18_19
18
地に倒れたとき、レカンは体の上に大剛鬼の死体が乗りかかってくるものと身構えたが、何も起こらない。
そもそも自分は喉を斬り裂かれて死んだはずなのに、なぜ生きているのか。
喉元に手をやれば、かすかに傷がついて血が出ている。やはり自分は死ぬところだったのだ。
起き上がったレカンは、右の目で足元の小箱をみた。
宝箱である。
大剛鬼は死んだ。死にながらも執念でレカンを殺そうとした。だが死と同時に大剛鬼は宝箱に変じた。そのため、レカンの首に突き込んだ爪は消滅してしまったのだ。
ほんのわずかでも大剛鬼が死ぬのが遅ければ、レカンも一緒に死んでいた。
死んで宝箱になるのでなく、普通に死んでいたら、レカンも一緒に死んでいた。
本当に紙一重で命を拾ったのである。
レカンの右手は、剣をにぎっていた。半ばで折れた愛剣を。
折れた上半分は地に落ちていた。
いい剣だった。
使いやすい剣だった。
この剣は、〈ザナの守護石〉の付与を受けたレカンの全力の攻撃に耐えられなかったのだ。
さすがに〈自動修復〉でも、折れ飛んだ剣は修復できない。
つまりもうこの剣は、使い物にならない。
レカンは半ばで折れた剣と、折れた先を、〈収納〉に収めた。
それから、宝箱を開けた。
金色に輝くポーションが入っていた。
金のポーション。
それは、技能付与のポーションである。
レカンはポーションを〈収納〉に収めて立ち上がり、礼をした。大剛鬼に敬意を表したのだ。
大赤ポーションを取り出して飲んだ。充分な時間を置いたからか、すんなり体が受け付けた。
頬の傷も喉の傷も、なかったかのように消えてゆく。
やはり赤ポーションは有用だ。ただし使い方を考えねばならない。
レカンは呪文を唱えた。
「〈階層〉」
だが、何も起きない。
そこで気がついた。
シーラに言われていたではないか。地上階層以外では、この呪文は通路、つまり階段のある空間でしか使えないのだ。
レカンは部屋の入り口に戻り、階層を出てから呪文を唱えた。
「〈階層〉」
階層図が頭に浮かんだので、地上階層を選択した。
「〈転移〉」
その瞬間、レカンの体は地上階層に移動していた。
入り口に向かうと、地上は夜だった。町の明かりもほとんどないところをみると、真夜中だ。
あまり人と会いたい気分ではなかったので、すたすたと歩き去った。こんな時間にも迷宮品を買い取ろうとする者たちはいたが、声をかける隙も与えず、レカンは急ぎ足で立ち去った。
もうすぐ冒険者たちが迷宮の外に出てきて、魔獣がいなくなったと騒ぐはずだ。そうすると、迷宮の主を誰かが倒したことがわかってしまう。わかってしまったからといって、どういうこともないが、またあの領主の次男なり誰かなりが、うるさくかまいつけてくるかもしれない。そうなる前に、この町を去るつもりだった。
「レカン!」
迷宮警備隊長のダグだ。どうしてこんな時間に外を歩いているのだろう。
近寄ってわかった。酒臭い。飲んでいたのだ。
制服のままで飲んだくれていてよいのだろうか。
「レカン。ありがとうな。トマジ様を助けてくれたそうだな」
「トマジ? ああ、領主の長男か。いや、べつに助けてはいない」
「あんたのおかげで下層に〈印〉が作れたというじゃないか」
「いや、オレは皺男を二度倒して〈印〉を作ったが、トマジは二回目のとき近くにいただけだ」
「それで〈印〉はできるんだよ。知らないのか? 二度目に大型魔獣を倒したとき、ある程度近くにいる者は、みんな〈印〉をもらえるんだ」
そうだったのか、とレカンは思った
それでふに落ちたこともある。いくつかの階層で、大型魔獣の近くに、やたら冒険者が集まっていることがあったのだ。
「トマジはどうして下層に行きたいんだ?」
「最近下層の迷宮品が出てこない。だからみずから下層に潜って迷宮品を手に入れる、という意気込みだよ。あの人や側近たちの腕じゃ、絶対無理だけどな」
「そうか、じゃあ、オレは行く」
「レカン」
「何だ」
「迷宮の主を、倒したのか?」
一瞬迷ったが、真実を言うことにした。
「ああ」
「教えてくれ。何が出た」
教える義務などない。だがレカンは、最下層での収穫を取り出して、左手の上に乗せてみせた。
「ポーション……か?」
「〈灯光〉」
暗くてよくみえないようなので、右手の指で明かりをつけてやった。
「金……色のポーション……か。はじめてみたよ。だがよかった。わしが確かに確認した。これが〈神薬〉だったり、いい恩寵のついた武器だったりしたら、いろいろと厄介だったが、金色のポーションだったとわかれば、騒ぎも少ないだろう」
「〈神薬〉だったとしたら、どうなる」
「領主が王への献上品にするため、何がなんでも手に入れようとするだろう」
「いい恩寵のついた武器だったら、どうなる」
「やはり領主が買いたがるだろう。次男は高額の〈恩寵品税〉を取り立てようとするだろう」
「ふむ。金色ポーションは、需要がないのか」
「いやいや、あるとも! 技能が覚えられるんだからな。どこの貴族家でも欲しがるし、将軍たちも騎士も欲しがる。だけど一番金を出すのは冒険者だろうな。競売に出た場合、競り落とすのは九割九分九厘冒険者だろうよ」
それは納得できる話だ。つまり金色ポーションなら、どうせ冒険者が競り落とすだろうからという理由で関心が低いということだ。
「じゃあ、行くぞ」
「レカン、また来てくれ」
「ああ」
もう来ないつもりだったが、そう答えてレカンは走り去った。
19
ゴルブルの町を出てから気づいた。
体がひどく疲れており、空腹だ。だが、今さら町へは戻れない。
野営することにした。
その夜、珍しいことに夢をみた。シーラと会話している夢だ。
「シーラ。〈炎槍〉は手のひらから撃ち出すことにした」
「ありゃ、もうみつけちまったのかい。しかたがないねえ。もう少し指先で魔法を使う訓練を積んでほしかったんだけどねえ」
「指先の大切さもよくわかった。これからは、〈灯光〉の魔法を徹底的に磨く」
「あれまあ。いつのまに、こんなに出来のいい弟子になったんだろうねえ」
目を覚ましてから奇妙な夢だと思ったが、夢でレカンが言ったことは本当だ。これからは時間をみつけて〈灯光〉を磨き上げ、魔法感覚を研ぎ澄ませていくつもりだ。
昼少し前、ヴォーカの町の西門に着いた。
門を通る前に、〈収納〉から別の剣を出して腰につけている。
常時発動している〈生命感知〉にシーラがみあたらないのに気づいた。
おかしいなと思いながら、町のすみからすみまで〈生命感知〉で調べたが、みつからない。
シーラがこの町のどこにもいない。
門を通ったレカンは、屋根伝いにシーラの家に向かった。
高い塀の上に立って、シーラの家をみおろすと、庭で三人の騎士と二人の兵士が、便所をのぞきこんだり、毒草畑を指さして何かを言い合ったりしている。〈立体知覚〉によれば、家のなかにも四人がいる。ジェリコもいる。だがやはり、シーラはいない。
玄関の扉が壊されているのに気づき、レカンは腹が立った。
ぶわり、と飛んで、庭で指揮をとっているようすの、ひときわ豪華な鎧をまとう騎士の前に降り立つ。
「お前たち、誰の許しを得てここに入った」
身なりのいい騎士は、近くでみると非常に若い。その後ろにいる二人の騎士も若い。
最初、突然現れたレカンにひどく驚いたが、われに返ると大声をあげた。
「貴様! 何者だ! どこから現れた! 貴様がシーラ殿をかどわかしたのか! 者ども、こやつを捕縛するのだ!」
「第7話 ゴルブル迷宮再訪」完/次回「第8話 薬師の失踪」