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「ゲイトグレインよ。こたびの反乱を主導した者たち、加担した主立った者たちは、いずれもそれが、なんじの命によるものであったと証言しておる。このことについて、なんじの存念を述べよ」
領主ユフ侯爵パルクグレイン・シャドレストの声が広大な〈星辰の間〉に響いた。
三段高い玉座に座り、足下にひざまずくゲイトグレインをみつめるパルクグレインの顔は厳しい。
レカンはといえば、迷宮騎士団長デュオ・バーンの隣に立って、のんびりと謁見の間をみわたしていた。
広い。
そして豪奢だ。
なおかつ品格があり、歴史の重みを感じさせる重厚で年経たたたずまいだ。
王都の宮殿で王に拝謁した部屋は、略式の場だったのだから、比べようもないが、どうも王宮にある本格的な謁見の間より、この〈星辰の間〉のほうが立派なのではないかという気がする。
そこに文武百官が集っている。といっても、三子爵家のうち、ワイド子爵家は当主が死に、後継者は拘束されている。ボノ子爵家は若き新当主ルッコリがやはり拘束されている。ルッカ子爵家のみ、当主のサルジレインと後継者のノッドレインがこの場にいる。また、治安騎士団は、その全員が拘束されている。その監視をするため、多くの役人と迷宮騎士団の騎士たちが出払っている。だから今この場にいるのは、本来いるはずの人数からすれば、かなり少ないはずだ。それでもこの人材の豊富さは、恐るべきものであるといわざるを得ない。
迷宮から出たあのとき、ルビアナフェルのいる北の塔が魔法攻撃を受け白煙を噴き上げているのをみて、レカンは怒りにそまった。
怒りにまかせてユフ山の中腹からユーフォニアに飛び降りるという無茶をやった。おかげで〈貴王熊〉の外套はずたずただ。今は〈収納〉にしまってあるが、当分着られるようにはならないだろう。もう二度と着られないかもしれない。
対物理障壁のおかげで地面に激突した衝撃に何とか耐えられたが、全身がひどく損傷しており、大赤ポーション二個と体力回復薬で取りあえずしのいだ。
そのあと、邪魔する騎士たちを斬り捨てながら北の塔に到着し、〈立体知覚〉でルビアナフェルたちを探したところ、無事でいるらしいことが確認できた。
騎士団を追い散らしたあと、二階に降りた。
部屋は半壊していた。かなりの怪我人が出たそうだが、幸い〈浄化〉持ちのルビアナフェルが怪我人を癒やすことができたという。ルビアナフェルには、手作りの魔力回復薬を渡した。
迷宮騎士団が迷宮を出てこちらに向かっていると知ると、一同は湧き立った。
一緒に食事を取ったあと、レカンは五階に上がって周囲をみはった。
夜中に近づいてくる者たちがいたので、〈炎槍〉で追い払った。
なんと翌日の朝早く、迷宮騎士団がユーフォニアに帰還した。強力隊を置いて、騎士だけで夜通し行軍したのだ。
迷宮騎士団は、ただちに領主を解放し、反乱の首謀者たちを拘束した。
主立った者たちを尋問した結果、反乱の旗頭はゲイトグレイン・シャドレストであることが明らかになってきた。
そこで何はともあれ、神聖な大広間である〈星辰の間〉で、文武百官の居並ぶ前で、ゲイトグレインと息子のウォールグレインの弁明を聞くことになったのだ。
このとき、ゲイトグレインとウォールグレインは、微妙な立場だ。
治安騎士団長も、エランテスタ・ワイドも、ゲイトグレインを奉じて事に及んだと述べている。反乱に加担しあるいは賛同した貴族たちや町の有力者たちも、今回の行動の旗頭は南家であったと述べている。しかし、現場で指揮を取り続けたダンテスタ・ワイド子爵は死亡しており、ゲイトグレインが反乱にどのように関わったのかを直接証言する者がいない。
果たしてゲイトグレインとウォールグレインは、反乱を主導したのか。それとも祭り上げられただけなのか。
反乱した者たちをきちんと尋問してゆけば、それは明らかになるだろう。だが、ユフにおいて犯罪者の尋問をするのは治安騎士団の仕事なのだ。その治安騎士団が、今回は尋問される側であり、迷宮騎士団は、人間の尋問などしたことがない。仕方がないので、目端の利く役人たちに、迷宮騎士団の騎士をつけ、ごく大ざっぱな聞き取りは行った。
この方法で調査を続ければ、何年かかるかわからない。そこでまず、皆の前でゲイトグレインとウォールグレインに申し開きをさせてみることになった。
つまりこのとき、ゲイトグレインとウォールグレインは、反乱の首謀者ではないかという嫌疑をかけられており、今後取り調べられることになるはずだが、今のところ罪は明らかでなく、したがって、ユフにおいて格別の身分を持つ貴族としての立場は失っていない。
そういう事情なので、武器や〈箱〉の携帯こそ許されないが、ゲイトグレインもウォールグレインも、尊大といってよいほど堂々とふるまっている。
レカンはあとで知ったのだが、最初ユフ侯爵パルクグレインは、ゲイトグレインに対し、ごく少数の重鎮のみが弁明を聞いてもよいと伝えた。温情である。しかしゲイトグレイン自身が、できるだけ大勢の人々の前で弁明を行いたいと望んだので、〈星辰の間〉に文武百官を集めたのである。
さて、反乱に関わる存念を尋ねられたゲイトグレインは、階の手前まで進み出た。
このとき、玉座には領主パルクグレインが座り、その左側にはアシッドグレインとルビアナフェルが、右側には神殿長が立っている。また、領主の斜め後ろには、騎士エストファリンが立っている。
玉座の場から三段の階を下りた右側には、シャドレスト家の老家宰キニスン・ゾガーが立っている。国でいえば宰相にあたる人物である。
左側には、迷宮騎士団長とレカンが立っている。いざというときに侯爵らを守るためだ。なにしろ、この場にいる重鎮たちのうち、どれほどの人間が反乱に加担したか、まだ明らかにはなっていないのだ。ユフ最強の騎士であるデュオ・バーンがこの場所にいるのは何の不思議もない。レカンがその隣にいるのは、デュオにそう頼まれたからである。レカンとしても、顛末はみとどけたかった。
ゲイトグレインは、ふてぶてしいといってよいほどの落ち着きぶりで、あたりをぐるりとみまわした。
(うん?)
(なんだこの表情は)
これから裁かれる身であるというのに、その表情にはいささかのかげりもない。それどころか、居並ぶユフの重鎮たちをみまわす目は、喜悦をたたえている。
ゲイトグレインの視線が、デュオ・バーンにそそがれたとき、その口元にはっきりと笑みが浮かんだ。デュオがこの場にいることがうれしくてたまらないかのように。
視線を壇上に戻して、ゲイトグレインが口を開いた。
「ご領主様の御前にて、重要な秘密を開示する機会を賜り、まことに幸いに存ずる」
ゲイトグレインの言葉に、領主パルクグレインは、直接応じた。
「重大な秘密、とな」
「さよう。すべては予言の書に記された通り」
「予言の書?」
ゲイトグレインが、懐から何かを取り出した。武器を所持していないことは入念に検めてあるはずだが、騎士エストファリンは半歩前に進み出た。
確かにゲイトグレインが取り出したものは、武器のようではなかった。何かの書類か本か、そんな類の品だ。だが、それをみたレカンの目が異様な光を帯びた。
その書に刻まれた文様は、始原の恩寵品の文様によく似ていたからだ。
ゲイトグレインは、その予言の書なるものを開いた。ごく薄い書だ。表紙を開いたなかに、何か紙か布のようなものが挟んである。
重々しい声で、しかし朗々と、ゲイトグレインは声を発した。
「〈バグラド・ボア〉」




