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白炎狼は、口を開けると青い火の玉を吐いた。
火の玉はすさまじい速度でレカンを襲い、〈インテュアドロの首飾り〉の障壁にぶつかって爆発した。
レカンは身をかがめて貴王熊の外套をつかむと、くるりと振り返って駆け出した。
後ろから飛んできた二発目の青い火の玉が、首飾りの障壁にぶつかって爆発する。
夜の暗い森のなかを、レカンは必死で走った。
戦うことなど考えなかった。
この相手には勝てない。
今は魔法攻撃しかしてこないから、首飾りで防げているが、こんなけた外れの威力の魔法をたたき付け続けられたら、そのうち障壁は消滅する。
そして白炎狼の物理攻撃は、魔法攻撃以上に恐ろしい。今レカンは竜革の鎧を着ているが、白炎狼の爪や牙にかかれば、あっという間にずたずたにされてしまう。
「〈ゾルアス・クルト・ヴェンダ〉!」
飛び上がりながら呪文を唱えると、レカンの体は消え、百歩以上離れた場所に出現した。
着地した瞬間、足を取られて転倒しそうになったが、何とか足を送って転倒を免れ、さらに走った。
充分に加速してから、もう一度呪文を唱えた。
「〈ゾルアス・クルト・ヴェンダ〉!」
今度は転移したあと転倒したが、ごろごろ転がりながらすぐに起き上がり、またも走った。
そしてさらに呪文を唱えた。
「〈ゾルアス・クルト・ヴェンダ〉!」
飛び上がりながら呪文を唱えると、レカンの体は消え、百歩以上離れた場所に出現した。
着地した瞬間、またも足を取られて転倒したが、すぐに起き上がり、さらに走った。
襲われたのが夜だったのが幸いした。
〈白魔の足環〉は一日に三度使えるのだが、新しい一日の起点は日没なのだ。古代人は日が落ちると新しい日が始まると考えていたのかもしれない。今日はまだ足環の検証はしておらず、転移を三回使うことができたのだ。
〈生命感知〉の探知範囲を最大限後方に移動したが、もはや白炎狼の巨大な反応はない。つまり二千五百歩以上引き離したことになる。このまま走り続ければ逃げ切れるだろう。
そのとき前方に白炎狼が出現した。
「〈風よ〉!!」
レカンは思いきり魔力を込めた〈突風〉を白炎狼に横からぶつけ、その横を走り抜けようとした。
だが、そのお返しに、白炎狼は、口から青白い火の玉を吐いて、レカンの足元の土を吹き飛ばした。
「うわっ」
今まさに足を踏み下ろそうとした場所に、突然大きな穴があいたのだから、さすがのレカンも体勢を崩して、地面にたたきつけられた。
そこにすかさず、青白い火の玉が飛来して、首飾りの障壁にぶつかって爆発した。
(くそっ)
(そういえば、こいつ〈転移〉持ちだった)
(こんな距離を一気に跳べるのか!)
起き上がりながら心のなかで悪態をついた。
逃げることは不可能であるようだ。
となれば戦うしかない。
白炎狼は、攻撃を止め、目を細めてレカンをみている。
いや。
首飾りをみている。
「〈回復〉」
レカンは呪文を唱えて、くじいた足を治療した。
白炎狼は四度吠えた。
頭上に四色の魔法陣が出現する。
レカンは、〈転移剣〉を取り出し、左手に持った。
四色の魔法陣から魔法攻撃が放たれ、首飾りの障壁に防がれた。恐ろしいほどの魔力量だ。白炎狼は、邪魔な障壁を消し去るための飽和攻撃を始めたようだ。
レカンは〈彗星斬り〉を取り出し、魔力を送り込んで魔法刃を生成した。最低の長さである二倍だ。現在のところ、この長さが最も安定しているし、発動時間も長い。
白炎狼に対しては〈狼鬼斬り〉は役に立たなかった。〈アゴストの剣〉ならダメージを与えられるが、重すぎるし長すぎるので、一対一でこの素早い相手と戦うには不向きだ。
白炎狼が浴びせ続ける魔法攻撃のため、肉眼では何もみえない。ただ荒れ狂う光と熱が目の前で踊っている。
それ以上、何を考える間もなく、障壁が消滅した。
レカンは、左手の〈転移剣〉を振った。
レカンが今までいた場所が、魔法攻撃で破壊される。
レカンは白炎狼のすぐ右側に出現し、〈彗星斬り〉を振りおろした。
白炎狼は素早く向き直って口を開いた。
その口に〈彗星斬り〉がたたきつけられる。
激しい手応えがあった。
(通った!)
(確かにダメージが入ったぞ!)
レカンは〈転移剣〉を投げ捨て、もう一度攻撃を加えようと、両手で〈彗星斬り〉を振り上げた。
だが白炎狼は驚くべき機敏さで、それをかわした。
逃げた白炎狼に、さらにレカンの剣が迫る。
白炎狼は巨体に似合わない素早さで、またも剣をかわす。
レカンが今まで戦ったあらゆる敵にまさる素早さを、この神獣は持っている。
次の瞬間、レカンのふるった〈彗星斬り〉が、まともに白炎狼の頭部をとらえた。
ところが白炎狼は、痛がりもせず、目をみひらいたまま、レカンをじっとみている。
(なにっ?)
(今度はダメージが入っていないだと?)
(いや。それどころか)
〈彗星斬り〉の魔法刃は、よくみると白炎狼が身にまとう青白い炎に食い止められている。普通、魔法刃は、相手を断ち切るか、素通りするかであり、食い止められるということはない。あるとすれば、ゾルタンとの戦いのときにあったように、匹敵する魔法密度の魔法刃で受け止めたときだ。
(こいつは)
(〈彗星斬り〉の魔法刃に匹敵する密度の魔力で自分を守っているのか!)
以前戦ったとき、白炎狼は対魔法障壁を張ったが、ああいう障壁は至近距離では発動しない場合があるし、そもそも今回障壁を張る時間をレカンは与えなかった。だが白炎狼にはこんな防御手段もあったのだ。
いったい、こんな相手とどう戦えばいいのか。
一瞬だが、レカンは呆然とした。
こうした高速戦闘のなかで、それは致命的な隙といえる。
わずか一歩ほどの距離から、白炎狼が青白い火の玉を吐いた。




