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ツボルトと王都を結ぶ〈迷宮街道〉を通ったときには、その立派なことに驚いたレカンだったが、王都から真南に下る〈大街道〉をみたときには、あぜんとした。
石の道である。
巨岩をなめらかに断ち切ったものを敷き詰めた道なのだ。
岩同士をうまく組み合わせ、隙間には石の粉を練り固めたものを詰め込んで、完全に平らかに仕上げられている。
幅も広い。
小型の馬車ならすれ違うこともできるだろう。
砂利を敷き詰めた側道を使えば、大型の馬車でもすれ違うことができる。
この道が王都から、はるか南方のソプデモアまで続き、さらにソプデモアから東に延びて、ギド、スマークまで通っているというのだから、どれほどの労力がつぎ込まれたものなのか、想像することもできない。
その〈大街道〉を、馬や馬車や荷車や人が、軽やかに進んでいく。五台、十台の荷馬車を連ねた団体も多いし、堅竜に引かせた頑丈な荷車もみかける。
バンタロイからマシャジャインに続く街道は、王国北側の道としては格別に立派なものだと聞いていたが、起伏もあるし、妙に幅の狭い部分があったり、でこぼこした部分があったりするので、そういう部分では、ごく慎重に馬を走らせなくてはならない。しかし〈大街道〉では、そんな心配はせずに馬を飛ばせる。
(なるほど。これなら)
(はるか南方のギドやスマークから王都に大量の品が運ばれてくるというのも)
(納得できる)
レカンとエダも、格別急いだわけではないのに、思ったよりずっと早く進むことができた。
マシャジャインを出発したのが、一の月の二十九日だった。
翌日の午後には王都の手前に着いた。王都のなかには入らず南西に進んで野営して、三十一日のうちに〈大街道〉に入った。そして三十七日にはワードに着いたのである。
実のところ、乗合馬車に乗っても王都からワードまでは六日で着く。しかし乗合馬車は、日が昇っているあいだ中、短い昼食休憩以外走り続ける。それに対してレカンとエダは、野営して食事の準備をしたり、〈白魔の足環〉や〈トロンの剣〉の使い方に慣れるために練習と実験を繰り返したりしたので、移動の速度そのものはかなり速かった。すれちがう旅人たちが驚いた顔をするのを何度もみた。
ワードは侯爵領であり、〈叡智の迷宮〉と呼ばれるワード迷宮を擁する大都市だ。そのうちこの迷宮も探索してみなければならない。
宿で食事をしていると、エダが声をひそめて言った。
「レカン。あっちのテーブルに座ってる人、どこかでみたような気がするんだけど」
「ああ、ぽっちゃりか。マシャジャインを出るときから、あとをつけてきていたな。これみよがしに。おい、ぽっちゃり!」
ぽっちゃりが、にこにこしながらやって来た。
「へへ、旦那。あたしの出番ですか?」
「ああ、お前の力を借りたい」
「えっ」
「なんで驚く」
「そんな素直なお返事が頂けるとは」
「あなたは、ツボルトからの帰り道で、敵の襲撃を教えてくれた人だね」
「覚えてくださってましたか、奥方様」
「お、奥方様?」
「グィスランと申します。おみしりおきを」
「ぽっちゃり。オレたちは、ユフに向かう。お前、ユフに行ったことがあるか?」
「ありませんね」
「オレたちは関所を通ってユフに入る。お前、関所を通らずにユフに入れるか?」
「行ってみないとわかりません」
「意外と役に立たんやつだな」
「旦那。あたしは都市型の密偵なんです。関所を通らず役人にもみつからず、険しい山のなかをひょいひょい進めるような技能は持ってないんです」
「ユフで何かが起きてるようなんだ。ユフには知り合いがいてな。安否を確かめたい。お前は隠し玉にしておきたいんで、今後、人がみてる場所では話しかけるな」
「わかりました」
「これは当座の資金だ」
レカンは大金貨を取り出してぽっちゃりに渡した。
「頂戴いたします」
ぽっちゃりは自分のテーブルに戻った。
「レカン」
「うん?」
「ルビアナフェルさんて、どういう人」
「話した通りだ。オレがこの世界に来て最初に会った人間の一人で、オレをザイドモール家に招待してくれた。オレはザイドモール家で一年と少し過ごし、この世界の言葉やしきたりを学んだんだ」
「ルビアナフェルさんからみたら、レカンは英雄で、運命の救い主だよね」
「うん? 英雄だと?」
「そうだよ。だって、魔獣に追い詰められて絶体絶命のときに、颯爽と現れて自分と自分の大切な人たちを守ってくれたんだから」
「そういうことなら、刺客から守ったこともあったな」
「刺客?」
「ああ。ルビーの結婚が決まってから、刺客が襲ってきた」
「えええっ?」
「ルビーのことを快く思わないやつか、取って代わりたいやつの仕業じゃないかという話だったがな」
「貴族って、こわいね。で、その刺客をレカンが倒したんだ?」
「ああ。四度襲撃があったな」
「四度も? もうほんと、英雄というか守護神そのものだね。で、レカンのほうはルビアナフェルさんをどう思ってるの?」
「どう思っていると言われても答えにくいが、危機にあるなら救いたい。それぐらいの恩義はある」
「恩義ねえ。ふうん」
(宝玉についてルビーから話を聞きたいということもあるんだが)
(宝玉の交換をしたことは何となくエダには言わないほうがいいような気がする)
エダが皿の上の豆を飛ばした。豆はレカンの額に当たった。額に当たって跳ねたその豆を、レカンは左手でつかんで口に入れた。
「食べ物を飛ばすな」
エダは返事もせず、次の豆を飛ばした。
豆はレカンの顔の右側に飛び、レカンは顔を動かして、豆をぱくりと食べた。
エダは謝りもせず、次の豆を飛ばした。
レカンも無言で、その豆を口で受けた。
十個ばかり豆を飛ばしたあと、エダは、手早く食事を済ませ、ごちそうさま、とつぶやいてから部屋に上がっていった。
口をもぐもぐさせながら無言でエダの背中をみおくってから、レカンは酒の追加を注文した。