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最後にレカンについていえば、この出来事で、晴れて〈白魔の足環〉を自分のものとすることができた。本人にとり最上の結果だ。〈始原の恩寵品〉は探してみつかる品ではない。みつけたとしても、持ち主がその価値を知っていれば手放すわけがない。それがこのように円満に入手できたのだ。白金貨一枚など惜しくもない。ニルフトは探索に使った金の残りをレカンに返却したが、レカンはそれをチェイニーに贈った。チェイニーはレカンの目の前でそれをニルフトに渡し、これはあなたのものにしなさい、と言った。レカンはニルフトの働きに報いたいが何か欲しいものはないかと聞いた。ニルフトは、体力回復薬を一つお売りいただけないかと尋ねてきたので、体力回復薬を五個、チェイニーを通じてニルフトに贈った。
(今回のことは、ほんとに幸運だった)
(もしかしたら〈幸せの虹石〉のご利益なのかもしれんな)
そのうえレカンは思いもよらない名声を得た。
というのは、チャダ領主の前でリントスが言ったのだ。
「レカン様は、山賊から私と妹を救ってくれたうえ、父を殺した者たちを探してほしいという私の願いを聞き届けてくださったのです。その対価としてレカン様が要求なさったのは、古ぼけた脚絆一組でした」
その脚絆とはどういう品ですか、とチャダ領主ニーナ・コゴクロアは聞いた。
レカンは脚絆をみせた。〈始原の恩寵品〉をそれとみぬける者がいるわけがないから、何の心配もしなかった。
事実、その場にいた誰もが、それは何の価値もない古ぼけた脚絆だとしか思わなかった。
特に、大番頭ホトルのひと言は決定的だった。彼は目利きとしてチャダでは名が通っているという。
「この品を私は鑑定できませんでしたが、鑑定できなくても、私には長年の経験で築いた感覚と知識があります。その私からみてこの品は、特別な価値のある品にはみえません」
そのうえでリントスは、こう付け加えた。
「おわかりでしょう。何の役にも立たない、ただの脚絆なのです。それなのに、レカン様は、この脚絆には恩寵があるのだと嘘までついて、価値ある品だと言い張りました。そして、父の無念を晴らすについては、すべてを自分に任せよとまでおっしゃってくださったのです。私はお尋ねしました。どうしてそこまでよくしてくださるのですか、と。それに対してレカン様は、こうおっしゃったのです」
広間はしんとして、物音一つ立たない。その静寂のなかで、リントスは言葉を発した。
「お前が身に着けている脚絆が欲しいからだ。その脚絆は、オレにとってはきわめて大きな価値がある。冒険者としてのオレがより強くなるため、ぜひにも欲しい品なんだ。それはお前の父がお前に残したものなんだろう。だからこれは、お前の父がお前を助けているんだと思え」
リントスは、そのときの感動を思い出して泣いた。
広間に立ち並ぶチャダ領主の臣下たちも深い感銘を受けたようで、なかにはもらい泣きする者もあった。
チャダ領主は、感動に震える声で、こう言った。
「冒険者としてのご自分がより強くなるために、ぜひとも欲しい品。レカン殿は、無念のうちに命を落とした前セプテマ商会長の思いを受け止めることが、ご自身を磨く道だと、そうおっしゃったのですね」
いや、オレはそんなことは言っていない、とレカンは思ったが、口にはしなかった。空気を読んだのだ。
「そして、お前の父がお前を助けているのだと思えと。ああ、なんという、なんという尊いお言葉」
ニーナは深々とレカンに頭を下げて礼容をとった。
「冒険者レカン殿。マシャジャイン侯爵家の姫君の婚約者殿。あなたの武勇は、私の命をお救いくださいました。そして今、あなたの高潔は私の心をお救いくださいました。わがコゴクロア家は、未来永劫あなたへの感謝と敬意を忘れるものではございません」
チャダ領主の臣下たちが、一斉にレカンに礼容を示した。
レカンはいたたまれなくなり、話題を変えようとした。
「そういえばそこにいるあんた。あんたは、リントスたちが山賊に襲われたとき、少し離れた木立のなかでみてた人だな」
「えっ」
「ちらりと顔もみえたし、魔力もそのぐらいだった。あんただったんだろう? あんなところで何をしていたんだ?」
「く、くそっ」
その男は杖を抜いて何かの呪文を唱え始めたが、ただちに周りの兵たちに取り押さえられた。
実はこの男は領主の護衛を務める魔法使いだったが、前領主の弟に籠絡されて領主を裏切っていたのだ。セプテマ商会の遺児が事件の犯人の手がかりをつかんで動き回っていると知った前領主の弟から命じられ、兵士を山賊に扮装させてリントスとマイナを殺害しようとしたが、レカンに阻まれ失敗した。反乱のときには自宅にこもって様子をみたが、反乱が失敗するや、何食わぬ顔で領主に近侍していたのだ。この卑劣な裏切り者の正体を看破したことで、レカンの名声はさらに上がった。
チャダ領主はレカンに手厚く報いた。そしてリントスがレカンに手伝いを頼んだことで反乱が解決したわけであるから、リントスもまた莫大な褒賞を得た。
チャダ領主はレカンとチェイニーを接待しようとしたが、レカンは固辞した。
「ワズロフ家に報告に行かなくてはならん」
「私もです」
チェイニーも便乗した。
二人は一緒にチャダを出発した。
「さて、オレはこのあたりで別れる。達者でな」
「逃がしませんよ」
「なに?」
「一緒にマシャジャイン侯爵様に弁明していただきます」
「いや。お前一人で大丈夫だろう」
「私はちっとも大丈夫ではありません。レカン様にご一緒していただきます。いいですね」
「…………」
「いいですね」
「……わかった」
道中、ある町で食堂に立ち寄った。
すると、隣のテーブルにさりげなくぽっちゃりが座った。
「よくやった」
レカンがねぎらいの言葉をかけると、ぽっちゃりは得意そうな顔で鼻の穴をふくらませた。
レカンは立ち上がってぽっちゃりのそばに歩み寄ると、テーブルの上に体力回復薬を五個置いた。
「特製の体力回復薬だ。一つ飲むと、半日と少しのあいだ、体力を回復し続ける」
ぽっちゃりは、五個の体力回復薬を両手に乗せて持ち上げ、頭を下げて何やらぶつぶつつぶやいた。信ずる神に感謝の祈りを捧げているのだろう。きっと、ろくでもない神だろうが。




