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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第50話 ユフ動乱
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 達人級の〈隠蔽〉であっても、明るい場所でじっとみつめられれば、そこに何かいるということはわかるという。そして、一度相手がそう思えば、その相手には〈隠蔽〉が効かなくなる。

 また、じっとしていれば〈隠蔽〉は解けにくいが、移動すれば弱まってしまう。まして、声を発したり、剣や魔法で攻撃をしたりしようものなら、たちまち〈隠蔽〉は解けてしまう。

 レカンは達人級の使い手とはいえないが、今は夜である。そして見張りの者たちは、みな北の塔のほうに向いていて、その意識も北の塔に向けられている。この状況でなら、見張りに気づかれずに北の塔に侵入できる可能性は高い。

 ゆっくり、ゆっくりと、レカンは前進する。

 遊歩道が終わった。〈コールの恵み〉はここでいったん地下に潜り、北の塔などに引き込まれるほか、城の敷地のなかにめぐらされた石造りの小川を流れ、いくつもの小さな池を潤して、ユーフォニアの町に流れ込んでいくのだ。

 ありがたいことに風が吹いていて、木々の木の葉がざわめいている。〈コールの恵み〉は水音を立て続けている。だからレカンの押し殺した足音は、見張りたちの耳には入らないようだ。

 ゆっくり、ゆっくりと、人の少ない場所に移動する。

 〈立体知覚〉が北の塔に届く位置まで来た。

 静止状態で〈白魔の足環〉を発動させたときの移動距離は、もう充分に把握している。だが、多少の誤差は覚悟しておくべきだ。飛ぶ先には荷物や家具がないほうがいい。

 やがて、空っぽの倉庫のような場所に行き当たった。

(ようし)

(ここだ)

(もう少し前に進まんといかんな)

 近くにいる見張りが、ほんの少し首をめぐらせば、レカンはみつかってしまうだろう。

 わずか五歩ほどの距離を、ひどく時間をかけて移動した。

 ここでいい、という地点までくると、停止して、ふうっと息をはいた。

(さて、やるか)

(みつかるかもしれんが)

(そのときはそのときのことだ)

 右腕を折り曲げ、貴王熊の外套の袖で口を覆った。

 あらかじめ拾っておいた石を後ろに投げた。

 がさっ、と音がする。

「誰だ!」

 見張りが声をあげるのに合わせ、小声で呪文を唱えた。

「〈ゾルアス・クルト・ヴェンダ〉」

 レカンは北の塔のなかに転移した。

 体を覆っていた魔力が消えている。〈白魔の足環〉を使うと、〈隠蔽〉は解けてしまうようだ。

(無事に跳べたか)

(魔法障壁は越えられると思っていたが)

(実験したことはなかったからな)

(やはり始原の恩寵品は優秀だ)

 石造りの塔のなかであり、この部屋には窓もないから、真っ暗だ。

 〈立体知覚〉で周囲を探りながら、戸口のほうに進む。

 扉を軽く押すが、引っかかって開かない。

 〈立体知覚〉でよく確認してみれば、施錠してある。といっても、扉の取っ手に棒を差し込んだだけの簡単な施錠だ。

「〈移動〉」

 鍵を外し、扉を開けて前に進む。

 一階と二階に人がいるようだ。

 二階にいる十人ほどは、ひとかたまりになっている。

 同じ部屋にいるのだろう。会議をしているのかもしれない。そのなかに二人の魔力持ちもいる。つまりルビアナフェルは二階にいる。

 階段を探して歩き始めた。すると何段目かを上ったところで少し石段が沈む感じがして、ぎいっ、と大きな音がした。

(うおっ?)

(驚かせてくれる)

(石造りの階段なのに)

(どうして木がきしむような音がするんだ?)

(だがこのまま歩くのは悪手だな)

「〈浮遊〉〈移動〉」

 宙をただよって階段の上空を漂い、二階についた。

 着地して、歩き始める。

(うん?)

(一人こちらにやって来ている)

 レカンは立ち止まった。

 石の回廊に、小さな明かり取りの窓から星明かりが差し込んでいる。

 相手はまっすぐにレカンのいる場所に向かって来る。

(こいつは驚いた)

(まるで迷宮深層の冒険者のような気配を感じる)

(いったい何者だ?)

 手燭を持っている。揺らぎのない光だ。魔道具だろう。

 その明かりに照らされて、レカンの姿が浮かび上がる。

 レカンは動かない。隠れようともしない。

 相手が持つ手燭の光が、レカンの右目を刺した。

 八歩ほどの距離を残して、その男は止まった。

「まさか本当に侵入者だったとはな。どうやって入ってきた?」

 威厳に満ちた張りのある声だ。四十歳前後だろうか。

「断りもなく夜分に来て、すまん。オレの名はレカン。冒険者だ。ここにオレの知り合いがいると聞いて、安否を確かめに来た」

「なに? 知り合いとは誰だ」

「ザイドモール家のルビアナフェル姫。ここでは次期領主殿の正妃と聞いた」

 逆光でよくみえないが、相手の顔に驚きが浮かんだような気がした。

「知り合い、と言ったな?」

「ああ」

「では、北神(ほくしん)御方(おんかた)様も、お前をご存じなのだな?」

「それがルビアナフェル姫のことなら、そうだ」

「マリンカ殿はどうか」

「そういえばマリンカも一緒に来たんだったな。もちろんマリンカもオレを知っている」

「そうか。では、ここで待ってもらえるか」

「わかった」

 しばらくして、男が戻ってきた。後ろに魔力のある人間を連れている。女だ。

 男の持つ手燭がレカンの姿を浮かび上がらせると、その女は両手で口をふさぐようなしぐさをした。

「嘘。本当に、レカン。御方(おんかた)様の祈りが……通じた」

 懐かしい声だった。

「マリンカか。久しぶりだ」

「久しぶりです、レカン。まさか本当にあなたが来てくださるとは。ノッドレイン様。この人はまちがいなく、レカンです。御方様が待ち望んでいた人です」

「待ち望んでいた? どういう意味ですかな、マリンカ殿」

「それは御方様にお聞きくださいませ。今はとにかく、レカンを御方様のもとに」

(待ち望んでいただと?)

(ルビアナフェルがオレを待っていたというのか)

 レカンは、マリンカに先導されて、ルビアナフェル姫が待つという部屋に歩いていった。

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― 新着の感想 ―
マリンカってーと賊に火球かっとばしてた侍女さんか!
[一言] 全編通してここが〈隠蔽〉一番の活躍所ですね シーラが元々教える気がなかったけどレカンが習いたいということで習得した魔法ですが、〈突風〉と〈浮遊〉を組み合わせた飛行訓練と同じように ここでもレ…
[良い点] 次こそ再会だ! [気になる点] 見つかりたくないのなら〈隠身剣〉も使うと思うのですが、なぜ使わないのでしょうか? なにか不都合があるのでしょうか?
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