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「ほう」
「私は王宮でエルトリア姫を訪ねたとき、その守護騎士を務めるヘレス姫に出会い、恋に落ちました。ですが、姫と言葉を交わすうちに気づいたのです。姫の心には別の男が住んでいると。貴殿です」
「なに?」
「ニーナエ迷宮で貴殿とともに戦った日のことを語る姫は、本当にうれしそうです。その後も姫は修練を重ねましたが、ツボルトで剣を交えて、貴殿がさらなる高みに登ってしまったことを悟ったそうです」
「ツボルトで戦ったときのヘレスの剣は美しかった。おのれを研ぎ澄ますことを怠らなかった人間の剣筋だった」
「もしも、ツボルトでの手合わせのとき奇跡が起きて、貴殿に勝っていたら、ヘレス姫はどうしていたと思われますか?」
「なに? いや、わからん。満足は得られたろうが、それ以上に何か欲しいものでもあったのか?」
「失礼ですが、あなたは人から鈍感だと言われたことがありませんか」
「あったような気もするな」
「私がヘレス姫の無念を晴らします」
「無念?」
「あなたに一矢報いるということです」
「話が飛んでないか?」
「あなたに一太刀でも入れることができたら、私はその手柄を携えてヘレス姫に求婚します」
「そうか。まあ、頑張れ」
ここで審判が声をかけた。
「もうよろしいかな。試合を始めても」
二人は練武場の中央に進んだ。
「突きは禁ずる。相手を殺すことも禁ずる。戦闘不能になったと私が判断するか、どちらかが負けを認めたとき、試合は終わる。よろしいか」
レカンはうなずいた。
サリエルも承諾の返事をした。
「では二人とも十歩後ろに下がられよ」
二人、それぞれ後ろに下がった。
「始め!」
審判は試合開始の号令をかけると後ろに下がった。
サリエルは、両手で剣を持っている。
(ほう?)
(騎士というものは片手剣に慣れてるはずだがな)
(それにしてもこいつの構え)
(どこかでみたような気がするんだが)
レカンは右手にだらりと剣を持ったまま、小さな歩幅で前進した。
(ふうん)
(闘気は感じるんだが構えは静かだな)
(まるで老練な剣士を相手にしているようだ)
レカンがやわらかい一歩を刻もうとしたその瞬間、サリエルは鋭く気息を練って低く突進した。
十歩の距離は一瞬で消え、まるで白炎狼の爪のような鋭い斬撃がレカンを襲った。右から左に横様に剣を薙ぐ斬撃だ。
その剣筋をレカンは知っていた。知らなければ無傷ではかわせなかったかもしれない。
半歩下がって斬撃をかわしたレカンは、剣を振り上げて相手の頭上に振りおろした。
驚いたことに、サリエルはレカンの攻撃から逃げなかった。逃げるどころかレカンの内懐に飛び込みつつ、剣の刃を返して根本の部分をレカンの腹部にえぐり込んできた。
レカンはこのときサリエルを殺そうと思えば殺せた。剣速を上げて剣を相手の頭にたたきつければ、それで戦いは終わりだ。
だがレカンは、この若者を殺さなかった。身をかがめつつ左肘を素早くサリエルの剣の柄にたたきつけた。剣を握る手に肘を打ち込まれ、サリエルの剣は止まった。剣を握り直そうとするサリエルの右肩を、レカンは右手に握った剣の柄で強く押しのけた。
そこでもサリエルは素晴らしい反応をみせた。自分から後ろに跳び下がったのだ。レカンが押そうとする力に対抗すれば体勢が崩れたのだが、自分から跳びのくことで、体の制御を手放さずにすんだ。
しかも、後ろに跳びながら、左手で握った剣を左から右に薙いだ。
レカンは追撃しかけた足を止め、サリエルの攻撃を剣で打ち落とした。
二人はここで動きを止め、対峙した。
レカンがサリエルを殺さなかったのは、それが審判により禁じられていたということもあるが、それ以上にサリエルを殺したくなかったのだ。
レカンは、この青年が気に入っていた。
まっすぐで純粋だ。そして虫も殺さぬ優しげな顔をしながら、こんなにも鋭い牙を持っていた。
(こいつの剣はアリオスと同じ流派だ)
(さっきのわざもアリオスがツボルトの深層でみせたわざと似ている)
完成度はアリオスほど高くないが、わざの切れ味は見事というしかない。
あのようなわざを振るうには、心の強さがいる。
この貴族青年は武人の魂を持っている。
そしてヘレスへの思慕に突き動かされ、怪物のような冒険者に、自分の力だけで挑んでいる。
この若者に負けてやってもいいのではないかという想念がよぎった。
対峙はわずかな時間で終わった。
サリエルは、呼吸を調え、剣を振り上げて打ち下ろした。
レカンとは身長差があるのだから、剣を振り上げて攻撃するのは当然だ。
その当然さにレカンは不審を感じた。
案の定、レカンが半歩下がって攻撃をかわすと、打ち下ろした剣を反転させ、下から斬り上げてきた。こちらが本命だ。
レカンは剣を突き出して相手の攻撃を受け止めると、身長と体重を生かして上から押さえつけた。
サリエルは一瞬抵抗する気配をみせたかと思うと、すっと剣を引いて体をひねり、レカンの手首を狙って剣を繰り出した。
(うまい!)
思わず感嘆するほど巧みな呼吸の攻撃だ。




