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レカンの心に、強い拒否感が湧き上がってきた。
ヤックルベンドのいる王都になど行きたくない。
(落ち着け)
(心を鎮めるんだ)
レカンは強い酒を口に運び、ゆっくり喉に流し込んだ。
酒が喉を焼く刺激に身を委ねる。
そして長いため息をついた。
(現状ではエダを人質に取られているようなものだ)
(見捨てるという選択肢はない)
(かといって力ずくでエダを王都から連れ出すのはむずかしいだろう)
(連れ出すことができたとしてもこの国では暮らせなくなる)
(しかもノーマやマンフリーも罪に問われる)
(ここは腹をくくるしかない)
(ようし)
(王都に行ってやろうじゃないか)
(そうとして少しでも危険を減らすにはどうしたらいい)
しばらくしてレカンは顔を上げた。
誰もがレカンにまなざしを向け、答えを待っている。
「わかった。王都に行こう」
場の空気が一気に弛緩した。
騎士リーガンは汗を拭いている。ここでレカンがうんと言わなければ、彼は主君に顔向けできない。
「ノーマ。王都での滞在を、できるだけ短くしたい」
「うん。わかった。レカンにはワズロフ家に滞在してもらい、謁見の日時に合わせて王都入りしてもらい、謁見終了後、ただちに王都から退出してもらえるよう、取り計らうよ」
「頼む。それから、オレが王宮に行くことは秘密にできるかな」
「レカン。それはむずかしい。というか不可能だ。王宮側が今度のことをどの程度、どういった階層の人々に知らせるか、こちらで制御はできない。トマト卿がどの程度の情報網を張り巡らせているかもわからない。むしろここはおおっぴらにやるべきだ」
「うん?」
「ワズロフ家の家人として、ワズロフ家の護衛に守られて王宮入りし、ワズロフ家の護衛に守られてマシャジャインに戻るのがいいと思う。そうすれば、さすがのトマト卿も、手出しはできないだろう。とにかく、レカンと私とエダは、護衛隊と常に一緒にいることだ。堂々と謁見にのぞもう」
「堂々と、か。なるほどな。ノーマがそう言うならそうしよう」
「レカン殿。私は一足先にマシャジャインに帰り、主君に報告するとともに、レカン殿をお迎えする態勢を整えます」
「よろしく頼む」
「ノーマ様。何か承っておくべきことがありましょうか」
「護衛隊には、できるだけ身分の高い人を入れていただきたいと、マンフリー様にお伝え願いたい」
「承知いたしました。では、私はこれで」
騎士リーガンは立ち上がって一礼し、部屋を出ていった。
(夜だというのに、これから出発する気なのか?)
そのあとレカンはゆっくり食事を取った。
すっかり遅くなって池のほとりの別邸に向かった。ノーマも一緒だ。
ドアを開けると、ジェリコがいた。
「やあ、ジェリコ。ただいま」
「うほうほう」
「お前に土産があるぞ」
「ほ!」
「ほら。これだ」
レカンは赤く丸い果物を取り出して、ジェリコに渡した。マンフリーに相談して手に入れた珍しい果物だ。急なことなので一個しか手に入らなかった。
「どうだ。これはモルゴンという南方の果物で、長腕猿が泣いて喜ぶ好物なんだそうだ。ちょっと小さいが、お前一人には充分……あ」
ジェリコの後ろにユリーカがいるのに、レカンは気づいた。ユリーカのことは、まったく忘れていたのだ。
「うほう」
小声でユリーカが挨拶してきた。
「あ、ああ。ただいま」
ユリーカが悲しそうな目でジェリコの持つモルゴンをみた。
ジェリコはユリーカの肩を抱いて慰めると、手に持ったモルゴンをユリーカに差し出した。
ユリーカは、それをジェリコのほうに押し返した。ジェリコはそれをもう一度ユリーカに押しやった。ユリーカは感謝のまなざしをジェリコに向けた。ジェリコはユリーカの肩を抱いたまま向きを変え、自分たちの部屋に向かって歩き始めた。
「あ」
中途半端に右手を上げながら、レカンは何かを言おうとした。だが言うべき言葉がない。
ジェリコは立ち止まって肩越しに振り返り、優しい笑顔をレカンに向けた。
「ほうほう」
それは就寝のあいさつなのか、それとも土産への謝礼なのか、とレカンが考えていると、レカンの後ろでノーマが挨拶をした。
「お休み、ジェリコ、ユリーカ」
「ほう」
ユリーカも振り返って就寝の挨拶をした。
呆然と立ちつくすレカンの背中を、ノーマが手のひらで温めた。
二人は二階に上がり、レカンは自分の部屋に入った。
ベッドに横たわったレカンだったが、しばらく眠れずにいると、何かに呼ばれたような気がした。
ベッドの上で身を起こし、〈生命感知〉で周囲を探ると、巨大な赤い光が映った。リーコネン地区のあたりだ。
(シーラの呼び出しか?)
服を身に着け、自分に〈隠蔽〉をかけると、レカンは夜の闇のなかに躍り出た。
「やあ、すまないね。こんな時間に呼び出して」
「何かあったのか?」
「〈神腐樹の冠〉の代わりに、こいつじゃあどうかと思ってね」
シーラは小さな箱を差し出した。
受け取って開けてみると、赤い宝玉と、青い宝玉が入っていた。
「これは?」
「鑑定してみな」
レカンは細杖を取り出し、丁寧に準備詠唱をして、〈鑑定〉の魔法を行使した。
「なに? 読めんぞ」
「今のあんたでも無理なんだね。それには鑑定無効の術式が組み込まれててね」
「これはいったい何だ?」
「〈リィンの魔鏡〉だよ。金属盾や金属鎧に装着できて、呪文を唱えると心臓が十回打つほどの時間相手の魔法攻撃を反射する。一度使うと三日間使えないけど、儀式魔法でも反射できる逸品さね」
「なに? これは恩寵品なのか」
「そうじゃないよ。これを作ったのはあたしの師匠の一人リィン・エスティル導師さ」
「シーラの師匠殿か。こういう魔道具もあったんだな」
レカンがもといた世界の〈付与〉に近い。そして性能は破格だ。
「今はこういうのはみかけないね。あたしにも、こういうのは作れない。それで、こいつを受け取るかい? 受け取るんなら、盾か金属鎧を出しな」
「これは恩寵品にも付けられるのか?」
「つけられるよ。でも万に一つは失敗することもある。その場合、この魔鏡も恩寵品も失われる」
「なら、これにつけてくれ」
レカンは〈ウォルカンの盾〉を取りだした。
「そう言うと思ったよ。その盾をテーブルに置きな」
レカンが盾をテーブルに置くと、シーラは赤い宝玉を盾の中央に載せ、手をかざして呪文を唱え始めた。そしてシーラがかざした手から魔力を放出すると、赤い宝玉はまばゆい光を放ち、次の瞬間には溶けるように盾に吸い込まれた。
「やれやれ、うまくいったよ。あとはその青い宝玉を身につけて、〈ワルドナ〉と唱えればいい。〈反射〉って意味さ。あと、この盾に当たらなかった攻撃は反射しないからね」
「いいものが手に入った。礼を言う」
レカンには〈インテュアドロの首飾り〉がある。だが、白炎狼のような敵を相手取れば、たちまち魔力を消費し尽くして障壁は消滅してしまう。そういうとき、これが切り札になる。
いよいよ王都に行かなくてはならない。
ヤックルベンドには会わないつもりだ。たぶんシーラに匹敵するような怪物で、レカンを絶好の実験材料とみなしている存在だ。会えばろくでもない目に遭わされる。
だがどうもいやな予感がする。
そして、いやな予感というものは当たるものだ。
「第48話 復活」完/次回(できれば6月2日)「第49話 御前試合」