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「そう考える理由を聞かせてもらいたい」
「もしもレカン殿に調査を頼めば、今のユフの状況がもう少し詳しくわかるでしょう。しかし、その先にあるものは何でしょうか」
「忠義の臣たちと連絡を取り、父上をお救いしたい。そして反乱を鎮圧せねばならん」
「レカン殿のお手を煩わせて、味方を集めることはできるかもしれません。そうすれば私たちもここを打って出ることができますし、動乱を静めることもできるかもしれません。しかし、それは多くの血が流れる道です。領主様の御身にも危険がないとは申せませぬ」
「しかし、いずれにせよ反乱はそのままにはしておけん」
「今のところ、どのような意味で誰が反乱したのか、はっきりしませぬ。ワイド子爵は、ユフ神聖王国を復活させたいと願っておられますが、領主様に取って代わろうとしているとは思えないのです」
「しかし、ワイド子爵の命により治安騎士団はユフ城を襲い、父上を虜にし、今まさにわれわれを取り囲んでおる。何人もの命が失われたでないか」
「あのとき騎士エストファリンを攻撃した者がどこの手の者だったのかはわかっておりません」
「あ、ちょっといいか。密偵が調べてきたところでは、騎士エストファリンに魔法攻撃を加えたのは、南家とかいうところの魔法使いだったということだ。まあ、情報源にどこまで信頼がおけるかはわからんがな」
「南家。そうですか。やはり。殿下」
「うむ」
「ユフの騎士同士が、あるいはユフの民同士が、血で血を洗う戦いをする愚は避けねばなりません。多くの者は、虚偽や誤解や思い込みから今回のことに加担しているにちがいないのです。その者たちすべてをただちに反乱者と決めつけて罪を問うことは、賢明とはいえません」
「それはそうだが」
「最もよいのは、北神の御方様がおっしゃったように、迷宮騎士団を呼び戻すことです。迷宮騎士団の力は圧倒的です。最小限の戦闘で動乱を静められましょう。しかるのち、よくよく取り調べをなさり、正邪をただし、ライコレス神と万民の心にかなうお裁きをなさるべきと心得ます」
今度はアシッドグレインが黙り込んだ。
「……しかし。いかにレカン殿でも、一人で迷宮騎士団のいる場所にたどり着くのは不可能であろう。卿もそう申していたではないか」
「恐れながら、レカン殿の技能を知り、考えが変わりました。さらに申せば、レカン殿の強さに賭けてみたい気持ちになりました。私は十年間迷宮騎士団で武を磨き、三巨人との戦いも五度経験しましたが、その私をもってしても、レカン殿と相対せば、三合と打ち合えず斬り伏せられるでありましょう」
「なにっ」
「レカン殿の強さは別格のものです。先ほどからレカン殿を拝見していて、そのことがよくわかりました。そのうえ二千五百歩先の人や魔獣を感知できる技能をお持ちとあれば、お一人でユフ迷宮の最奥にたどり着くことが、本当にできるやもしれません」
「ふむ」
「レカン殿は、御方様との縁により、御方様の祈りに応えて、普通の人間では絶対に入って来られないこの北の塔にお越しくださいました。私には、御方様を通じてライコレス大神様がレカン殿を差し向けてくださったのではないかとさえ思えるのです。ならばこそ、困難ではあっても最良の道を選ぶべきではないかと考えた次第です」
「うむ。よくわかった」
アシッドグレインは、側近たちの顔をみわたした。皆、うなずいている。
「ノッドレインの申すようにする」
「は。レカン殿、お聞きの通りです。迷宮に入っていただけないでしょうか。入ってみて無理だと思ったら引き返していただきたい。そのときは別のことをお願いしたいのです」
レカンはルビアナフェル姫をみた。
ルビアナフェル姫は、うなずいた。
「わかった。ただし、迷宮に入るのはオレ一人じゃない。一緒にパルシモ迷宮を踏破した仲間を一人連れてきている。頼りになる仲間だ。二人でユフ迷宮に入る」
「おお。それは心強い。今、迷宮の地図を出します」
ノッドレインは立ち上がり、壁際を埋め尽くす書類棚に向かった。その書類棚のなかは、〈立体知覚〉でみることができない。
(〈箱〉だな)
(引き出しの一つ一つに、すべて〈箱〉の機能を付けているんだな)
引き出しを探って書類を取り出すと、レカンの横にやって来て、テーブルに広げた。地図だ。
「広いな」
「広いですとも。地上階層から迷宮一階層に〈転移〉すると、ここの赤い砂地に出ます。ここからなら地上階層に〈転移〉できます。そして一番奥のこの神殿の奥にある赤い砂地からも地上階層に〈転移〉できます。地上階層から奥の赤い砂地には〈転移〉できないのです。そして入り口の赤い砂地から神殿までは、最短のコースを取っても移動するだけで一か月かかるのです」
「それは歩いての話だな」
「もちろんそうです。地形によって出現する魔獣はほぼ決まっています。この左上に書いてあるのがそうですな。ただし、本来の縄張り以外にいることもたまにあります」
砂漠……幽鬼族、砂虫族、地竜族
草原……狼鬼族、聖鹿族、獅鬼族
山……猪鬼族、熊鬼族、飛竜族
岩山……虫禍族、岩塊族、火竜族
谷……猛鳥族、空魚族、魂鬼族
森……猿鬼族、樹怪族、虎鬼族
湖沼……水妖族、泥奇族、水蛇族
神殿……巨人族
(ふうん)
(聞いたことのない種類がいくつかあるな)
「さて、迷宮騎士団の今回の探索コースは、こうです」
ノッドレインは、指を地図の上に走らせた。
「だが、今はもう二月だから、間違いなくここに着いているでしょう」
終点である神殿の手前の草原エリアで、ノッドレインの指は止まった。
「ここで狩りを続け、神薬が十個以上手に入れば神殿に進み」
ノッドレインの指が神殿の位置に移動した。
「神殿の番人である三巨人を倒して神殿の奥の赤い砂地に移動し、帰還するのです」
(ということは草原エリアに神薬を落とす魔獣がいるわけだ)
「レカン殿のことだからもうお気づきでしょうが、神薬を落とすのは聖鹿族の魔獣です。聖鹿族は、この一番奥の神殿の手前の草原エリアにのみ出現します。聖鹿族はかなり高い確率で宝箱を落とすが、そのなかには必ずポーションが入っているのです。青鹿は青ポーションを、赤鹿は赤ポーションを、黄鹿は黄ポーションを、緑鹿は緑ポーションを、青紫鹿は青紫ポーションを、赤紫鹿は赤紫ポーションを、金鹿は金ポーションを、銀鹿は銀ポーションを、そして白鹿は神薬を落とします。ただし白鹿はめったに出現しないし、金鹿は、それ以上に珍しい」
「なるほど」
「この地図はお貸しします。必ずお返し願いたい。それができない場合は焼き捨てていただきたい」
「わかった」
アシッドグレインとノッドレインが別室で迷宮騎士団長デュオ・バーンへの書簡をしたためているあいだ、レカンはルビアナフェル姫と話をした。アシッドグレインたちが北の塔に逃げ込んできたとき、マリンカが特大の〈火矢〉を放って追っ手を足止めしたという話を聞いて、ひらめくものがあった。ルビアナフェルは、レカンの婚約を祝福し、相手のことをあれこれ尋ねた。
さほど待つことなく手紙はできた。レカンは迷宮のことについていくつか質問した。ノッドレインからいくつか助言があり、何点かの恩寵品の供与を受けた。
そのあとマリンカは、五階南側の部屋のベランダから、真夜中の空に高々と〈火矢〉を打ち上げた。特大の大きさだ。少し時間を置いてもう一度魔法を放った。青ポーションを飲んで、さらに二度魔法を放った。
見張りたちが何事かと北の塔の南側に集まった隙に、レカンは北側の窓から、〈隠蔽〉〈浮遊〉〈移動〉を使って静かに塔の外部に降り立ち、いったん森に入ってから、外壁の上を走って宿に帰った。二の月の真夜中のユーフォニアは、はく息が凍るように寒かった。




