔に閉じ込めよ。先ほど不埒な振る舞いに及んだ者たちは職位と身分を剥奪し、個別に閉じ込めよ」

 ユフ侯爵パルクグレイン・シャドレストの命がくだされた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 治安騎士団が機能不全になっただけでも頭痛いのに他の重役にもダメになったのがいるとなると無事な首脳陣の苦悩は相当なものですね 領主の座の簒奪という危機は回避できましたが、<癒しの巫女>がいなく…
[気になる点] 守札の呪文が完成した後では他始原で君臨効果を解除できないので先に無敵を発動させてその効果を守札で相殺させる形にしないとならないと思うのですが… この時点でレカンは守札の呪文を知らないの…
[気になる点] >「〈バグラド・ボア〉! パルクグレインよ、わが玉座から降りるのだ!」 >二度目の発動呪文が発せられるのを聞いて、レカンは一瞬ぎょっとした。だが、何も起きなかった。 [一言] これって…
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