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「ゼアハドですってっ?」
リントスが驚いた顔をした。妹のマイナも、集まった六人の元店員たちも一様に驚いている。
「知っているやつか?」
リントスが元店員のうちで、もっとも年長である男のほうをみた。年配の男が説明した。
「セプテマ商会本店の番頭だった男です。事件のあと、給金を辞退して店を辞めました。店に負担をかけぬためかと思っておりましたが、その後まったくあいさつにも来ないし、消息も知れないので、不審には思うておったのですが」
「ふうん。その男に間違いないのか?」
「言われてみれば、ヌーガの顔立ちはゼアハドに似ております。どうして今まで気づかなんだのか」
「会いに行ったのか」
「物陰から様子をうかがいました。私の顔をヌーガは、いやゼアハドはみておりません」
「それならいい。ケイブンという男はどうだ」
「以前、メイス商会で番頭をしておったケイブンという者がおりました。セプテマ商会との取引を担当しておった男です。この者も、事件のあとメイス商会を辞めたと聞いておりました。ホータンの顔もみにいきましたが、確かにケイブンに顔立ちがにております」
「なるほど。つながってきたな。さて、リントス」
「は、はいっ」
「領主館に行く。チェイニーとオレのほかに、従者が二人同行できる。お前が選べ」
「はい。一人は私です。もう一人は」
リントスは年長の元店員をみた。
「ホトル。来てもらえますか」
「はい。お供させていただきます。ところでリントス様」
「何ですか」
「チャダの者たちも呼び寄せますか」
チャダの町にも何人かの元店員が残って、商売と情報集めを行っている。
「いえ。まだ早いでしょう。決着をつけるときには、必ず呼びます」
「はい。ありがとうございます」
九の月の三十二日、チェイニーはレカンを伴い、ロトル領主ナリス・カンドロスの館を訪問した。
「ロトル伯爵様。こちらが冒険者レカン様です。レカン様。こちらがロトル伯爵ナリス・カンドロス様でいらっしゃいます」
「レカンとやら、よく来てくれた。ツボルト迷宮を踏破した冒険者に会えてうれしいぞ。しかも〈彗星斬り〉を得たというのだから素晴らしい。このロトルの町にも幸運をもたらしてくれ」
「レカンだ。よろしく頼む」
「しかも最近パルシモ迷宮が踏破されたというが、それもお前のやったことらしいな。信じられん。お前はこの国最高の冒険者の一人なのだろうな」
「パルシモではメンバーに恵まれた。特に大導師ジザ・モルフェスの参戦は大きかった。モルフェス導師が一緒でなければ、とても踏破できなかった」
「ははは。みかけは剛胆そのものだが、意外に謙虚ではないか。この町は食べ物はうまいし、酒もよい。充分楽しんでくれ」
「確かに食い物も酒もうまい。宿の風呂もまあまあだ」
「ははは。楽しんでくれているようだな。女はどうだ。それとも女の連れがいるのか」
「今は連れていないが、婚約者は二人いる」
「二人、だと?」
「伯爵様。レカン様の婚約者のお一人は、マシャジャイン侯爵様のお従姉妹です」
「なにっ。ばかな。いや、失礼した。だが、マシャジャイン侯爵家の姫が冒険者に嫁がれるとは。待てよ、二人の婚約者と言ったな」
「はい、伯爵様。もうお一人の婚約者は、ヴォーカのエダ様です」
「ヴォーカの、エダ。ヴォーカというのは、チェイニーの根拠地だったな。エダ。その名には聞き覚えがある」
「〈薬聖〉スカラベル様に〈浄化〉をおかけになったかたですよ」
「〈北方の聖女〉殿か! その噂は南部にも聞こえておる。それにしても婚約者が二人ということは、お前は、いや、貴殿は……。そういえば、冒険者レカンは〈落ち人〉だという噂を聞いた。もしや貴殿はもとの世界で貴族であったか」
「まあ、そんなところだ」
「これは失礼した。明日か明後日にでも晩餐にお招きしたいが、いかがであろうか」
「招待に感謝する。だが、その話の前に、用事を済ませたい」
「ああ、そうであった。では私はしばらく用事で席をはずす。くつろいでいただきたい。侍従は残す。あなたたちが何も持ち込まず、何も持ち去らなかった証人だ」
「すまんな。一服したらオレたちは帰る。あらためてあいさつには来させてもらう」
「お待ちしている」
レカンとチェイニーが座っているソファの後ろには、リントスとホトルが使用人然とした格好で立っている。ヴァンダムは部屋の外だ。ちなみにニルフトは正式には入館せず、身を隠して何かを調べている。ニルフトは魔力持ちなので、レカンにとっては居場所を確認しやすい。ただ、一度みうしなったら再発見はむずかしいかもしれない。この領主館には、ニルフト程度の魔力の持ち主は何人もいる。
ホトルは、壁際に飾られた壺の一つから目を離さない。それが目当ての品なのだろう。ホトルも〈鑑定〉の使い手で、壺を鑑定した。レカンも鑑定した。
領主館を出て、馬車のなかでホトルは口を開いた。
「壺は奪われた宝物の一つです。間違いありません。製造元は、これがセプテマ商会の注文で作製したものだと証言してくれます。長年懇意にしている工房なのです。そして何かと取り違えるような品ではありません」