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レカンは反射的に、〈彗星斬り〉を引き寄せて身を守った。
青い火の玉は、〈彗星斬り〉の魔法刃にぶつかって爆発しつつ、はじかれて軌道を変え、レカンの右後方に飛んでいった。
直撃したわけでもないのに、レカンは顔をえぐられたような感覚を覚えた。
まともに当たれば即死する攻撃だ。
レカンは後ろに跳んだ。
白炎狼は息を吸うようなしぐさをして、それから口を開いた。
口のなかでは青白い炎がゆらめいている。
(たぶん口から吐く青白い火の玉はこいつの得意な攻撃だな)
(お気に入りの魔法でオレにとどめを刺すつもりだ)
心憎いほどのゆとりをみせて、白炎狼が青い火の玉を吐いた。
レカンはそれを正面から受けた。
〈彗星斬り〉で。
そしてまっすぐ打ち返した。
青い火の玉は〈彗星斬り〉に衝突して爆発を起こし、はじき返されて白炎狼の顔面を直撃した。
ギャウン!
白炎狼の悲鳴だ。以前にも聞いたことがあるが、今度の悲鳴は大きい。それだけ効いたのだろう。
白炎狼は動かない。ぶすぶすと顔から煙が立ちのぼっている。顔は黒く焼けただれていて、黄金色の瞳が異様な光を帯びている。
そして白炎狼は口をゆがめた。
笑ったのだ。
狼が笑えるものだとは、この瞬間まで知らなかった。
残忍で獰猛な笑いだ。
そのまま白炎狼は消えた。
夜の森は静けさを取り戻し、レカンをおののかせた圧力は消え去った。
レカンは崩れ落ちそうになるのをこらえながら、身を折って荒い息をついた。
ぜえぜえ、はあはあと、大きく肩を揺らしながら呼吸をする。
手は冷や汗でべっとりしている。
〈収納〉から水筒を出して水を飲むと、額や体中から汗が噴き出した。
しばらくして呼吸が落ち着いてくると、レカンはかつてシーラと交わした会話を思い出していた。
「やれやれ。まあ、仕方ないさね。いさぎよく、〈つけた火に炙られる〉んだね」
「なんだ、それは?」
「昔話だよ。旅人が森で炎狼、つまり炎をはく狼と出くわしてね、炎狼につけさせた火で炎狼を焼いて食っちまう話さ」
「炎狼という魔獣がいるのか」
「そっちかい。魔獣じゃないよ。神獣さ。正しくは炎狼じゃなくて白炎狼というんだけどね。実際にみた人はいないよ。そういう伝説があるだけさ」
伝説だ、とシーラは言っていたが、たぶん実際の出来事がもとになっている。
かつて白炎狼と戦い、退けた冒険者がいたのだ。どうやってかわからないが、白炎狼自身の攻撃を打ち返して。
だが、そうすると、その冒険者は、白炎狼を倒してその肉を食べたのだろうか。
(食べたというのはものの例えで)
(強さを食ったということかもしれんな)
(オレもいつかあいつを食ってやる)
(しかし白炎狼は)
(どうしてオレの居場所がわかったんだ?)
そもそも迷宮の主がどうして地上に現れるのだろうか。
そんなことは聞いたこともない。
だが、旅人が白炎狼に会ったという昔話は、白炎狼が地上にも出現したことを表しているようにも思える。
(すると今のは)
(迷宮で会ったのとは別の個体か?)
それなら一応理屈に合う。
だが、レカンの直感はその理屈を信じていない。
あれは、パルシモ迷宮で会った、あの白炎狼だ。
しかし、あの個体は倒したのではないのか。
すると再出現するとしても、すでに別の個体なのであり、前の個体の記憶を持っているわけがない。
いずれにしても、パルシモ迷宮で白炎狼を倒したレカンのもとに、突然白炎狼がやって来た。これが偶然であるわけがない。なにしろ白炎狼は、実際にみた人はいないといわれるほど今では珍しい存在なのだ。
(待てよ)
レカンは、自分の〈収納〉のなかに白炎狼の毛皮があるのを思い出した。
(あれか?)
(あの毛皮か?)
あの毛皮を目印にして、さっきの白炎狼は現れたのではないのか。そう思いついた。特に根拠はないのだが、考えれば考えるほど、それは正しいという気がする。
おばばは、あまりに簡単にレカンに毛皮を譲ってくれた。
あのときは毛皮が欲しい気持ちでいっぱいだったから、そこまで考えが及ばなかったが、あとから考えていぶかしく思ったのである。
白炎狼はパルシモに住むおばばにとって、特別な神獣だ。パルシモ迷宮の守護神といってよい存在だ。そうでなくてもあれは、研究者であるおばばにとって、最高に魅力的な素材だったはずなのだ。その毛皮を、ああもあっさりとレカンにくれた。
そもそも、おばばは白炎狼が出現したときには驚いていたが、あとになるとその事実を受け入れていた。アリオスに、迷宮の主が白炎狼に変わったことには何か条件があったのだろうかと意見を求めてさえいた。
たぶんモルフェス一族には、何らかの形で白炎狼の伝説が伝わっていたのだ。そして、得た毛皮を持っていると、よくないことが起きると伝わっていた。たとえばその後復活した白炎狼につけ狙われるとかのよくないことが。だからこれ幸いと、レカンに毛皮を委ねたのではないだろうか。
一筋縄でいかない老婆だとわかってはいたのだが、もしかするとはめられたかもしれない。
この次パルシモに行ったら、問い詰めねばならない。
そして同じことを問いたださねばならない相手がヴォーカにもいる。