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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第49話 御前試合
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 エザクから話を聞いたガスコエルは、真っ正直な手段を取った。

 王都騎士団の上層部に届け出て判断を仰いだのだ。

 これはザイドモール家の恥をさらすことになる手段なので、最初エザクは反対したが、ガスコエルの決意は固かった。

 王都騎士団は、各区域の警邏隊を指揮下に置き、王都全体の治安維持と犯罪捜査を行う組織で、一定程度の裁判と処罰も行う、いわば捜査と断罪の専門家集団である。その厳しい取り調べと調査によって、騎士オルガノの犯罪が明らかになっていった。

 オルガノは、自分は不遇な人間だとずっと思っていた。

 剣のわざを磨きに磨き、騎士に叙任されるころには一流の剣士となっていたが、活躍の場は与えられず、それどころか、主家の娘の嫁入りに付き従って、ザイドモールなどという田舎に移ることになった。オルガノの剣は対人向きであり、野獣や魔獣相手にはあまり有効ではない。

 もとの主家を訪ねる用事があり、そのとき、ザイドモール領主夫人の母から、〈覇王の守護石〉の詳細を聞き出した。それは、英雄にさらなる強さを与える恩寵を備えており、建国王の覇業を支えたのだという。もう長いあいだその恩寵を引き出した人間はいないということだった。

 自分こそがその守護石の恩寵を引き出す英雄だ、とオルガノは思った。

 王都で騎士修業するガスコエルに随伴する役目を勝ち取って、都会暮らしを楽しみながら、オルガノの心は段々ゆがんでいった。いずれ守護石をわが物にしたいと考え、ガスコエルに嘘の由来を吹き込んだ。ザイドモール家の資金を横領し、また商家などに借金を作って遊んだ。

 そのうちに、別のたくらみを思いついて実行に移した。ガスコエルをそそのかして、いくつかの貴族家に、妹が〈回復〉持ちであるという秘密を明かさせたのである。〈回復〉を持つ貴族女性は、神から特別な祝福を受けているとみなされ、家族に〈回復〉持ちがいるとなると、その貴族家の格が上がる。当然、ルビアナフェル姫を嫁に迎えたいと考える家は多かった。そうした家それぞれから、オルガノは金銭を得た。オルガノが便宜を図ってくれるだろうと、先方が思うように仕向けたのだ。そうした家のどこかにルビアナフェル姫が嫁いできたら、うまく立ち回って守護石を手に入れようと思っていた。

 ところが考えもしなかったことが起きた。ルビアナフェル姫が、なんとユフ侯爵家に嫁いだのだ。そして嫁ぐ直前、レカンという名の冒険者に守護石を譲り渡したという。もう守護石を手に入れることはできない。その失望感が、オルガノに新たな犯罪を決断させた。

 ガスコエルの名で、各所で多額の借金を重ねたのである。ルビアナフェル姫は、次期ユフ侯爵の正妃である。ガスコエルは、次期ユフ侯爵の義兄なのだ。いざとなればユフ侯爵家の援助がある。しかも王都騎士団に所属している。これほど信頼のおける身分もない。大金が集まった。

 集めた金を持って、ギドかスマークに行くつもりだった。王都で手配犯となっても、捜査の手は及ばない。そしてギドやスマークでは、金さえあれば夢のような暮らしができる。

 そろそろ逃げ出す潮時だと思っていたころ、騎士エザクがやって来た。ひどく立派な鎧を着ており、なんと勅任騎士に叙してもらうため王都に来たという。ザイドモール家は、金のなる木をみつけたようだ。そうと知っていればうまい汁が吸えたかもしれないが、今はもう時間がない。領主から深い信頼を受け、勅任騎士に任じられるというエザクを、ひどく妬ましく思った。

 エザクが持ってきた金で、ガスコエルとオルガノは、騎士団の宿舎から一軒家の貸家に移った。ここなら周りの目を気にせずに行動できる。オルガノが、翌日雲隠れしようと思って準備を調えた、まさにその日の夜、騎士エザクが家の近くに倒れていた冒険者レカンを拾ってきた。これは神が与えてくれた好機だと思った。

 レカンが寝ているあいだに守護石を探したかったのだが、エザクが邪魔でそれができなかった。

 翌日エザクは王宮で騎士叙任を受ける。王宮に入ることなど二度とないのだから、ゆっくりと見学してくるはずだ。

 ガスコエルを迎えにいって帰ってみると、レカンは家に一人だった。

 目を覚ましたレカンと会って、オルガノは驚いた。こんな腕利きとは思わなかったのだ。不意を突けば殺せるかもしれないが、反撃されて怪我でもしたら困る。だから毒の茶を用意した。

 机の上に守護石が置かれているのをみたときは、気が狂うほどの喜びを感じた。やっと自分のところに来てくれたと思った。

 レカンはガスコエルの客だ。その客をガスコエルの家で毒殺すれば、ガスコエルはいや応なしに共犯者になる。そして王都騎士団の団員なのだから、行き倒れの死体の処理はお手の物だ。死体はガスコエルに押しつけて、オルガノは守護石をザイドモール家に届けると言って王都を出る。あとはギドかスマークで天国のような余生を送ればいい。

 実のところ、これはガスコエルの気性を考えれば、うまくいくかどうか怪しい計画だった。だが、〈覇王の守護石〉への執着が、オルガノの判断を狂わせた。このときのオルガノは正気ではなかったのかもしれない。

 結局、守護石へのこだわりが命取りとなった。この余分な犯罪を実行しようとしなければ、まんまと大金を持って逃げおおせていたのだ。

 各所で重ねた借金は、なんと白金貨二枚に近い金額にふくれあがっていた。幸いかなりの金を回収することができたが、不足する借金については、父親である領主に泣きつくほかはなかった。

 王都騎士団としても、次期ユフ侯爵の義兄というガスコエルの立場をおもんぱかり、迅速かつ徹底的に捜査を行った。オルガノに加えた拷問は激烈なものだったという。

 こうした事実を、ずっとあとになってレカンはマンフリーから教えられる。

 王都騎士団は宰相府の直轄である。〈覇王の守護石〉なるものは眉唾物だが、一応宰相府は王家に照会した。王家には、建国王が常に青い宝玉を身に着けていたという伝えが残っており、この件に興味を示した。そこで後日、その宝玉を鑑定させてもらいたいという申し出が、ワズロフ家に対してなされるのだが、レカンはこれを拒否する。

 オルガノは死刑になった。高位貴族家の身内を毒殺しようとし、さらに斬りかかったのだから、これは当然といえば当然だ。わざわざ宰相自身が裁定し、ただちにワズロフ家に報告があった。

 ガスコエルはオルガノの主君として責任を問われたが、情状が酌量され、ユフ侯爵家への配慮もあり、騎士団長からの訓戒だけですんだ。出来事の直後にガスコエルがレカンに正式に詫び、レカンが謝罪金を受け取っていたことから、ザイドモール家とワズロフ家のあいだで和解が成立していたとみなされたのである。そうでなければ、王都騎士団から放遂され、騎士になる道も閉ざされるところだった。そうなれば、領主の跡を継ぐこともできない。このことを上司から教えられたガスコエルは、エザクを深く信頼するようになった。


 さて、毒茶騒ぎのあと、レカンはいったんワズロフ家の屋敷に帰った。家宰のフジスルがいたので、レカンは経緯を一通り説明したあと、再びエザクと合流し、歓楽街にある店で、エザクの騎士勅任を大いに祝った。祝い金も渡した。料金はレカンが支払った。

 その祝いの席で、エザクからスマーク侯爵家との関わりについて聞かされた。

 あとでわかったことだが、求婚決闘のあと、スマーク侯爵家はあらためてレカンについて調べたようで、ヴォーカ領主クリムス・ウルバンに使者を送っていた。薬聖訪問以来、シーラ、エダ、ノーマ、レカンについての問い合わせは頻繁にあったので、クリムスはこの使者を不審には思わなかったが、レカンが落ち人であるというのは秘密だと考えていたので詳しいことは語らなかった。ただし、ヴォーカの前にはザイドモール領にいたということは伝えた。

 ザイドモール領にも調査は及んだ。ここでも詳しいことはわからなかった。ただ、筆頭騎士のエザクという人物がレカンと仲がよかったということはわかった。そのエザクは、ヴォーカで用事を済ませたあと、王都で騎士叙任を受けるべく出発したということもわかった。

 そこでスマーク侯爵家では宰相府に使いを出し、ザイドモールの騎士エザクが来たら知らせるよう依頼した。

 ほどなく、ヴォーカのチェイニー商店で鎧を新調したエザクが王都に到着し、宰相府を訪れ騎士叙任の申請をした。スマーク侯爵家はエザクを呼び出し、レカンのことを聞いたというわけだった。

 スマーク侯爵の狙いは、いったい何だったのか。

 そのことも、後日レカンはマンフリーから聞かされる。

 それは、レカンが異世界の貴族でないなら、求婚決闘は無効なので、スマーク侯爵家の家宝を返却させるというものだった。レカンの嘘が王家によって暴かれれば、王家の体面からいってもその主張が通る可能性は高かったという。

 とても大貴族とは思えない姑息なやり口だなと言ったレカンに、マンフリーは面白くもなさそうに答えた。

「海賊貴族だからな。あそこのやり方は、いつもこんな感じだ。成功することもあるし、失敗することもある。博打が好きなんだな。今回のことで、王家もわが家も、有利な契約をスマーク侯爵家と結べた。しばらくのあいだは、スマーク侯爵もおとなしくするだろう。悪い結果ではなかった」

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― 新着の感想 ―
[一言] オルガノはなまじ剣の腕は確かなものがあったせいで増長に歯止めがかからなかったとこもありそうですね 不意打ちの際に視点を変えず剣を抜き振り切るというのは中々できるもんではないし、レカンほどの技…
[良い点] ・ザナの守護石 ・「第52話 腐肉王の迷宮」で再鑑定します。 ・よくそこに気づかれました。 ・2020年 06月26日 10時58分 ・なぜレカンには恩寵が働いたのか。 ・そこがポイン…
[良い点] オルガノはきっと、自分の不遇を嘆きながら、世を妬んで死んでいったんでしょうね。支援BISさんの作品に悪人登場か!って思いましたけど、やっぱり悪って思えないんですよね。みじめとか醜いとかしか…
2020/07/01 22:32 たかたかん
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