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この日は、昼食前に、比較的強力な魔獣と遭遇した。二体だった。はじめてみる魔獣だった。おそらくこれも〈獅鬼族〉という種類の魔獣だろう。吠え声には〈威圧〉のようなものが込められていた。格下の相手なら、吠え声を聞いただけで体が硬直し、恐怖におびえるだろう。四肢は太く、力は強く、爪も牙も鋭かった。顎の力も強いと思われた。パルシモでいえば百階層ぐらいの強さだった。火の玉を吐いてきたが、予備動作がはっきりしていて、レカンやエダにとって、かわすのはむずかしくなかった。一頭はエダの魔弓で即死し、もう一頭はレカンが頭をたたき斬った。この二頭からは魔石を採取した。
昼食休憩のとき、王宮での試合のとき、試合相手から聞いた話をエダに教えた。エダは目を輝かせて話に聞き入り、試合の経過についてあれこれ質問してきた。
「そっかー。あの人、いい感じの人だったもんね。そうなんだ。レカンに一太刀でも入れてヘレスさんの無念を晴らして、それでその手柄を持ってヘレスさんに求婚するかあ。うわあ、いいなあ。ねえねえ、もうあの人、求婚したかなあ」
「知らん」
「恋のために魔王に挑戦するなんて、ちょっとできないよ」
「誰だ、魔王というのは」
「みただけでも怖いけど、実際に剣を交えたら、絶望的に怖いもんね。人間のかなう相手じゃないんだから」
「オレは人間だ。あ、そうだ。たぶんあいつ、アリオスと同じ流派の剣を習ってる」
「ええっ? てことは、イリーズの一族の誰かが剣を教えたってこと? へえ、そうなんだ。ふふっ。ねえ、レカン。ヘレスさんはこの求婚を受け入れると思う?」
「知らん」
「ところでレカン。御前試合のとき、もしかして負けようとしてなかった?」
「どうしてそう思うんだ」
「レカンの攻撃速度なら、もっと手早く試合を終わらせられたのに、何度も撃ち込む機会をみのがしてた」
「ほう」
「なんていうのかな。受けて立つような闘い方だった」
よくみたものだ。いつの間にこんな眼力を養ったのだろう。
「試合が終わったとき、審判の人、最初はレカンの勝ちを宣言しようとしたんじゃないかな。あのとき、レカン、審判の人に何か言ってたよね」
「ああ。これが真剣ならオレは死んでたとか何とか、そんなことを言った」
「へえー。勝ちを譲ったんだ。花を持たせたんだね。求婚しやすいように」
「知らん」
「レカンのそういうところ、大好きだよ」
「…………」
「問題は、レカンのそういうよさに気づく女性が意外に多いことなんだよね」
「そんなやつはいない」
「いるよ。あたしでしょ。ノーマさんでしょ。それからヴォーカのスシャーナさんでしょ。ヘレスさんでしょ。ツボルトでは女の人引っかけてないよね」
「そんなことはせん」
「あやしい。あのイライザって人と、何かなかった?」
「何もない」
昼食休憩は、ちょっと長めになった。
その日はそれ以上接敵せず、快調に走った。
その日も草原で野営した。
「ねえねえ、レカン」
「うん?」
「この世界に落ちてきたときのこと、話して。それからのことも、詳しく」
「ああ」
どんなふうにもとの世界から来たのか、ザイドモール領でどんな暮らしをしていたのか、レカンは話した。エダは、もっと詳しく話すよう求め続けたので、あれこれ思い出すかぎりのことを話した。この話題は、この日から何日間も続くことになる。何日目かには、守護石と宝玉の交換の話もした。
翌日。迷宮探索三日目。二の月の十日。
出発して間もなく、灰狼の二百頭近い群れに出会った。レカンは〈狼鬼斬り〉を使った。恩寵の効果はすさまじく、どの魔獣も一太刀で倒した。
昼食のあとは魔獣に遭遇しなかった。一度はひどく強力な魔獣の気配を察知したが、遠回りしたところ、相手に気づかれずにすんだ。たった一体で移動していた。ちらりと姿をみたが、みたことのない魔獣だった。この日には、山のかなり近くまで来ていた。
迷宮探索四日目。二の月の十一日。
朝出発していくらも走らないうちに、山のふもとに着いた。そのまま山を迂回するように右に進んだところ、広大な森林があり、山と森林のあいだに湖沼地帯の入り口があった。
大きく湖沼地帯に食い込むよう進路を取った。
レカンは、乾いた場所を選んで進みながら、〈生命感知〉で地擦や擬岩をみつけては、左手にはめた〈雷竜の籠手〉で倒していった。
ノッドレインが、レカンならユフ迷宮の最奥部までたどり着けるかもしれないと思った理由がこれだ。
湖沼地帯が厄介なのは、沼や池でない部分のほとんどが湿地で、わずかに乾いた部分には、地面に擬態した地擦や岩に擬態した擬岩が、うじゃうじゃ隠れているからだし、草が生えているかと思えば芝水だったりする。こうした泥奇族の魔獣は、不意を突いて人間に襲いかかり、体の自由を奪って、人間を窒息させたり、溶かしたりして殺す。いくら攻撃力が高くても泥奇族には通じない。
ここは騎士団にとっては非常に踏破困難な場所だが、レカンには魔獣をそれとみわける能力があると聞いて、それなら、とノッドレインは思ったのだそうだ。
地擦も擬岩も芝水も魔法攻撃、特に雷撃系の攻撃に弱い。相手を確実に発見できるのなら、あとはしかるべき武器さえ持っていれば対処できる。そして湖沼地帯を比較的安全に通過できるとなれば、最奥部にたどり着ける可能性が出てくる。
ノッドレインから、雷撃攻撃のできる槍を持っていくよう勧められたが、レカンは長柄の武器が得意ではないので断った。
地擦は、ゴルブル迷宮で戦ったことがある。岩場では岩に擬態するが、湿地では泥に擬態する。擬岩はロトル迷宮で戦った。
大木の根元に、休憩にうってつけの場所があった。そこには大きな魔獣が横たわっているが、肉眼では草地にみえる。たぶんこれが芝水だ。気がつかずにここに腰をおろせば、たちまち芝水に包み込まれて動きを封じられてしまうだろう。
芝水の端を〈雷竜の籠手〉で攻撃した。雷撃が飛び散って芝水を麻痺させたが、芝水の体は巨大であり、麻痺していない部分がめくれあがって襲ってきた。擬態を解くと水のような姿をしている。それを右手に持った〈泥奇斬り〉で斬り裂くと、巨大な体のあちこちを〈雷竜の籠手〉で攻撃していった。八度ほど攻撃すると、完全に沈黙し、死んだ。
腰を下ろして昼食を取った。
「ここまで四日。一日目が昼からで今も昼すぎだから、丸三日か」
「そうだね」
「ノッドレインの見立てでは、この湖沼地帯に入るまでに五日かかるということだったから、二日縮めているな。迷宮に入るまでに二日かかるとみてたから、それを含むと三日縮めてる」
レカンは地図を取り出してにらみつけた。
「この湖沼地帯はすぐに終わる。そのあとは、岩山の裾野を慎重に回り込んで草原に出るというのが、ノッドレインが勧めたルートだ。だが」
レカンの指が地図の上を滑る。
「現在の地点からまっすぐに岩山に向かい、岩山を越えれば、ずっと近道になる」
「じゃあ、どうしてノッドレインさんは迂回路を勧めたの?」
「岩山をまっすぐ越えるということは、頂上付近を通るということだ。強力な魔獣が出る。だが、オレとお前なら、このコースで問題ない」
エダは地図をみた。左上にエリア別の出現魔獣種族が書いてある。
岩山に出現するのは、虫禍族と、岩塊族と、火竜族だ。
「レカン」
「何だ」
「火竜族の魔獣って、どんなのだったっけ?」
「小火竜、烈弾竜、大炎竜だな。ほかにもいるかもしらんが、オレは知らん」
「もしかして、大炎竜のお肉が目当てなんじゃないの?」
「それは違う」
肉ではない。皮が欲しいのだ。
「ふうん。まあ、いいよ。レカンの選択に、あたいは従う。でもここは魔法の使えない迷宮だってことは忘れないでよ」
「わかっている」
湖沼地帯をまっすぐ突っ切るコースを進んだ。
地擦と擬岩は殺しながら歩いた。芝水は、迂回できるときには迂回したが、遠回りになるときは殺した。偽沼や山津波に出くわしたら近づかずに回避した。沼や湖のなかに棲む水妖族の魔獣とは戦わなかった。岩長蛇や平白蛇はたくさんいたが、よほど近くを通らない限り襲ってこなかった。戦うときには、〈彗星斬り〉と〈冷気剣〉が有効だった。槌頭蛇だろうかと思う魔獣とは何度か遭遇したが、戦わなかった。とにかく魔獣が多かった。そこら中、魔獣だらけだった。
この日の水牛の四刻には岩山の手前についたので、湖沼地帯の端で野営した。




