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案内された部屋には長く組み合わされたテーブルがあり、七人が座っていて、二人が立っていた。テーブルには、ごく弱い光を放つ燭台が二つ置かれている。
「北神の御方様、冒険者レカン殿をお連れしました」
マリンカに促されてレカンは部屋のなかに足を踏み入れた。
座っている七人のうち、奥側に座っているのは二人だ。この二人がこの場で最も上位だということだ。
その二人のうち、向かって右側に座っている人物が立ち上がり、レカンに近づいてきた。
女性だ。よく知っている顔だ。懐かしい顔だ。
その女性が放つ魔力の気配は、レカンの脳裏にいくつもの思い出をよみがえらせた。
レカンは、思わず身をかがめ、右手を開いて左胸に当て、深々と礼容を取った。
それは五年前、この世界に降り立ったレカンが、ルビアナフェル姫に対して取った礼容そのままであった。
ルビアナフェル姫も礼をした。それは五年前のあどけないしぐさとはまったく違う、気品に満ちた礼だった。
「助けにきてくれたのですね、レカン」
「はい」
「お顔を上げてくださいな、私の狼さん」
レカンは顔を上げた。
目の前にルビアナフェル姫がいた。美しく成長したルビアナフェル姫が。今姫は十七歳のはずだ。五の月になれば十八歳になる。その年齢からは考えられないほどの風格だ。まるで女王のようではないか。そして、なんという揺るぎなく豊かな魔力であることか。いったい何が彼女をここまでの高みに導いたのだろう。
「冒険者レカン、ようこそ」
上座に座る青年があいさつしてきた。この青年が姫の伴侶であり次期侯爵のアシッドグレインなのだろう。
レカンは礼容をとったままアシッドグレインに一礼し、礼を解いて身を起こした。
アシッドグレインが、そこにいた人々にレカンを紹介した。
すなわち、異世界からの落ち人であり、魔獣に襲われたルビアナフェル姫を助けたことからザイドモール家の客となり、ルビアナフェル姫の護衛を務め、四度にわたる暗殺者の襲撃を退け、またザイドモール家の騎士たちに剣の手ほどきをしたことを。
(この男は以前からオレのことを)
(ルビアナフェルに聞いていたようだな)
アシッドグレインが自分の紹介をするのを聞きながら、レカンは居並ぶ人々をみていた。
どの顔も若い。強い意志を感じさせる顔つきをしている。しかし、やつれている。
テーブルには皿とフォークと銀色のゴブレットが置いてある。食事をしていたのだ。誰の皿も空になっているが、たった一枚ずつのあまり汚れてもいない小さな皿が、食事の量がごくわずかだったことを物語っている。
「さて、レカン。君はどうやってここに入ってきたのだ。そして君は、何をしに来たのだ」
質問を受け、レカンはアシッドグレインに向き直った。
「その話の前に、贈り物がある」
「贈り物?」
「十の月のはじめから籠城していると聞き、食べ物が不足しているのではないかと思って、持ってきた」
レカンは〈収納〉から〈箱〉を取り出し、サイドテーブルの上に置いた。そして中身を取り出してみせた。
おおっ、という喜びの声が上がった。
「新鮮な野菜もたっぷりある。肉もあるぞ」
「肉! 肉だと!」
「料理をする者はいるのか」
「もちろんだ。一階に厨頭と二人の料理番がいる」
「では調理場に案内してくれ。そこで食料を出す。まずは肉と新鮮な野菜を焼いてもらおう。それを食べて腹ごしらえをして、それから話をさせてもらう」
「ありがたい。本当に、みんなに行き渡るだけの肉があるのか」
「あるとも。それも特別にうまい肉だ」
レカンが言っているのは、小火竜の肉のことだ。レカンの〈収納〉にはたくさんの干し肉も入っているが、ルビアナフェル姫に食べてもらうのは、竜肉でなくてはならない。幸い、去年の九の月にロトル迷宮で得た肉がたっぷり残っている。ロトルできちんと処理をしてもらったので、まだまだ新鮮そのものだ。
レカンは、北の塔の家宰ペイネ・オサシムという青年に案内され、一階に下りた。ペイネは、厨頭、料理番、侍女や小姓を呼び集め、レカンを食料庫に案内した。それはレカンが転移してきた部屋だった。そこでレカンが次々に食品を出した。使用人たちは歓声を上げながら、食材を受け取った。
「ま、まだあるのですか。いったいあなたの〈箱〉は、どうなっているのですか」
エダから預かってきた食材全部を出し切ると、ペイネは呆然として言葉もない。
「な、なんということだ。これだけ食べ物があれば、あと一月、いや、それ以上でも持ちこたえられる」
「ペイネ。肉はどこに置けばいい?」
「干し肉なら、もうたくさん受け取りました」
「干し肉じゃあなく、新鮮な肉だ」
「新鮮な肉、ですか。本当なら低温庫に入れておくのですが、あいにく魔石がないのです。すぐに料理して食べるしかありません。薬草を擦り込んでおけば、多少は長持ちするでしょうが」
「魔石? そういえば、塔のなかが暗いな。魔石を節約していたのか」
「はい。残った魔石は〈守護の壁〉を維持するのに使わねばなりません。それももう……」
「魔石ならあるぞ」
レカンは、中型魔石を詰め込んだ〈箱〉を四つと、大型魔石を詰め込んだ〈箱〉を二つ取り出した。
「一つの袋にだいたい二百個ぐらい魔石が入っている。これを使え」
ペイネは〈箱〉のなかから魔石を取り出し、目を大きくみひらいた。
「こ、これを、使わせていただいてよろしいので」
「遠慮なく使え。まだまだある」
「失礼して、殿下にご報告を」
ペイネは魔石の入った〈箱〉を大事そうに抱えると、急ぎ足で食料庫を出ていった。
一領主の息子に殿下とは、ずいぶん大仰な敬称だが、たぶんユフ神聖王国の時代からの慣習なのだろう。
「あんた、厨頭だったな」
「はい。ツルテンと申します」
「この肉を焼け」
レカンは小火竜の肉の大きな塊を二つ出した。丁寧に包装されている。
「これだけあれば、あんたたちも含め、全員がたっぷり肉を食べられるだろう」
「私どもも頂戴してよろしいのですか」
「ああ」
「ありがとうございます」
それからは、まるでお祭り騒ぎだった。
塔のあちこちで煌々と明かりが灯され、野菜と肉が焼ける匂いが立ちのぼった。
上等なワインが抜かれ、側近たちの紹介があり、晩餐が始まった。
レカンも食卓に着くよう勧められた。
「夕食は、もう済ませたんだ。肉を少しだけ焼いてもらおう」
レカンの席は、入り口の前、つまりアシッドグレインとルビアナフェル姫に向き合う位置に作られた。
肉をつまみにワインを飲んだ。誰も彼もが夢中でごちそうを口に運んだ。