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「なに?」
「あの風を起こす技能だけどね」
「ああ。〈突風〉だな」
「その〈突風〉を目の前で何度かみせてもらったけどね。あれはどうみても魔法だったよ」
「いや。〈突風〉は、魔力を使うが、魔法ではない。技能なんだ」
「あんたの世界じゃ、そうだったのかもしれないね。でもこの世界じゃ、あれは魔法だ。しかもあんた、呪文使ってたじゃないか。〈ウィゼル〉とかいう」
「ああ。〈風よ〉という意味だ」
「呪文によって発動し、魔力を消費して現象を生じさせる技能だね。そりゃどうみても、魔法以外のもんじゃないよ。この世界じゃあね。だからあんたは、その技能を使ったとき、この世界から魔法使いとして認定されたんだ。いや、ほかの何かの技能を使ったときかもしれないけどね」
「ほう?」
理解が追いつかなかった。もっともレカンにとっては、その技能を使えれば、原理や法則などどうでもよかった。そしてこの世界では、前の世界では使えなかった魔法が使えるようになった。それで充分であり、それで満足していた。だから、シーラの説明はあまりよくわからなかったが、わからねばならないとも思わなかった。
「そんなことどうでもいいって顔だね。まあ、いいさ。さて、ここからが本題だ。適応によって書き換えられるのは、技能だけじゃない。例えばあんたの肉体だ」
「なにっ」
「あんたの肉体も、もとの世界の法則からこの世界の法則に合うように作り替えられてるはずなのさ。たぶんその過程で、なにがしかの強化や付加が起きている。だから落ち人は強い力や特別な能力を持つといわれるんだ」
「そういえば、この世界で目覚めてから、体が軽いと感じたな」
「そうだろうともさ。話はいったん戻るけどね、一の月の三十一日に、あんたと話をして以来、あたしは魔獣や妖魔と人間との存在の差異について実験を重ねた」
「実験?」
「あんたの〈生命感知〉では、魔獣や妖魔は青く、虫や鳥や獣や魚は緑に、そして人間は赤く映し出されるという。ということは、魔獣や妖魔も生命なんだ」
「この技能がどういう理由で〈生命感知〉と名付けられたかオレは知らん」
「今のこの大陸じゃあね、どんな分野の研究でも、妖魔、とくに魂鬼族の妖魔は生命とは呼ばない」
「それはそうだろうな」
「魔獣も必ずしも生命とは呼ばない者もいる。実際、岩石系の魔獣なんかは、とても生き物とは思えない。一般に魔獣というときは、妖魔も含めていう場合が多いけど、魔獣の全部が生き物とはいえない、少なくとも人間が生き物であるような意味での生き物ではないというのが今の定説なんだ」
「人間と妖魔は同じじゃないだろう」
「でも〈生命感知〉には映る」
「まあ、そうだが」
「かつてワプド国の最先端の研究者たちのあいだでは、人間も獣も虫も魔獣も、それこそ魂鬼族の妖魔も含めて、みんな生命だといわれていた」
「ほう?」
「というのはね、そうしたものを細かく細かくみていって、これ以上小さくすると石や土の構成要素とかわらないというぎりぎりのところをみると、みんな同じ形というか、要素になるんだ。大きさや組み合わさりかたはちがうけれど、質的にはまったく同じといっていいほどよく似た要素にね。それをワプド国の研究者たちは、生命素子と呼んでいた」
「生命そし?」
「命の小さな粒という意味さね。そうした研究者たちのあいだでは、生命素子を持つものは生命である、という定義が常識になっていた」
「ほう」
「ところが相違点がわからなかった。虚声と人間は明らかにちがう。人間は肉体を持って物を食べて生きるけれども、虚声は霧に浮かぶ幻のような存在で、食事を必要としない。だから虚声と人間の生命素子には、何かちがいがあるべきなんだ。だけどそのちがいがみあたらない」
「話がみえんな」
「もう少し我慢してお聞き。とにかく、生命素子のちがいを明らかにすることは、生命とは何かを明らかにしていくうえで、とてつもなく重要な課題だったんだ。あたしはこのことを長年にわたって研究し続けてきた。でも差異はみつからなかった。そんなものはないんじゃないかと思い始めていたとき、あんたに会った。そして、青、緑、赤という判別が可能だと知った。ということはやっぱり何かちがいがあるんだ。あたしはいろんな素材を切り刻んで実験した。だけど差異は発見できなかった」
「今、何かすごく恐ろしいことを聞いた気がするんだが」
「そこでひらめいたんだ。すでに差異がある状態のものを観察しても差異が発見できないのなら、差異が生じる瞬間を観察すればいいんじゃないかってね」
「差異が生じる瞬間?」
「幸い、そのときあたしの手元には、異世界の竜ヴルスの魔石があった。というか、もらう約束をしてた。だからあたしはツボルトに出かけて、あんたからヴルスの魔石をもらった。あれは素晴らしいものだったよ。この世界にまだ紐づけられていない上級竜種の魔石だ。あたしは、考えられるかぎりの観測装置と記録装置を準備して、ヴルスを復活させた」




