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本当は、チャダに送り込んでいた密偵に案内してもらうのが一番よいのだが、その密偵は不眠不休でロトルに駆け込んで情報を伝え、疲労困憊して倒れているという。これまでの情報は配達屋に依頼して届けていたのだが、最後の情報は、自分で知らせに駆けつけたのだ。ニルフトもチャダの領主館ぐらいまでなら道案内できるというので先導させた。出る前にチェイニーをたたき起こしてワズロフ家のメダルを借り受けた。
当然のことながら、ロトルの門は閉まっている。乗り越えた。
山道を走った。
〈立体知覚〉を持つレカンが星明かりで森のなかを走れるのは不思議ではない。ニルフトは視力がいいのか、勘がいいのか、それとも何かの能力があるのか、レカンに劣らない速度で疾走した。
ニルフトには、出発前に体力回復薬を飲ませてある。速度がにぶると〈回復〉をかけた。休憩することは許さなかった。悪魔に追われているような気持ちでニルフトは走ったかもしれない。水を飲みたいと言ったので、走りながら飲めと答えた。
それでもチャダに着いたときには夜が明けていた。
町の門はまだ開いていない。レカンは小男のニルフトを小脇に抱え、〈突風〉を連発して壁を乗り越えた。
開門を待っていた人々のざわめきを背に聞きながら、レカンは走った。
「領主館はどっちだ」
「あ、あちらです」
領主館の門は打ち破られていた。
魔法攻撃のあとがある。たぶん最初に魔法を撃ち込んだのだ。
中央奥の大きな建物から喧噪が聞こえる。
中庭に回り込んだレカンの前に、ぽっちゃりが現れた。
「旦那! 三階です。反乱兵は、今にも領主の部屋に侵入しそうです!」
ぽっちゃりが指で目的の部屋を指し示す。レカンは〈生命感知〉と〈立体知覚〉で、その部屋で攻防が行われていることを探知した。部屋に侵入しようとしている者たちと、それを防ごうとする者たちの攻防だ。
レカンはニルフトを投げ捨てると、壁を駆け上った。
「〈風よ〉! 〈風よ〉! 〈風よ〉! 〈風よ〉!」
三階の窓を蹴破ってなかにはいると、部屋のなかにいた人々は、驚いた顔で振り向いた。
レカンはワズロフ家のメダルを高々と掲げて大声を発した。
「オレはワズロフ家出入りの商人チェイニーの護衛だ! ロトル領主の尋問により、チャダの商人ケラスが前チャダ領主の弟をそそのかして反乱をたくらんでいることがわかり、オレが来た」
それだけ言うと、メダルを掲げたまま、今にも破られそうな扉に歩み寄った。
「た、確かにワズロフ家の紋章だ」
「ワズロフ家の商人だと?」
三人の騎士がドアを押さえている。その後ろでは、二人の魔法使いが杖を構えている。ドアの向こう側には二十人以上の騎士がいて、ドアを破ろうとしている者もいれば、ドアが破れたら突入しようと身構えている者もいる。
レカンはメダルをしまうと、右手で〈彗星斬り〉を抜き、魔法刃を発現させた。そして左手を前に突き出した。その瞬間、ドアが破壊された。
「〈炎槍〉! 〈炎槍〉! 〈炎槍〉!」
レカンの左手から放たれた魔法攻撃が、突入しようとした騎士三人の頭を吹き飛ばした。その体が邪魔になって、うしろの騎士たちの足が一瞬止まる。
「〈雷撃〉!」
後ろの一団が、適度に加減された〈雷撃〉で昏倒する。
レカンは左手で〈コルディシエ〉の杖を取り出し、呪文を唱えた。
「〈障壁〉!」
杖に仕込んでおいた物理障壁をめぐらすと、飛んできた矢が何本か当たっては落ちた。
これでしばらくは防げる。レカンは後ろを振り返って領主を捜したが、それらしい人物がみあたらない。男も女もいる。騎士や兵士はいずれもひどく傷ついている。
「チャダ領主は?」
「このかたが伯爵様じゃ」
威厳のある老人が指し示したのは、ずいぶん線の細い金髪の青年だ。顔立ちは美しい。ちょっとみたときには女性かと思った。上等の寝間着を着ている。
「あんたが領主殿か?」
青年がこくりとうなずく。
「襲いかかってきたやつらは皆殺しでいいか?」
青年は老人の顔をみあげた。
「じい?」
声まで女のようだ。
「なりません伯爵様。彼らも伯爵家の騎士であり兵なのです」
「わかった。護衛とやら、名を聞きたい」
「レカン」
「レカン。彼らもわが家の家臣なのです。できるだけ傷つけずに捕らえることはできませんか」
「では魔法でしびれさせるから拘束してくれ」
「そうしよう。レカン」
「うん?」
「先ほど、反乱だ、と何度も叫んでくれたのは、あなたのお仲間ですか」
それはたぶんぽっちゃりだ。
「ああ、たぶんそうだな」
「ありがとう、レカン。そのおかげで家宰がこの部屋に私を連れてきて守ってくれました。あの声がなければ完全に不意を突かれていたでしょう」
「そうか」
話しているあいだにも障壁に攻撃が加えられている。長くはもたない。
レカンは部屋から出て手加減した〈雷撃〉を連発した。〈障壁〉を消去して進み、階段に鈴なりになって進撃してくる兵たちは〈突風〉で吹き飛ばした。そうこうしているうちに味方の騎士と兵が駆けつけ、反乱した者たちを取り押さえた。
老人が声をかけてきた。
「そのほう、レカンというたか。事情を聞かせてもらいたいのだが」
「ちょっと待て。〈回復〉〈回復〉〈回復〉〈回復〉〈回復〉〈回復〉」
「おお!」
「ああ!」
傷ついた者たちに〈回復〉を施しつつ、窓の前まで歩いた。
窓からみおろすと、ニルフトがいた。地面にへたり込んでいる。
「ニルフト! しばらくじっとしていろ! 体を動かすと途中で落ちるぞ!」
「はいぃ?」
「〈浮遊〉〈移動〉」
ニルフトの体がふわふわと浮かび上がった。そして宙を飛んで三階の部屋に着地した。
隣でぽっちゃりが、俺も俺もと言わんばかりに自分を指さしていたが、無視した。
レカンは老人の前にニルフトを押し出した。
「この男が説明する」
「レカン様」
とても恨めしそうな目でニルフトがレカンをみた。




