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皮は全部剥いで持っていきたかったが、それをするとひどく時間がかかってしまうので、状態のよい部分を少しだけ剥いだ。それでも何人分もの全身鎧ができる量は取れた。〈聖硬銀の剣〉を使って剥ぎ取ったのだが、それにしても恐るべき頑丈さだった。普通の剣でこの皮を斬り裂くのは、非常に難しいだろう。
そしてこの皮は、〈彗星斬り〉で斬り裂くことができなかった。たぶん魔法抵抗が異常に高いのだ。
ますますこの皮で作った鎧が欲しくなった。
肉も少しだけ採取した。少しといっても全体からすれば少しということであって、レカン一人で食べれば一年間かけても食べきれない量だ。
魔石は手に入れた。
二人は移動を始めた。
たぶん一日やそこらは再出現しないとは思うが、わからない。いつ大炎竜が再出現するかわからない場所で休憩することなどできない。
岩山の頂上を越えて、しばらく下りてから、昼食を取った。
もちろん大炎竜の肉を焼いて食べた。
うまくなかった。
何より硬すぎた。そして包含された魔力が強すぎて、嫌なえぐみを感じた。
「だめだな、これは」
「やっぱりお肉は小火竜だね」
「そうだな。残念ながら手持ちは北の塔に置いてきた。近いうちにロトル迷宮に行くしかないな」
「残ったお肉、どうする?」
「オレはいらん。持って帰ってノッドレインにやる」
「レカンは食材を無駄にしないね」
「食べ物を粗末にしてはいかん」
昼食のあと二人は岩山の斜面を走って下りた。魔獣との距離の取り方がわかったので、一度も戦闘をせずに駆け下りることができた。その日のうちに草原に出て、草原で野営した。岩山を登るのに一日半かかり、下りるのには半日しかかからなかったわけだ。
迷宮探索七日目。二の月の十四日。草原を疾走した。魔獣とは二度遭遇して撃破した。
迷宮探索八日目。二の月の十五日。草原を疾走した。強力な魔獣一体と遭遇して撃破した。
迷宮探索九日目。草原を疾走し、岩山に到着した。
迷宮探索十日目。岩山の裾野を移動した。小型の虫禍族にまとわりつかれたため、あまり速くは進めなかった。
迷宮探索十一日目。岩山の裾野を移動して、草原に着いた。
久しぶりに、ゆっくりと野営できた。
相変わらず、エダはレカンのことをあれこれ聞いてくる。この夜はツボルトでの冒険について話した。ゾルタンという冒険者がレカンと同郷だったと聞いて、エダは目を丸くして驚いていた。ぽっちゃりが意外に悪人だったと聞いても、エダはそう驚かず、ああなるほどね、と何かを納得していた。
迷宮探索十二日目。草原を疾走した。
この夜は、もとの世界のことを聞いてきた。殺伐とした世界だったんだねと、エダは感想をもらした。
迷宮探索十三日目。草原を疾走した。
この夜会話していて、レカンはふと気づいたのだが、エダはシーラとニケが同一人物だと知っていた。そう考えなければ意味の通じない会話があったのだ。うっかり自分がしゃべってしまったのかとも思ったが、そんな記憶はない。そうしてみると、エダは自分自身でその結論を得たのだろう。エダの成長は戦闘力だけでなく、思考力にも及んでいるようだ。
迷宮探索十四日目。朝のうちに砂漠に着き、踏破して草原に出た。
ノッドレインの見立てでは、ここに着くまでに二十八日かかるはずだった。つまり十四日間予定を縮めている。
この日の野営のとき、エダが妙なことを口走った。
「あたい、ルビアナフェルさんに感謝しないといけないね」
「なに? どうしてだ」
「だってレカンをこの世界に呼び寄せてくれたんだもん」
「オレは自分の意思で〈黒穴〉に飛び込んだ。そしてこの世界に来た。誰かに呼ばれて来たわけじゃない」
「うん。レカンからみたらそうなんだよね。でも、あたいからみたら、ルビアナフェルさんがレカンを呼び寄せてくれたように思えるんだ」
「ふうん?」
「それにしても、ボウドって人、どこの国に落ちたんだろうね」
「この国のどこかかもしれんぞ」
「うーん。だけど、レカン級の冒険者なんでしょ、その人。この国に落ちてたら、もう名前が聞こえてきていいんじゃないかなあ」
「オレの名前だって、それほど知られているわけじゃない」
「何言ってるの。この国の上級貴族のあいだじゃ、冒険者レカンの名は相当有名になってきてるらしいよ」
「そうなのか?」
「うん。〈眠らない迷宮〉ツボルトの隠された最下層にたどり着いて〈彗星斬り〉を手に入れた冒険者にして、ツボルト、パルシモという大迷宮二つを踏破した〈落ち人〉の冒険者としてね。こういう噂はだんだん下のほうにも広まるものだから、今度王都に行ったら、もう有名人かもしれないよ」
「面倒だな」
「レカン」
「うん?」
「もしも、だよ。もしもレカンの前に、また〈黒穴〉が現れたら、どうする?」
ゾルタンはレカンに、いつかお前さんの前に再び〈黒穴〉が現れる、と予言した。それはゾルタンの体験から出てきた言葉だ。そしてその〈黒穴〉に飛び込めば、たぶんレカンはもとの世界に帰れる。だがひょっとしたら、まったく別の世界に落ちるかもしれない。
エダは何げないふりをして、この質問をした。だが、エダの心は震えている。その心の怯えを取り除くことができるのはレカンだけだ。レカンの決断は早かった。
「あちらに帰らなければならん理由もない。こちらの世界での冒険を、オレは楽しんでいる。目の前に〈黒穴〉が現れても、飛び込むことはない」
「そうなんだ。でも、もとの世界では、レカンに帰ってきてほしいって思ってる人がいるかもしれないよ」
「そんなやつはいない」
「もしもそのとき、この世界の冒険に飽きてたら?」
「そんなことはないと思うが、もしもオレがその〈黒穴〉に飛び込むとしたら」
「飛び込むとしたら?」
「お前も一緒だ」
エダは一瞬きょとんとして、その次に満面の笑みを浮かべた。
「うん!」
迷宮探索十五日目。二の月の二十二日。
「ここで騎士団をみつけなきゃいけないんだよね」
「そうだな」
「広いね」
「広いな」
広大な草原のどこに騎士団がいるのか、見当もつかない。
「この神殿というところに、まず行ってみるか」
「この地図がほんとだとすると、神殿て、ものすごく大きいよね」
「ああ。だからだいたいの方角に走ってゆけば、みつかるだろう。騎士団を探すのは、それからだ」
二人は草原を走った。
「あっ。あれじゃない?」
草原の向こうに巨大な建物がみえる。まさに神殿だ。
「あれだな」
「意外と近くにあったね」
「ああ」
だが、走っても走っても、みえている神殿にたどりつくことができない。
「レカン。あれって、もしかして、ものすごく大きい?」
「そのようだな」
その日は草原で野営した。大炎竜の肉は、煮てもまずかった。
迷宮探索十六日目。二の月の二十三日。
二人はやっと神殿に到着した。
「大きいねえ」
「ああ」
とんでもない大きさだ。後ろに回ってみなければ正確な形はわからないが、たぶん真四角だ。一辺は、およそ四千歩はあるだろう。頑丈そうな壁に囲まれている。その壁は、古風な文様が浮き彫りにされた立派なもので、高さはおよそ三十歩ほどもある。
そしてレカンの〈生命感知〉によれば、このなかには、大炎竜をもしのぐ魔獣がうようよいる。
「登ってみようか」
「なに? この壁をか」
「うん。登れなくもないような気がする」
「そうか。しかし。うん?」
「どうしたの?」
「あちらで何かの気配がする。行ってみよう」
気配を感じて走っていくと、迷宮騎士団が魔獣を狩っていた。
一部の騎士が強力隊百人を守り、大部分の騎士が魔獣二十体ほどと戦っている。人数が多い。迷宮騎士団の騎士は百人と聞いたが、たぶんその倍くらいいる。たぶん半分は従騎士なのだろう。そういえば鎧の形や色がちがう。狩っているのは立派な角のある魔獣で、赤色の魔獣もいるし青色の魔獣もいるし、黄色や緑色の魔獣もいる。これが聖鹿族の魔獣なのだろう。騎士たちは魔獣を倒そうとはせず、あしらっている。
(そうか)
(魔獣が同族の魔獣を呼び寄せるのを待ってるんだな)
(これを繰り返してポーションを手に入れるのか)
(なるほど効率的だ)
指揮官とおぼしき大柄な騎士のもとに歩み寄った。
当然あちらもレカンとエダに気づいている。
「やあ。あんたがデュオ・バーン殿か?」
「そうだ。君は?」
やはりこの男が迷宮騎士団団長のデュオ・バーンだった。
すさまじい武威だ。
身長は、レカンより少し高い。
この男から感じる強さは、ボウドやゾルタンにも劣らない。着ている鎧は、大炎竜の革鎧とディラン銀鋼の金属鎧を組み合わせたもので、兜はディラン銀鋼でできている。
かたやレカンは、ぼろぼろの外套と、傷だらけの革鎧を身につけているだけだ。だが、レカンが放つ存在感は強烈であり、居並ぶ騎士たちの目には緊張感がある。
「オレはレカン。冒険者だ。これをあんたに渡すように言われた」
レカンは、戦っている騎士たちをみた。
一騎当千の強者たちだ。こんな騎士が百人もいる騎士団は、まさに無敵だろう。
ユフ侯爵直轄迷宮騎士団は、ユフ大迷宮で魔獣を狩るためだけに存在する騎士団だ。年の半分を迷宮に潜り、あとの半分はそのための訓練を行う。ユフ侯爵は、最高の装備と潤沢な補給をもって騎士団の迷宮探索を支える。彼ら百人は、一人一人が大迷宮深層の冒険者なのだ。
デュオは面頬を跳ね上げて書簡を受け取った。
目と鼻と口髭がみえる。鼻筋に大きな傷があった。
レカンが渡した手紙をデュオ・バーンは読んだ。