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エザクとシュリクは王宮に出かけた。あとの九人は途中で合流するという。
レカンは装備を身に着けてから食事に取りかかった。レカンのことをよく知るエザクが、ボリュームたっぷりの食事を準備させてくれたので、存分に空腹を満たすことができた。時刻はもう昼であり、これは朝食というより昼食だ。
食事が終わるころ、三十代半ばくらいの平民の女性が、温かい茶を持ってきてくれた。
「あたしはこれで帰ります。お昼と今晩のご飯はいらないということだったんで、今日はもう来ません」
「そうか。あんた、ワズロフ家の屋敷がわかるか」
「えっ。マシャジャイン侯爵様のお館ですか。は、はい。それはまあ、場所はわかりますけど」
「これを門番に届けて、レカンは無事だ、と伝えてもらえるか」
レカンはディラン銀鋼でできたワズロフ家の家紋のメダルを渡した。
「これは謝礼だ」
レカンが銀貨を渡すと、こんなに頂けるんですかと驚いて、いそいそと出かけた。
レカンはゆっくりと茶を飲みながら、考えにふけった。
ヤックルベンドは死んでいない。
あれはシーラと同じほどにしぶとい相手であり、あの程度では滅ぼせない。
だがたぶん、かなりの痛手を与えたはずだ。
そう思うことに何の根拠もないが、そう考えておくことにした。
やみくもにヤックルベンドを恐れるのは愚かだし、あなどるのもよくない。
相手は不気味な力を持っているが、その力にはおのずと限界がある。
昨日ヤックルベンドは王宮にメイド人形を差し向けた。ということはレカンが王宮に行くことを知っていた。ノーマとエダのことも知っていた。しかし王宮に入るなり拉致するようなことはせず、拝謁と御前試合が済むまで待った。爆発を起こしたのは王宮の正殿ではなく、練武棟でのことだった。こうしてみると、傍若無人にみえるヤックルベンドも、王や貴族には一定の遠慮をしていると考えられる。たぶんワズロフ家とも、正面きって敵対するつもりはない。
昨夜から今までのあいだに、敵からの攻撃や接触はない。こちらをみうしなっているか、動きの取れない状態にある。
考えてみれば、ヤックルベンドを避けるために王都に立ち入れないというのは、実にふざけた話である。
ノーマやエダが王都にいるとき常に不安を感じなければならないというのも理不尽だ。
(来るなら来い)
(オレは決してお前の自由にはならんぞ)
逃げて回るのをやめて受けて立つ覚悟をすると、不思議なほど気持ちが落ち着いた。実際に会い、戦ったことで、相手の実像がみえてきたということもある。あれを会ったといってよければの話だが。
(む)
(誰かが家に入ってきた)
二人だ。これがガスコエルとオルガノなのだろう。
一人がレカンのいる部屋にやってきて、断りもなくドアをあけた。
「いたか。貴様がレカンだな」
「ああ、世話になった」
「ふん。王都で行き倒れるとはな。まともに仕事にありつけていないようだな」
「自由気ままにやっている。ところであんたは誰だ」
「私は騎士オルガノ・モッサ。ガスコエル・ザイドモール様の側仕えだ。こちらに来い。ガスコエル様が貴様に用がおありだ」
「わかった」
オルガノは、レカンを二階に案内した。
(こいつなかなか腕が立つな)
(だがどうしてこんなに殺気だってるんだ?)
騎士オルガノは、レカンに異様な殺気を向けている。その理由がわからない。
そして、歩く後ろ姿に違和感を覚えたが、違和感の正体はわからなかった。
この家は、こじんまりとはしているが、門も庭も使用人の部屋もあり、騎士の住居としての格式を備えている。家具はあまりない。これから買いそろえるのだろう。
「ガスコエル様。冒険者レカンを連れて参りました」
「ああ、ご苦労。入りなさい」
部屋に入ると、机の向こうに座っていた若者が立ち上がった。
「ザイドモール家の長男ガスコエルという。あなたがわが領に滞在した冒険者レカン殿か?」
ちょうど二十歳ぐらいだろうか。いわれてみればルビアナフェルと顔立ちが似ている。風貌はやさしげだ。声にもとげがない。心なしか疲れた表情をしている。
「はい。オレの名はレカン。以前ザイドモール家に世話になった。また、昨夜はこの家に泊まらせてもらった。礼を言う」
「貴様! その口の利き方は何だ。このかたは貴様のあるじのご子息だぞ!」
「オルガノ。やめなさい。レカン殿は父上の家臣になったわけではない。冒険者なのだ」
「は」
騎士オルガノはそのまま部屋を出てドアを閉めた。
「レカン殿。座りなさい」
そう言うとガスコエルは椅子に腰を下ろした。レカンも机の前の椅子を引いて座った。
「昨夜は思わぬ騒動があって調査で駆け回り、今朝もいくつか命を受けて走り回っていたんだ。正直、疲れた」
ガスコエルは王都騎士団に所属している。その騒動に心当たりがあったが、レカンは何も言わなかった。
「あなたには妹が何度も危機を救われたと聞いている。私からも礼を言う。ありがとう」
レカンは黙ったまま目礼をした。
「さて、あなたに用があったのだ。偶然出会えてよかった。あなたは妹からザイドモール家秘伝の家宝である〈覇王の守護石〉を受け取ったと聞いている。それを返してもらいたい」