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「その剣、オレも一本欲しいな」
「そう言うと思ったよ。ほら、持っていきな」
どこからともなくシーラは剣を取り出した。
「鞘はないのか?」
「それは自分で何とかしな」
「まあチェイニーが売るのでも、鞘は自分であつらえるんだろうな。ふうん。あのとげがこんな奇麗な剣になるのか」
「みての通り刃がないから切れないけど、突きはいけるよ。なんといっても折れにくいのがいいね」
「このぐらいの剣だと、あのとげ一本から何本も作れるだろうな」
「小さいとげでも、とげ一本で剣四本は取れるね。大きいとげだと七本か九本ぐらい取れる。槍だと二本か四本てとこだね」
「四本? 穂先だけでいいんなら、もっと取れるだろう」
「それじゃ魔法防御力が落ちるよ」
「ああ、なるほど」
レカンはその剣を〈収納〉にしまった。
「で、チェイニーには話していいのかい?」
「何をだ?」
「このトロンのとげがあんたの置き土産だってことをさ」
「べつにそんなことを言う必要もないだろう」
「そうかい。で、こいつが何だって」
机の上に置いたままの〈混沌の魔狼〉の魔石を、シーラは指し示した。
「だから、ジザ・モルフェス導師からあんたへの贈り物だ」
レカンはシーラにいきさつを説明した。
「ふうん。まあ、いいか。くれるというならもらっとこうかね」
「そういえば、あんたに頼みがあった」
「へえ。何だろうね。今日は気分がいいから、たいていのことは聞いてあげるよ」
レカンは、白炎狼の毛皮を取り出した。テーブルの上には置くだけの場所が空いていない。手に持ったままで聞いた。
「これでオレの革鎧を作ってもらえないか」
「あ、やっぱり手に入れたんだ。もう襲われたかい?」
「知ってたんだな! なぜ教えてくれなかった」
「とりあえず、その毛皮をそっちの部屋の机の上に置いてきな。革鎧の件は引き受けたから。あと、余った端切れはあたしがもらうよ」
レカンは部屋のなかに入って机の上に毛皮を置き、再びベランダに出た。そして椅子に座り、ワインを飲んで気持ちを落ち着けた。
「で、教えるって、何をだい?」
「この毛皮を持っていると、白炎狼に襲われるんだな。死ぬところだった」
「生き延びられてよかったね」
「あれはいったい何なんだ。オレは恨まれてるのか」
「あれはね、遊び相手を探してるのさ」
「遊び相手だと?」
「パルシモ迷宮に強いやつが入ると、最下層に白炎狼の分身が出ることがある。そいつを倒して毛皮を持っていると、時々本体が遊びにくるんだ。自分の分身を倒せるぐらいのやつなら遊び相手になると思ってるんじゃないのかね」
「ということは、また出てくるんだな」
「手を変え品を変えて戦いを挑んでくると思うよ」
「この毛皮を手放せば、襲われなくなるのか?」
「たぶん、だめだね。もう目をつけられてるよ」
「あんたは今は迷宮に潜らないが、以前はいろんな迷宮に潜ったはずだ」
「へえ? そんなことを話したかね」
「だがパルシモ迷宮には潜ったことがない。そうだろう」
「ないね」
「それは、あそこを踏破すると白炎狼につきまとわれるからだ。ちがうか?」
「弟子が賢くなってきてるみたいで、師匠としてはうれしいよ」
「そういえば、白炎狼に、ツボルトで得た〈狼鬼斬り〉が効かなかったんだが」
「白炎狼グロフは神獣だ。狼鬼族じゃない。だから効かなくて当たり前さ」
「そうなのか。待てよ。そうすると、〈万竜斬り〉が効かない竜もいるのか?」
「〈万竜斬り〉が効くのは、普通の地竜族、飛竜族、火竜族に対してだったと思うよ。竜種特殊個体には効かないはずさ。あれも広くいえば神獣のうちだからね」
「なに? じゃあ、〈万竜斬り〉は地竜トロンには効果がないのか」
「ないと思うよ」
「白炎狼の名はグロフというのか。どうすれば、あれにつきまとわれなくなるんだ?」
「さあねえ。あれにつきまとわれて殺されちまったやつの話を聞いたことがある。生き延びて強くなり、王や英雄になったやつの話も聞いたことがある。でも、どうすれば出てこなくなるかについては、聞いたことがないねえ。いや、待ちな。一つあった」
「襲われない手があるのか?」
「白炎狼は人目につくのを嫌うようだから、ずっと街中にいて大勢の人間に囲まれていれば、出てこないんじゃないかね。たぶん」
「そんな暮らしはいやだが、そうか、誰かと一緒にいるときには出てこないのか」
「確実な話じゃないよ。あれはよくわからない存在なんだ」
「あんたにもわからないことがあるんだな」
「研究すればするほど、いろんなことを知れば知るほど、わからないことは増えるんだ。あたしぐらい長生きしてるとね、世界はわからないことだらけさ」
「長生き、か」
「どうかしたのかい」
「あんたは不死者ではなくなったんだな」
「そういうこったね」
「あとどれくらい生きられるんだ?」
「さあねえ。あたしには〈浄化〉もある。薬師としての知識もある。あと三十年、ひょっとすると五十年ぐらい生きられるかもしれないねえ」
「そうか。そういえば、〈浄化〉を使えるようになったことをスカラベルに教えてやったら喜ぶんじゃないか」
「あんたにしては、よく気が回ったね。近々スカラベルを訪ねるつもりさ」
「なに? じゃあ、王都に行くのか?」
「そうさ。あんたも来るかい?」
「断る。さて、一番大事な用件が残っている」
「へえ? 何だろうね」
「〈神腐樹の冠〉だ。調べたいことというのは、もう調べ終わったか?」
「ああ。一段落ついたよ」
「では、もらおう」
「わかったよ」
シーラはどこからともなく、その品を取り出した。
「これが〈神腐樹の冠〉さ」




