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準備の時間が欲しいとノーマが言ったので、出発は三日後ということになった。王都に行くなら取りまとめて持って行きたい原稿や資料があるらしい。
レカンはその三日間でターゴ草の採取を行った。魔力回復薬はまだ大量に残っているが、いつどれだけ消費するかわからない。材料は採取しておくべきだ。
十の月の四十日、一行はヴォーカを出発した。翌日は新年なので挨拶の客がやって来る。どうしてもこの日のうちに出発する必要があった。
先導するのは騎士リーガン・ノートスだ。レカンが王都行きを了承したとき席を外したのは、リーガン自身がただちに出発するためではなく、伝令のため従卒を出発させるためだった。その従卒は、単身で夜間にも移動でき、道中の危険から自分の身を守りつつ、短時日でマシャジャインに到着する能力を持っているようだ。
馬車は二台だ。いずれもワズロフ家から差し向けられたものだ。一台の馬車にはレカンとノーマとゴンクール家執事見習いのフィンディンが乗る。もう一台には侍女と従卒が乗る。騎士リーガンと二人の従騎士は馬に乗っている。
日程は、貴婦人であるノーマに合わせ、ゆったりしたものだ。ヴォーカからバンタロイまで十日、バンタロイからマシャジャインまで十日かける。
道中では充分に休憩を取った。休憩時間にレカンは、騎士リーガンを相手に地竜トロンのとげから削りだした剣の性能を確かめた。
騎士リーガンは、その剣を知っていた。同じ素材でできた槍のことも知っていた。チェイニーが最近ワズロフ家に持ち込んだのだ。マシャジャイン侯爵マンフリー・ワズロフは、剣と槍の性能に驚嘆し、大量購入を決定したのだという。
価格は、槍が大金貨一枚で、剣が金貨八枚だ。リーガンに言わせれば、この剣は白金貨二枚以上の値が付いても不思議ではないが、なにぶん大量購入なので、単価はごく低くすることで話がついたという。マンフリーは、ひそかにラインザッツ家にも購入を持ちかけている。
こうした事情は、ワズロフ家でもごく一部の幹部だけが知っている。リーガンとしても、この剣の性能を詳しく知りたいと思っていたので、喜んで協力してくれた。
剣の性能は、期待以上のものだった。
リーガンに剣を持たせて〈火矢〉や〈炎槍〉や〈雷撃〉その他の魔法をいろいろな強さで撃ち込んでみた。
わずかな魔力しか込めていない魔法攻撃は、剣を直撃しないと消滅しないが、大きな魔力を込めた魔法攻撃は、剣から離れた位置を素通りしてもかき消された。
ただし、大きな魔力を込めた魔法攻撃の場合、完全に消えてしまうわけではなく、いくぶんは残る。
つまりこの剣は、戦いの素人が持っても、あまり役にたたない。それなりの防具を身にまとい、少々の魔法攻撃には耐えられる戦士が使ったとき、真価を発揮する品だ。なにしろ強大な攻撃魔法の威力を何分の一かに減らしてしまうのだ。こんなものを大量に持った騎士団がいたら、魔法使いが何人集まって攻撃してもろくな損害を与えられないだろう。
この剣は、魔法を吸うわけではなく、散らしているようだ。魔法が魔力に戻されて空気中にただよい、そして消えてしまうのだ。
面白いことに、攻撃魔法には強い効果を発揮するのに、回復魔法や防御魔法には、あまり効果を発揮しない。
対魔法の〈障壁〉を突くと、その部分の障壁は消えるが、その部分以外の障壁は残ったままだ。
対物理の〈障壁〉は、剣を遮ったが、剣を障壁に当てたままじっとしていると、障壁に穴が開いた。
〈インテュアドロの首飾り〉の場合、剣で攻撃しても障壁が発生しなかった。
〈回復〉は、斬ったぐらいでは消えなかった。光球に剣を突き込んでしばらくすると光球が消えた。
ちなみに、レカンの鑑定は、この剣には通らなかった。名前さえ読めなかった。 ワズロフ家はチェイニーと相談のうえ、剣を〈破魔剣〉、槍を〈破魔槍〉と呼ぶことにしたという。つまり、トロンの素材から作られた武器であることがわからないような呼び名をつけた。
「地竜トロンのとげが大量に発見されたなどという噂が広がると、よからぬことを考える者も出てくるかもしれませんので」
「ふうん?」
レカン自身は、心のなかでこの剣を〈トロンの剣〉と呼んでいる。
「近いうちにワズロフ家から調査団が派遣されることになりそうです」
「調査団?」
「はい。チェイニーに仲介してもらって、ザイドモール家の許しを得てのことになりますが」
「調査団を派遣して、トロンのとげを探すのか?」
「いえ。とげはザイドモール家が探し尽くしたようですし、他家の縄張りを荒らすようなことはできません。地竜トロンが近くにいるかどうかを確認するためです」
どうも騎士リーガンは、というよりワズロフ家は、地竜トロンがまだ生きていると思っているようだ。ということは、チェイニーもそう思っているのかもしれない。
「トロンを探してどうする。倒すのか?」
「いえ。トロンに手を出す気はありません。居場所が確認できればというだけのことです。レカン殿、このことは内聞に願います」
「うん? なぜだ?」
ノーマが説明してくれた。
「レカン。地竜トロンは〈豊穣の竜〉とも呼ばれ、倒した者と土地には祝福が与えられるといわれている。建国王陛下が地竜トロンを倒した場所に王都フィンケルができたというし、マール王国も地竜トロンの祝福により誕生したという。ワズロフ家が地竜トロンを探しているなんて知られたら、妙な憶測を生むことになる。王位に興味があるのではないかという憶測をね」
「ああ、そういうことか。しかしな、騎士リーガン」
「はい」
「その調査団は、トロンを発見できんと思うぞ」
騎士リーガンとノーマは、奇妙なものをみるような目でレカンをみた。
「レカン。何か知っているんだね。そういえば、あなたはこの世界に落ちてからしばらく、ザイドモール家の世話になっていたと言ってたね」
隠してもしかたがないので、レカンは、地竜トロンを倒したことを告白した。
この道中で、レカンはニチア草の採取も行った。これも魔力回復薬の材料だ。
一の月の二十日、一行はマシャジャインに到着した。




