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ゴンクール家で、レカンはノーマに迎えられた。ノーマの後ろには執事補佐の若い男が控えているが、ジンガーはいない。
「お帰り、レカン」
「ああ、ただいま」
「帰ってきたばかりで申し訳ないが、ちょうどよかった。大事な話があるんだ」
「それはいいが、腹が減った。何か食いながらでいいかな」
「わかった。すぐに用意させる。すまないが、今日は本館のほうで食事をしてもらえるかな。そして私とジンガーとフィンディンのほかに、もう一人同席させてもらいたい」
「ほう? 誰だ」
「騎士リーガン・ノートスだ」
「なに? なんであいつがここにいる」
騎士リーガンは、ワズロフ家の高位の騎士であり、マンフリーの側近の一人だ。レカンも何度も顔を合わせている。
「ワズロフ家の使者として来たんだよ。今、ジンガーが相手をしている。ちょっと困ったことが起きてしまってね」
「まさか、エダに何かあったのか」
「危険なことが起きたわけじゃない。むしろ名誉なことだ。ただ、君がどう思うかはまた別だからね」
ただちに食卓の準備がなされ、レカンとノーマと騎士リーガンとジンガーが席に着いた。フィンディンは立ったまま後ろに控えている。
レカンは強い酒を選んだ。ぐいとあおって、料理を口に運び、しばらくして腹が落ち着いた。
「さて、ノーマ。何があったんだ」
「うん。リーガン殿の話によれば、王家からワズロフ家に対し、冒険者レカンを王宮に差し向けるようにとの使いが来た。正式の勅使だ」
「なに? 王家がオレに何の用がある」
「ある日、エダが、ヘレス殿と、王都の食器店で買い物をした。そのとき偶然、ユミノス神殿総神殿の女神官と出会った。その女神官は、薬聖訪問団に参加していた人物でね。エダをみかけてとても喜び、ぜひ神殿にお越しいただきたいと言い出した」
「ふうん? それで?」
「エダは如才ない言い方で、招待を謝絶した。ヘレス殿も、ラインザッツ家の家名を持ち出しつつ、王都で特定の神殿にエダを差し向けるつもりはないと示唆した。その場はそれですんだ」
「そのあと何があったんだ」
「女神官は、ユミノス神殿総神殿長と、スカラベル様に、〈薬聖の癒し手〉が今王都にいると報告した。なんとスカラベル導師は、贈り物を持ってラインザッツ邸を訪問されたんだよ。恩人であるエダ殿に礼を言うためだとおっしゃってね」
「義理堅いじいさんだな」
「いっぽうユミノス総神殿長は、食器店でエダとヘレス殿がどんな品を選んだのかを調べた。実はヘレス殿は、私たちへの結婚祝いの食器を選んでいたんだ。ユミノス神殿長は、エダが誰かと結婚する予定であるということを知った」
「高級店だろうに、口が軽いな」
「相手が神殿だからね。しかもユミノス神殿総神殿の神殿長といえば、この国ではエレクス神殿総神殿の神殿長についで序列の高い神官だ。口も軽くなるさ。さて、総神殿長は、エダがマシャジャインのユミノス神殿で祝福の儀を行ったことは知っていた。ここで問題なのが、マシャジャインのユミノス神殿長と、王都のユミノス総神殿長の関係だ」
「うん? 序列ははっきりしているんだろう」
「序列からいえば、もちろん総神殿長が上だ。しかし王都には九大神殿の総神殿があり、ユミノス総神殿長はそのなかの一人にすぎない。それに対してマシャジャインの神殿長は、大都市マシャジャイン最高位の神官で、裁量権も広く財的にも豊かだ。だからこの二人は、常に反目してきた。というと言い過ぎかな。張り合ってきた」
「わかってきた」
「そんななか、〈北方の聖女〉と呼ばれる〈浄化〉持ちが、マシャジャインのユミノス神殿に参拝し、祝福の儀を行ったんだ」
「うちでもそれをしろ、と考えたわけだな」
「そういうことだ。だがラインザッツ家相手に強気には出られない。そこでユミノス総神殿長は宰相府を動かした。薬聖様の健康回復に寄与した〈聖女〉エダ殿が結婚されるにつき、王宮で祝いの儀を行い、王陛下から記念の品が下付されるという案内を出させようとしたんだ。もちろんこれは王陛下のお名前をお借りするだけのことなんだけどね」
「だが、王の名で呼び出されれば、王宮に行かないわけにはいかんだろうな」
「その通り。そして祝いの儀はユミノス神殿総神殿が仕切る。一度王宮に連れ込んでしまえば、そのあとはどうとでもできると思ったんだろうね」
「エダは王宮に行ったのか」
「このときは行かずにすんだ。ワズロフ家が介入したんだ。ラインザッツ家から連絡を受けてワズロフ家は家宰のフジスル殿を王都に派遣した。フジスル殿は宰相府に乗り込んで、エダ殿は、ワズロフ家当主の従姉妹である令嬢ノーマ姫とともに、異世界の貴族レカン殿に嫁ぐのであり、今マシャジャインのユミノス神殿で結婚式を執り行うべく準備を進めているところであるから、王陛下がお祝いくださるなら、マシャジャインに使者をお差し向けくださいと告げた」
「うん? よくわからんぞ」
「簡単にいえば、ワズロフ家の姫の結婚式だというのに、祝いを言うために当人を役人ごときが呼びつけるとは何事だ、そっちが来い、それも正式の勅使を侯爵家当主によこせ、と言ったわけだね」
「なるほど。よくわかった」
「まさかワズロフ家が当事者だと思わなかったユミノス神殿総神殿長は大いに慌てただろうね。ところがここで思わぬ事態が起きた。王陛下その人のお耳に届いてしまったんだ」
「王の名で祝うんだから、最初から耳に届いていたんじゃないのか?」
「そうではなかったようだ。雑多な報告書のなかにまぎれこんでいたのかもしれないし、そもそもそんなささいなことは、役人が処理するものなのかもしれない。とにかく王陛下は、スカラベル様が恩人の少女を訪問したことを聞いておられて、エダに関心を持っておられたんだろうね。ある日宰相閣下にご下問になられた。スカラベルを助けたという少女は、今どうしておるかと。こうなると宰相閣下もお答えしないわけにはいかない」
「近々結婚するそうです、と報告したわけだな」
「そうだ。そして王陛下の名で祝いを言うべく王宮にその少女を呼びつけたことをね。しかもその相手の冒険者レカンという名を、陛下はご記憶になっておられた。こうおっしゃったそうだ。その者は、もしやツボルトとパルシモの二つの大迷宮を踏破した冒険者ではないか、とね」
「そんな情報が届いてるんだな」
「景気のいい話だからね。というか、君はそれがどれほどの偉業か理解しておいたほうがいい。さてそこで王陛下は、がぜんレカンに興味をかき立てられた。そしてこうお命じになったんだ。冒険者レカンと、その婚約者である二人の姫を、王宮に召し出すがよい。余直々に祝いの言葉を与えるであろう」
「なに」
「ワズロフ家に勅使が訪れ、私も君もエダも、王陛下直々のご命によって、王宮に呼び出された。君が王都に行きたくないと思っていることは知っている。でもこれは断れない。私と一緒に王都に行ってくれないか」




