8
8
「さて、反乱軍のほうでは、宮殿は押さえたし、領主様の身柄も確保したってんで、ゆったりと構えました。南家当主のゲイトグレイン様が領主代理として政務を執り、城は何事もなかったかのように動き始めました。北の塔は包囲されてるんですけど、なにしろユフ城の一番北の端っこにあって、人が来ない場所ですからね。町の人は、北の塔が治安騎士団に包囲されてるなんて知りません」
「ふうん。ワイド子爵ではなく、南家の当主とやらが領主代理になったのか」
「ええ。勅使の相手をしたのも、この領主ご代理ですね」
「なるほどな」
「治安騎士団団長のザクワド・キリン様も、その上司のダンテスタ・ワイド子爵様も、南家当主のゲイトグレイン様の命令に従ってるそうです。情報源は、今回のすべての出来事の背後にゲイトグレイン様がいたんじゃないかと疑ってました」
「いかにもそんな感じだな」
「ふつうこういうことが起きたら、もっと荒れるはずなんですがね。どうも何か変です。もう一つ不思議なのが神殿です」
「神殿というと、ここか。山のなかだな」
城郭都市ユーフォニアの北側にグエン湖があり、その北側がロン山だ。ロン山に登っていくと東のほうに神殿があり、西のほうにシャドレスト家の霊廟がある。
「はい。神殿長はユフ全体に大きな影響力を持つ人で、こういう動乱を黙ってみすごすような人じゃないらしいんです。ところが動かない。どうも一部の神官が神殿長を幽閉してるみたいなんで」
「ほう」
「まあ、そんなこんなで、二の月になっちまいました。北の塔がまだ陥落しないのに、さすがにじれてきたのか、儀式魔法で一気に片を付けようてな意見も出てきかねない状況だそうです」
「うん。それは悪手なんだろう?」
「ですけど、万一迷宮騎士団が帰ってきたら、反乱は鎮圧されます。迷宮騎士団は、いつもは四月の終わりか五月のはじめに帰ってきますが、たまに早く帰ってくることもあるんだそうです」
「なるほどな。反乱軍は焦ってきたわけだ。だが強力な魔法攻撃を浴びせれば、アシッドグレインやルビアナフェルを殺してしまうかもしれんぞ」
「反乱軍は宮殿を押さえてますからね。宮殿には神薬があるでしょう。即死さえしなけりゃ何とかなるんじゃないですか」
「それにしても、そんなことをすれば領主家との関係はこじれてしまう。極端な話、領主とそのアシッドグレインというのは殺してもいいかもしれんが、〈癒やしの巫女〉は味方につけないといかんだろう」
「アシッドグレイン様を人質にして〈癒やしの巫女〉さまに言うことを聞かせるつもりじゃないかって、情報源は予想してました」
「ふうん? まあいい。とにかく、何が起きているかはよくわかった。見事だ、ぽっちゃり」
「グィスランです」
レカンは〈収納〉から大金貨を一枚出した。
「たった一日で、よくこれだけの情報を集めてきてくれた。これはその報酬だ」
ぽっちゃりは頭を下げ、両手で大金貨を押し頂いた。
「いくら食料を運び込んでも、八十日もすれば尽きてきているだろう。残っているとしても穀物か根菜ぐらいだ。すぐに新鮮な食料を届けないといかん。エダ」
「うん」
エダは〈自在箱〉から、次々に〈箱〉を取り出した。この日買い込んだ食材の入った〈箱〉だ。
それをレカンはひょいひょいと〈収納〉に入れた。
「よし。ちょっと北の塔に行ってくる」
「あたしもご一緒しましょうか」
「いや。お前はエダといてくれ。何かあっても、できるだけ戦闘はするな。口先でごまかすんだ」
「わっかりやした」
「では、行ってくる」
レカンは窓を開け、自分に〈隠蔽〉をかけて夜の町に飛び出していった。
東の城壁を目指した。西側の城壁の北端には、マカナ地区やホルト地区に続く道があるが、東側の北端には何もないからだ。
城壁の東側にたどり着くと、城壁の上を真北に向かって走った。すぐ右側は切り立った崖だ。下から強い風が吹き上げてくる。ただし城壁の上はかなりの広さがあり、物音を立てないように気をつけながらも、かなりの速度で走ることができた。
城壁の北端に着くと、そこはもう森だった。ユーフォニアの北側には城壁がないのだ。
城の北端にある北の塔はそのまま森につながっている。
レカンはそのまま森に入って、しばらく北に進んでから西に向かった。
やがて森が切れる場所に出た。
そこには川が流れている。
まっすぐな川だ。幅は十五歩か二十歩ほどもあるだろうか。両側には広々とした遊歩道が通っている。
この川は〈コールの恵み〉と呼ばれている。聖なる湖〈グエン湖〉からユフ城まで三千歩あまりを、時には滝となり時には平らかな流れとなって滔々と流れる人工の川なのだ。
石を敷き詰めて作ってあり、随所には石の橋がかかっている。橋の上には土が盛られ、花が咲き草が生い茂っている。〈コールの恵み〉を遠望すれば、時に地上に現れ、時に地下に姿を隠しながら流れているようにみえるという。
文化や歴史には関心の薄いレカンも、こんなものを作れたユフ神聖王国というのはすごいものだと感心した。
〈隠蔽〉をかけ直してから、遊歩道をまっすぐ南に下った。
王都ほどの明るさはないが、ユーフォニアの市街地はそれぞれの家や店にともる明かりで、全体が淡く光ってみえる。その中心に向かってまっすぐ南下した。
(みえた)
(あれが北の塔か)
夜の闇のなかに、北の塔が浮かび上がっている。
周囲にかがり火が焚かれているのだ。魔道具の投光器もところどころに据えられている。
そして北の塔を取り巻くように見張りが立っている。治安騎士団の騎士や従騎士たちなのだろう。出入り口とおぼしき場所の近くには、少し人が多い。
塔の下半分を魔力が覆っている。あれが魔法の障壁というものなのだろう。治安騎士団が侵入できないということは、物理障壁だ。
(ジザがこれを知ったら目の色を変えるだろうな)
生命感知によれば、北の塔のなかには二十人ほどの人間しかいない。
魔力持ちは二人だ。ということは、このうちの一人がルビアナフェルなのだ。
魔力の大きいほうだろうか。しかしこの圧倒的な魔力の持ち主が、あのルビアナフェルだというのだろうか。
レカンは〈コールの恵み〉の遊歩道を、音を立てないよう静かに進んだ。




