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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第51話 魔王降臨
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 怪物に詰め寄ろうとした騎士たちが転倒した。

 怪物の進路をふさいでいる騎士たちも、挙動がおかしい。

 怪物は歩みを止めない。

 騎士たちは、怪物に向かおうとしては、ばたばた倒れていく。

 目の前で起きていることが、治安騎士団長ザクワドには理解できなかった。

(何かの呪いか?)

(しかし呪い抵抗の装備を持つ者たちも倒れている)

(いったい怪物は何をしたのだ?)

 怪物が右手に持つ剣が光を放ち、二倍あるいは三倍ほどの長さになった。

(魔法剣か!)

(しかし長さが伸びる魔法剣だと?)

(そんなものは聞いたこともない)

(いや……待てよ)

 怪物は、自分の進路に立つ騎士たちに向かって魔法剣を振った。

 すると、騎士たちの右腕が、握った剣ごと斬り飛ばされた。

 目にも留まらぬ剣の動きであり、魔法防御を物ともしない恐るべき切れ味だ。

(ば、馬鹿な!)

(人間わざではない)

(みた目は人間かと思ったが)

(やはり魔性のものか)

 騎士たちは、敵に一太刀を浴びせることもかなわず倒れていく。

 怪物は北の塔に向かって歩き去ってゆく。よどみのない歩みだ。

 やがて別の騎士隊が怪物の進路をふさいだ。

 怪物が何か呪文を唱えたが、距離があるためザクワドには言葉が聞き取れない。

 たちまち、渦を巻いた雷が生じ、騎士たちを包み込んで荒れ狂った。

(〈雷撃〉か!)

(あんな規模の〈雷撃〉はみたこともない)

 ばたばたと倒れる騎士たち。

 優れた装備をまとう何人かの騎士たちは、怪物の魔法攻撃に耐え、剣を振り上げて怪物に挑みかかった。

 怪物の右手の魔法剣が踊る。

 すぱすぱと、何の抵抗もないかのように、騎士たちの右腕が斬り落とされていく。

 怪物は足を止めない。何事もなかったかのように歩き続けながら、挑みかかる騎士たちを振り払う。

 まさに鎧袖一触。ユフ治安騎士団の精鋭たちが、まとわりつく虫けらのようにあしらわれている。

 再び怪物が何かの呪文を唱えた。

 すると怪物は高く飛び上がり、騎士たちを飛び越えて地上に降り立った。

 それでも怪物が降り立ったその先には、盾を構えて密集する騎士団の精鋭たちが、北の塔への道をふさいでいる。いくらこの怪物でも、ここまで重厚に盾を並べれば正面突破はできない。足止めしているあいだに退路をふさぎ、討ち取るのだ。騎士たちは捕縛術の達人でもある。怪物を取り押さえてくれるだろう。

 怪物は目の前で盾を構える騎士たちが目に入らないかのように前進していく。そしてまさに盾を構えた騎士に接触するかと思われたとき、またも怪物が何かの呪文を唱えたのがかすかに聞こえた。

 怪物の姿が消えた。

 そして盾の陣の後ろ側に現れた。

(な、なに?)

(いったい何が起こったのだ?)

(転移?)

(まさか転移魔法か!)

 そんな魔法はあり得ない。少なくとも人間には不可能だ。ザクワドは、そう聞いている。

(魔王)

(こやつは、魔王……なのか?)

 北の塔の手前に到着した怪物は、足を止めた。

 何かの呪文を唱えたかもしれないが、よく聞こえなかった。

 怪物の体がふわりと浮き上がり、ゆっくりと北の塔にむかって空中を移動していった。

 そして塔の裂け目に足をかけて塔の壁面を駆け上り、崩れ落ちた五階の部屋のベランダに降り立った。

 この信じがたいできごとを、ザクワドはただ呆然とみまもるほかなかった。

 怪物は、じっと塔の下方をみつめた。まるでその位置から塔内部の一階や二階の様子がみとおせるかのように。

 やがて怪物は、ベランダのふちまで歩み出ると、ぐるりと首を回してあたりの様子をみた。

「い、いかん! 全軍、後退せよ! 魔法攻撃の範囲外に出るのだ! 北の塔から離れよ!」

 ザクワドが振り絞った声は、まるで悲鳴のようだった。

 騎士たちは迅速に移動した。倒れた騎士たちは引きずって移動させた。

 騎士団は隊列を立て直し、約六十歩の距離を置いて北の塔を取り囲んだ。この位置なら魔法は届かない。届くとすれば集団で放つ儀式魔法や集団詠唱魔法だけだ。

 ザクワドのそばにワイド子爵がやって来た。ワイド子爵は鎧姿ではない。後方の安全な場所から指示を出す立場であり、武装は必要ない。

「ザクワド。あれはいったい何なのだ?」

 ザクワドは、私にもわかりません、と答えようとした。

 そのとき、ワイド子爵の頭部が吹き飛び、脳漿と血糊が飛び散った。

 次の瞬間、何かが飛んできて、ザクワドが身に着けた〈イシャーの護り〉が発動して防いだ。

 対魔法障壁が発動したということは、今自分は魔法攻撃を受けたのだ。

 北の塔に顔を向けると、怪物が右手をこちらに向けて、続けざまに魔法攻撃を放っている。

(馬鹿な!)

(儀式魔法でもないかぎり、この距離を届くわけがない!)

 だが魔法は次々と着弾し、騎士たちに命中している。盾で受けても、受けた盾が破壊され、あるいは吹き飛ばされる。すさまじい攻撃だ。

 それは〈炎槍〉に似た魔法だ。だが色は赤色ではなく青白いし、太さも威力もまるでちがう。

(どうして)

(どうしてこんなに強力な魔法をこんなに連発できるのだ!)

(魔王だ)

(本当に魔王が降臨したのだ)

 精強を誇るユフ治安騎士団の騎士たちが、なりふり構わず逃げ惑っている。

 しばらく混乱の時間が続いたあと、騎士たちは本当の意味で射程外に逃げることができた。

 実に怪物の射程は百歩ほどもあった。

 被害は甚大だった。

 包囲網を維持することはできず、全員を退却させ、怪我人の治療を行わせた。

 ダンテスタ・ワイド子爵が死んだので、後継者であるエランテスタ・ワイドを探し出して報告をし、指示を仰いだ。エランテスタは覇気に乏しく応変の知略も持たない凡庸な人物である。どうしたらよいかとザクワドに聞くばかりだった。ザクワドは、エランテスタとともに、南家当主ゲイトグレイン・シャドレストのもとに赴き、報告をした。ゲイトグレインからは、〈癒やしの巫女〉を保護すべく手を尽くすよう指示があった。だが、どうすればそれができるのか。

 夜になって偵察隊を向かわせたが、怪物が出てきて魔法を放ってきた。

 塔に近づくのを諦めるほかなかった。

 すでに包囲網は崩壊している。遠くから北の塔を監視する以外、何もできない。

 ザクワドは、その夜、悔しさと無念さで、眠ることができなかった。

 魔王の意図はもはや明らかだ。北の塔から治安騎士団を遠ざけようとしているのだ。

 何ものも北の塔に近づけまいとしているのだ。

(いったいわれわれは)

(何を敵に回してしまったのだ?)

 翌日早朝、事態は急変した。

 迷宮騎士団が帰還したのである。

 彼らは正殿に直行して南家当主をはじめ主立った人々を拘束した。満身創痍の状態にあった治安騎士団はろくに抵抗もできず武装解除された。ユフの各地には、迷宮騎士団を引退した騎士たちが大勢住んでいる。彼らは動乱を知り、ユーフォニアに集まってきていたのだが、事情がわからず指揮官もいないため、動きが取れないでいた。この引退騎士たちが迷宮騎士団に合流したのだ。その戦力はまさに圧倒的だった。

 ユフ神聖王国を復興させるという義挙は、ここに頓挫したのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公のすることに圧倒されてる第三者視点大好物です ゾクゾクする
[一言] 集団詠唱魔法とかいうまた新しい魔法技術が、名前からして同じ詠唱を複数人でやって威力や射程をあげる技術かな レカン、シーラ、ジザのとんでも魔法使いトリオでやったらやばいことになりそう
[良い点] レカンの蹂躙の一部始終に震えました。まさに魔王
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