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「さてと。あんたがあたしの弟子になって一か月目のことだ。あんたはあたしが魔女エルシーラだと言い当てた」
「ああ」
「あんたは言ったね。この町の門をくぐったとき、あたしの存在に気づき、しかもあたしが普通の人間じゃないことを知ったと」
「ああ」
「あんたには広い範囲にわたって人間と動物と魔獣を探知する能力があって、その能力では、人間は赤く、動物は緑に、魔獣と妖魔は青く表示される。この町に入ったとき、大きな迷宮の最下層の主かと思うような強く青い光があって、それがあたしだったと」
「そうだ。竜種に匹敵するような光だ」
「その言葉があたしにどれほど衝撃を与えたか、あんたにはわからないだろうね」
「そんなふうにはみえなかったぞ」
「心の臓が止まっちまうかと思うほどの衝撃だったよ。いいかい。あたしは確かに普通の人間じゃない。不死化の秘術によって不死人となった人間だ。でも人間なんだ。そのことを疑ったことなんてなかったんだよ」
「ちょっと待て。あのときあんたは言った。幽鬼族の妖魔は、もとは人間の場合がある。あたしもそれと変わらないだろうね。確かにそう言った」
「やっぱりあんた、記憶がいいね。あれは謙遜だよ」
「謙遜?」
「そうさ。あたしはあんたに否定して欲しかったんだよ。あんたはやっぱり妖魔とはちがうって」
「だがあんたは不死人となってからは〈浄化〉が使えなくなった。あんた自身がそう言った」
「そうさ。その通り。あたしは不死人になって、〈浄化〉が使えなくなっちまった。不死人にとって〈浄化〉は滅びの光だからね。でもね。あたしは、虚声や白氷姫や闇精のような魂鬼族の妖魔とはちがって肉体を持ってる。白幽鬼や怨邪鬼や腐肉王のような幽鬼族の妖魔とちがって、記憶と意志を持っている。心を持っているんだ。肉体も幽鬼族の妖魔とはちがって、生きて働いている肉体だ。そうさ、人間の肉体さね」
「人間は〈浄化〉では滅びないだろう」
「あんたはその一点だけで、あたしを妖魔呼ばわりするのかい」
「妖魔かどうか知らんが、人ならざる存在であり、妖魔や魔獣と同類だ。少なくとも〈生命感知〉ではそう判定される」
「よし。その話はいったん置いておくよ。さて、あんたからその話を聞いて、あたしはあらためてこの問題を研究した。あんたのその〈生命感知〉とかいう技能では、あたしは青く映る。ということは、何かしら質のちがいがあるんだ。客観的に人と獣と魔獣や妖魔を区別できる質のちがいがね。存在としての客観的な差異があるんだ」
「いや。〈生命感知〉を持っていなければ、そのちがいとやらはわからんぞ」
「今までその質のちがいをみわける方法はなかったとしても、質のちがいがあるんだとわかれば、みわける方法は編み出せるもんなんだよ。時間はかかったとしてもね。あんたが〈生命感知〉でやってることを再現するような魔法や魔道具は、必ず作ることができる。学者たちや魔法使いたちや魔道具技師たちの探究心をなめちゃいけない」
「ちがいがあるなんてことを知ってる魔法使いや魔道具技師はいないだろう」
「あたしがいるさ。あたしが知ってしまった。あたしはそれを忘れることはできない。だからあたしは、その事実から目を背けられない。魔獣や妖魔と人間には、何か決定的なちがいがあるんだ。そしてそのちがいからいうと、あたしは魔獣や妖魔のほうに分類される。あたしはどうしても、そのちがいを究明しなくちゃならない。それは生命とは何かという謎に迫る大きな手がかりになるはずさ」
「あんた根っからの研究者気質なんだな」
「そうさ。あんたが根っからの冒険者気質であるようにね。あたしは実験を繰り返し、考察を重ねた。だけどどうしても、そのちがいというのがわからなかった。だけどちがいはあるんだ。あんたの〈生命感知〉には、確かにちがう色に映るんだからね。あたしは何度も何度もあんたの言葉を頭のなかで反芻し、吟味した。そして重要な手がかりに気がついたんだよ」
「ほう」
「あんたは言った。魔力の大きな生命は強い光を放ち、魔力の小さな生命は弱い光を放つと」
「ああ。最初からそう言っている」
「変だとは思ってたんだ。あんたは魔力と生命力をごっちゃにしてる。でもそれはあんたの言葉が足りないんだと思ってた。そうじゃないかもしれないと気づいたとき、あたしは根本的な問題に気がついたのさ」
「根本的な問題?」
「そうさ。あんたが異世界人だということさ」
「確かにオレは異世界人だが、それが今の話に何の関係がある」
「取りあえず黙ってお聞き。その問題に気づいたとき、あたしはあんたに〈生命感知〉がどのように働くかをあらためて確認した」
「ああ、あれか。あれは、いつだったかな。たしか、〈闇鬼の呪符〉について聞いたときだったかな。そうだ。始原の恩寵品のことを教えてもらったときだ。ということは、今年の一の月か二の月ぐらいだな」
「大陸暦一一八年の一の月の三十一日さ。この日はこの大陸の生命研究史において記念すべき日となった。あたしの質問に答えて、あんたはこう言った。魔力とは生命の根源の力だ。生き物すべてに魔力は宿っている。どんな小さな虫にでもだ。だから人間であるかぎり〈生命感知〉に表示される」
「その通りだ。それが真理だ」
「ちがうよ」
「なに?」
「あんたがもといた世界じゃ、それがルールだったのかもしれない。でもこの世界じゃちがうんだ」