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「はっはっはっ。それで事情がわかった。レカンはとっさに身の証しを立てるために、ワズロフ家出入りの商人チェイニーの護衛だと名乗ったが、あちらがそれを取り違えたというわけだ」
「そうなんだ」
「突然、ロトル伯とチャダ伯から使者が来て、驚くような礼物を差し出したから、いったい何事かと思ったぞ。ロトル伯爵の使者は、〈ワズロフ家がコゴクロア家に差し向けられたレカン様にご慈恵を賜り〉などと言い出すしな」
「面倒をかけた」
「ワズロフ家が感謝を受けたのだから、少しも面倒ではない。それにしてもメダルが役に立ったようで何よりだ。これを渡しておこう。必要なとき好きに使うといい」
「うん? 白銀の美しいメダルだな」
「ディラン銀鋼だよ。家紋と家名が刻印されている。私の名代であるというしるしだ」
「ほう。すまんな。もらっておこう」
レカンはディラン銀鋼のメダルを無造作に〈収納〉にしまった。その光景をチェイニーは目を丸くしてみている。
「だがあちらが取り違えたのも無理はない。ニーナ殿の立場でみれば、チェイニーは私の意を受けているように、どうしてもみえてしまう」
「そうか?」
「考えてもみたまえ。どこの世界に、領主の座をめぐる内乱のまっただなかに、他領からやって来て護衛を参戦させる商人がいるのだ」
チェイニーが、うんうんとうなずいている。
「しかもその護衛たるや一騎当千で、圧倒的に優位な反乱者たちを、たった一人で押し返してしまう力量の持ち主だ。剣の腕は無双の強さ。強力無比な魔法攻撃を準備詠唱もなく放ち、おまけに回復魔法まで操る。とてもではないが普通の商人に雇えるような人物ではない。聞けばその護衛は、ワズロフ家当主の従姉妹の婚約者だという。そこまで聞けば、どんなに頭がにぶい人間でも気がつく」
「何にだ?」
「これはワズロフ家の意志なのだということさ。つまりその魔法剣士を差し向けたのはワズロフ家そのものなのだ。商人の護衛という偽装をしたのは、表立ってワズロフ家が貸しを作らないためであり、コゴクロア家とカンドロス家の体面を守るためだとな」
「貴族というのはややこしいものなんだな」
「君がややこしくしているんだがね。カンドロス家としてみれば、私が縁戚であるニーナ殿に援助をしたと考えるべき出来事だ。まあいい。結果としては最上だ。それもこれも君の強さがあってのことだ。君の強さが二つの町の領主と一つの商家を救った。それも冒険者としての誉れというものだろう」
「まあ、そういうことだ」
「一つだけわからんことがある」
「ほう。何だ?」
「その脚絆とかいうものは、いったいどういう品なのだ?」
マンフリーはレカンの性格を理解している。レカンはたぶん純粋にその脚絆が欲しかったのだとみぬいている。だから脚絆の正体が気になるのだ。
「それは秘密だ」
マンフリー・ワズロフなら、〈始原の恩寵品〉ないし〈古代恩寵品〉について、何らかの情報を得ている可能性があるし、この男が本気で調べれば、何を探り当てるかわかったものではない。レカンはマンフリーには〈始原の恩寵品〉のことを話す気もみせる気もなかった。
「ほう。そうなのか。それなら今はそういうことにしておこう。ところで、ニーナ・コゴクロア殿とナリス・カンドロス殿から、レカンの結婚式にはぜひ招待していただきたいと申し入れがあった」
「なに?」
「たぶん代理ではなく二人の領主本人が出席する気だ。招待者名簿に入れておく」
「ああ、まあそのへんは適当に頼む」
「任せておけ」
「あの。口を挟んでまことに失礼ですが、レカン様の結婚式が行われるのですか?」
「ははは。わが従姉妹殿はそれを待ち望んでおる。この前私はレカンに、ここマシャジャインの町のユミノス神殿で結婚してはどうかと提案した。もちろん面倒な準備一切は、ワズロフ家が受け持つ」
「そ、そうなのですか。あの、レカン様」
「うん?」
「ヴォーカで結婚式を挙げられないとなると、クリムス・ウルバン様とケレス神殿はひどい衝撃を受け、悲しまれると思いますよ」
「そうか?」
「ああ、そのことはもちろん考えている。マシャジャインのユミノス神殿を主とし、ヴォーカのケレス神殿を従として、合同で祭事を行ってもらってはどうかな。そしてクリムス殿にはレカンの庇護者として貴賓席に座ってもらうのだ。もちろんこのことは、私から直接クリムス殿とヴォーカのケレス神殿に申し出るつもりだがね。レカン、どうかな」
「あんたに任せる」
「そうか。となると日を決めねばならないが、今わが従姉妹殿は大変忙しくしている」
「ほう。そうなのか」
「君はもう少し彼女のことを気遣いたまえ。まあそういうことだから、式の日取りは少し先になるかもしれん。わが家の家宰をヴォーカにやるので、君とノーマとエダ殿とで相談してもらいたい」
「エダは今王都だぞ」
「知っているとも。ユミノス神殿で〈浄めの儀〉を行ったあと、エダ殿を王都に送り届けたのはわが家の家臣だ。エダ殿がヴォーカに帰るときにはここに寄ってくれることになっているから、そのとき家宰を同道させよう」
「わかった」
「それにしても、今回のことは、裏切りの連鎖だったな」
「うん?」
「ケラスは、ムッズとその妻が自分を裏切ったと考えた。ケラスと前領主の弟は、領主とムッズを裏切った。ゼアハドという店員は主人であるムッズを裏切ってケラスの手先になったうえで、さらにケイブンと結託してケラスを裏切った」
「誰がどういう名前だったかよく覚えていないが、強奪した財宝の一部をロトル領主に売った裏切り者のおかげで、やつらの尻尾がつかめたわけだな」
「そういうことだ」
「あ、俺にも一つわからんことがあった。反乱をたくらんだ商人は、どうしてリントスに、ロトルで盗まれた財宝の一部が出てきたという情報を教えたんだ。自分で自分の首を絞めるようなものじゃないか」
「そこはよくわからん。あわよくばリントスを使って裏切り者を始末しようということだったのかもしれん。自分まで追及は及ばないという自信があったのかもしれん。いずれにせよ、ケラスはリントスの好意を獲得したかったのだろうな」
「反乱を起こすために強奪した宝物を金に換えれば足がつく。いずれリントスに出どころがばれるぞ」
「そこは何か考えがあったのだと思う。例えば、宝物を強奪したのも売り払って兵力を整えたのも全部前領主の弟のしわざだということにして、領主の弟を殺してしまうとかな」
「なに。それはひどい」
「実際、強盗を働いたのは前領主の弟の抱える兵だから、一応の信憑性はある。ただしそんな嘘はいつかばれるがな。まあ、前領主の弟の側でも、謀反が成功したらケラスとその孫は殺すつもりだったと思うぞ。どうみても前領主の弟の動きは、自分が領主になりたいと考えてのものだ」
「裏切り者だらけだな」
「そうだ。そのなかで最大の裏切り者はケラスだったと、私は思う」
「ほう?」
「どこまでいってもリントスにとってケラスは憎むべき仇だ。リントスを庇護するということは、自分を滅ぼす敵を守り育てることなのだ。つまり」
マンフリーは冷めた茶の残りを飲み干した。
「ケラスは自分自身を裏切ってしまったのだな」
「第47話 裏切り者」完/次回4月2日「第48話 復活」




