3
3
草が膝ほどの長さの場所に出た。ずいぶん遠くまでみわたせる。相手からも発見されやすいということだ。
小休止をしてから出発した。
ユーフォニアで買った体力回復薬を飲んで走った。
前方に魔物の大群がいた。まっすぐこちらに駆けてくる。レカンがみつけるより先に、相手がこちらをみつけていたようだ。
レカンは走るのをやめ、止まった。エダも止まった。
「前方から魔獣が来る。百体ぐらいかな」
「わかった」
エダはレカンの後方十歩ほどに下がり、〈イェルビッツの弓〉を取り出して構えた。
レカンは、左手に〈雷竜の籠手〉をはめ、右手には〈火炎剣〉を握った。もとの世界で、ある依頼の報酬として受け取った剣だ。切れ味は普通なのだが、魔力を流し込むと発火する機能が付与されている。魔獣の多くは火を嫌がるので、この剣は襲いかかろうとする魔獣をひるませる効果がある。大群に囲まれたときには重宝する剣だ。
魔力を流し込んだ。剣身から炎が吹き上がる。
魔獣が近づいてきた。
(銀狼か)
(百頭ほどで群れているということは)
(あまり位階の高くない銀狼だとは思うが)
(ある程度は強い個体も混じっているようだな)
軽く右上から左下に剣を振った。
大きな三日月形の炎が空中に出現する。
先頭にいた銀狼が、わずかにひるんだようにみえる。
そのあと右や左にも回り込んで、レカンに襲いかかってきた。
レカンは〈火炎剣〉をぐるぐる振り回す。体の周りに巨大な炎の大蛇が踊った。
それを跳び越えて魔獣が襲いかかってくる。だが、腰がひけている。跳びかかるのをやめた魔獣もいる。
右側から来た魔獣には剣で斬り付け、左から来た魔獣には〈雷竜の籠手〉をたたき込んだ。すかさず剣を振り上げ、正面からの敵を撃ち、左側の敵を〈雷竜の籠手〉でなぐりつけ、右下から飛び込んできた敵を右足で蹴り上げる。
脅威になる敵ではない。〈彗星斬り〉を使っていれば、わずかの時間で全滅させることができたろう。だが今は、〈退魔の腕輪〉の機能を確認したい。だからわざと戦いが長引く方法を採ったのである。
エダが後退したことを、〈立体知覚〉で知る。
銀狼たちは、レカンの後ろに回り込むようになった。だが、エダのほうには近寄らない。
その状態でしばらく戦っていると、エダが前進してきた。
銀狼たちが後ずさる。やがてレカンにも攻撃が来なくなった。
エダが〈イェルビッツの弓〉を放ち始めた。みるみる魔獣たちが殲滅されてゆく。レカンは、〈火炎剣〉をしまって〈彗星斬り〉を取り出し、前進して残った銀狼を斬り倒した。
「ふむ。銀狼は狼鬼族の上位の魔獣だが、今戦った銀狼はパルシモでいえば三十階層かもう少し上ぐらいの強さしかなかったな。八十階層ぐらいのが二、三匹混じっていたという感じか。で、どうだった?」
「うん。これ、すごいね。十五歩ぐらいから効果が出て、十歩以内には、ほぼ入ってこれないみたい。うっかり十歩以内に飛び込んだ銀狼は、あわてて逃げてた」
「そうか」
〈退魔の腕輪〉は、強力な魔獣には効き目が少ないが、百体二百体で群れるような魔獣には、ほぼ間違いなく効果があると言われた。
レカンとエダの場合、相手が一体や二体なら、レカンが敵を引きつけながら戦えるし、エダは位置取りもうまいから、あまり不安はない。問題は多くの敵が一度に襲ってきたときだ。エダは近接戦は得意ではない。レカンとしてもエダをかばいながらでは戦いにくい。
〈退魔の腕輪〉があれば、エダは遠距離攻撃に集中できるし、レカンは後ろを気にせずに戦える。しかもこの腕輪は魔力の補充などが必要ない。実に使い勝手のよい品だ。
二人はしばらく草原を疾走したあと、一度休憩し、また走った。
「ふうっ。エダ、今何時だ?」
エダが〈告時板〉を取り出した。ノッドレインから借りたものだ。
「待ってね。ええと、ちょうど黄蛙の一刻になったところ」
「なに? いかんな。少し張り切りすぎたようだ。野営にするぞ」
「うんっ」
迷宮のなかはずっと明るい。それにしてもこれほど明るい迷宮も珍しいのだが、その明るさは太陽によるものではない。この迷宮の場合、空全体が光を放っているのだ。だから自然な光に思えて、ついうっかりしてしまった。張り切りすぎたということもあるかもしれない。いずれにしても、休むべきときに休まなければ、力を出すべきときに力を出せない。
レカンとエダは野営の準備をした。といっても薪はレカンの〈収納〉から出るし、鍋を吊る金具も、肉を焼く串も同じだ。ノッドレインから借りた魔道具で火を着けた。エダが食材と調理用具を出して、手際よく料理を作った。
近くに枝が枯れたようになっている立木があったので、切り取って〈火炎剣〉で燃やしてみた。
(お、燃える)
(いい感じだな)
(このぶんなら山や森に入れば倒木や枯れ木もあるだろう)
(薪には不自由せんな)
二人はマントをかぶり、身を寄せ合って寝た。
夜中に二度ほど魔獣の群れが近くを通過したが、レカンたちには気づかなかったようで、そのまま通り過ぎていった。
翌日、迷宮探索二日目。二の月の九日。
朝食を済ませてから少しくつろいだ。
「さて、そろそろ行くか」
「ほんとに姫亀の二刻だね」
「なに?」
「ほら、ニーナエ迷宮でヘレスさんが言ってたでしょ。レカン殿が戦いを始めるために起き上がるのは、必ず姫亀の二刻だって」
「ああ、そんなことを言っていたな。あっ。そういえば、ヘレスに求婚するやつがいるぞ」
「えええっ。また、変な人?」
「いや、今度のはまともだ」
「レカンの基準は、ちょっと人と違うからなあ。それで、どんな人?」
「ほら、この前王宮で試合をしたじゃないか」
「うんうん。何とか子爵って人と戦ったね」
「あいつだ。まあ、詳しいことは昼食休憩のときだ」
「ええ〜。気になるう〜〜」