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レカンとエダが夕食を食べ終わるころ、ぽっちゃりが帰ってきた。
「お帰りなさい、ぽっちゃりさん」
「グィスランです。帰りました」
ぽっちゃりは、レカンが預けた金貨の袋を取り出した。
「二十五枚ほど使いました。残りをお返しします」
「まだ持っておけ。どこで必要になるかわからん」
「わかりました。では報告します。ことの起こりはルビアナフェル姫でした」
「なに?」
「王国暦百十六年にルビアナフェル姫が嫁いでこられ、それから〈浄化〉を発現して、〈癒やしの巫女〉に認定されました。旦那は、〈癒やしの巫女〉についてご存じですか?」
「神殿の認めた聖女みたいなものだろう。詳しいことは知らん」
「じゃあ、そっから説明します。古来この国には〈癒やしの巫女〉というのがいて、その巫女の祈りがユフ神聖王国の繁栄を支えていたといわれています。巫女が死ぬ直前には次の巫女が現れたそうです。血のつながりとかじゃなく、神殿の巫女のなかで誰かが突然〈浄化〉に目覚めるんだそうです」
「ほう。不思議なことだな」
「ところが、ザカ王国が建国された前後ぐらいに、〈癒やしの巫女〉が途絶えちまったんです。とたんに飢饉が続き、国は荒れました。それでザカ王に臣従することで、どうにか国を保ったらしいんです」
「ふうん?」
ということは、よそから食料を運び込んだのだろうか。〈箱〉があるにせよ、あの道を通ってユフ全体に行き渡るだけの食料を運び込むなど、できるものなのだろうか。それに、それだけの食料を提供できる諸侯がいたのだろうか。
「だからユフの民はみんな、心のどこかでユフ神聖王国の復活を願ってたそうなんで。独立を目指す急進派の貴族なんてのも一定程度いました。そんなところに、ルビアナフェル姫が現れ、〈癒やしの巫女〉だと認められた。そして百年ぶりに完全な形で〈豊穣の祝福〉が行われ、果たしてその年は大豊作になったんです。森の恵みも湖の恵みも、かつてないほどだったとか。そしてその次の年はいっそう豊作になり、さらにその次の年も大豊作だったんです。これが去年の秋のことです。もうザカ王国に臣従する必要はないんじゃないかというような声があがりました」
「なるほど。それで」
「九の月の二十二日に、迷宮騎士団がユフ迷宮に入りました」
迷宮騎士団は、毎年収穫のあとにユフ迷宮に入り、四の月の終わりか五の月のはじめごろ帰還する。山ほどの品を抱えて。それが迷宮騎士団の役割なのだ。
「その直後に、ホッコリ・ボノ子爵が突然死にました。ボノ子爵はご存じですか」
「いや、知らん」
「侯爵家に仕える三人の子爵のうち、ルッカ子爵家は迷宮管理を、ボノ子爵家は行政を、ワイド子爵家は治安を、それぞれ受け持ってます。ホッコリ・ボノ子爵は穏健派といわれ、急進的な独立派の動きを抑えてきた人です」
「なるほど」
「ワイド子爵家は独立派の急先鋒でした。ワイド子爵は治安騎士団の指揮権を持ってます。ホッコリ・ボノ子爵の死を受けて、この治安騎士団が動きました。治安騎士団は、マカナ地区やホルト地区やガリラ地区からも集結し、ユフ城に入って領主様のいる宮殿を取り囲んで、領主様に独立の決断を迫りました。ユーフォニアの有力者が何人か同調したってこってす」
「治安騎士団は、ワイド子爵の命令で動いたんだな」
「もちろんです。領主様に独立を迫ったのはワイド子爵だったそうです」
「ボノ子爵には後継者や側近はいなかったのか」
「もちろんいます。ルッコリ・ボノ子爵です。この跡継ぎさん、あろうことかワイド子爵を全面的に支持すると言い出したんで」
「ほう。不肖の息子ということになるのかな」
「それが不思議らしいんで。別の情報源によると、ルッコリ・ボノ子爵は死んだ父親をひどく尊敬していて、父親が大事にしてたことをひっくり返すような人じゃなかったんだそうです」
「人間というのは手のひらを返すものだ。特に抑えつけていたものがなくなるとな」
「そりゃまあそうですね。さて、治安騎士団は領主様の宮殿を取り囲みましたが、この時点では武力衝突にはなってませんでした。治安騎士団はユーフォニアのあちこちに騎士を派遣して、住民たちに、今有志の者たちが領主様に独立のご決断をお願いしている。今こそユフは神聖王国に戻るのだ、なんて触れて回りました」
「なるほど。それで?」
「領主騎士団は、騎士三十人と従騎士六十人しかいないんですが、この領主騎士団が領主様を守ってました。でも治安騎士団は、騎士五百人、従騎士千人、魔法士五十人て陣容ですからね。そのうち各貴族家の騎士たちも駆けつけたんですが、ここで思いもよらないことが起きました。南家が独立派についたんです」
「なんけ?」
「ええ、南側の家で南家。今の侯爵さんはパルクグレイン・シャドレスト様ですが、そのお兄さんは分家しましてね。それが南家です」
「兄のほうが分家したのか?」
「病弱でね。ユフの領主家に生まれたんでなけりゃ、最初の誕生日も迎えられなかったといわれてます。それで分家したんですが、格式の高い〈南の塔〉をもらいました。結婚もしました。こどもができないことはわかってたんで、一族から養子を迎えました。その養子が今の南家当主ゲイトグレイン・シャドレスト様です」
「影響力のありそうな立場だな」
「ゲイトグレイン様は、長老会の重鎮です」
領主のもとで三人の子爵が施策を進めるについて、その施策案の審議をするのが長老会だ。ユフの主な貴族家当主二十何人かでできていた会のはずだ。
「南家に引っ張られるように、貴族たちは独立派についたんですから、領主様はいよいよ孤立無援になりました。ところがここに、騎士エストファリン・アンバーが現れたんです」