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ニルフトは、バンタロイの町の有力貴族ボルドリン家子飼いの密偵だった。ボルドリン家では、ザック・ザイカーズに対抗する必要もあり、ヴォーカのゴンクール家の乗っ取りをたくらみ、ニルフトを差し向けた。ニルフトはゴンクール家当主プラドの孫ドプスの命を奪い、さらにプラドにも毒の針を打ち込んだ。だが、居合わせたノーマが〈浄化〉を発現させてプラドを救い、さらにノーマの知略と騎士ジンガーの武勇によって、ボルドリン家の野望は打ち砕かれた。
それだけではなく、ニルフトは神殿で〈真実の鐘〉にかけられてしまい、ボルドリン家の悪事が明らかとなってしまう。ボルドリン家の女当主カッサンドラは息子たちにより財産のほとんどとすべての権力をはぎ取られて引退させられ、さらにゴンクール家には莫大な補償が行われた。
そのときニルフトは処刑されて死ぬはずだった。この案件は領主の判断により〈真実の鐘〉が使用されたことにより裁定されたものだから、ゴンクール家ではニルフトの処刑を領主に任せた。こうした処刑は即日行われるものである。
ところが、ニルフトの持つ情報は、バンタロイやその周辺の町とも深い関わりのでき始めたヴォーカの領主にとり、あまりに貴重だった。ニルフトは情報を小出しにしたため、処刑はなかなか実施されなかった。そうしているうちに、カッサンドラの使者が来た。カッサンドラは、なけなしの財産のほとんどをヴォーカ領主クリムス・ウルバンに差し出して、ニルフトの助命を乞うた。
クリムスは当惑した。たかが密偵ではあるけれども、ニルフトはカッサンドラに深く信頼される側近でもあるようだ。不必要な恨みは残したくない。だが、ゴンクール家では、当主の後継者が殺害され、当主自身も殺害されるところだったのだ。今さら助命などを申し出ても、納得するとは思えない。それでもクリムスは、ノーマにこの件を打診した。
ノーマはこの件をプラドに相談した。意外にもプラドは怒りをみせず、ノーマの判断に任せると言った。
ノーマはニルフトの死刑を取り消し、バンタロイに送還することを、クリムスに進言した。クリムスは喜んでこの進言を取り上げた。
ニルフトをバンタロイに送還する役は、チェイニーに委ねられた。ボルドリン家からゴンクール家に譲り渡されたいくつかの事業は、チェイニーが管理することになっていたからだ。
ニルフトを送り届けたチェイニーは、カッサンドラの暮らしぶりのひどさに驚き、薬や食品や服など、あれこれ贈っていたわった。
やがてカッサンドラは死んだ。カッサンドラを看取ったニルフトは、カッサンドラが受けた恩義を返すため、チェイニーのもとに身を寄せたのである。
ニルフトが密偵であり暗殺者であり、ゴンクール家にとって憎むべき人間であることを、もちろんチェイニーは知っている。だからニルフトはヴォーカには連れて帰らず、バンタロイ周辺での情報収集にあたらせた。
ニルフトは、バンタロイとその周辺について驚くべき情報通であり、つても多い。ボルドリン家は一時期王都の南にある都市群にも商売の手を広げていたから、ロトルやチャダの商家については、ある程度の知識がある。
「チャダのセプテマ商会の災難と没落につきましては、当時バンタロイにも噂が届いておりました。少し情報を買ってみたのですが、事件が起こったあと、あまりに早く商会が消滅したことから、単に盗賊による宝物の強奪だけではなく、商会のなかに裏切り者がいたのではないかと、現地の情報屋は申しておりました」
「ほう」
「その一方で、セプテマ商会の没落後、財を突然増やした商家や貴族はみあたりません。奇怪な事件でございます」
「ほう」
「ホータン商店とヌーガ商店については、以前より多少の不審を感じておりました」
「どんな不審だ」
「正体がはっきりしないと申しますか、みかけが怪しいともうしますか」
「オレにわかるように話してくれ」
「恐れ入ります、レカン様。旦那様」
「何かね」
「このことについては、調べてみないとこれ以上のことが申し上げられません。しかし調べるとなると、日にちと費用が必要になります」
「チェイニー。できるだけ早く情報が欲しい。金なら出す」
「はい、レカン様」
レカンは白金貨を一枚取り出してニルフトに差し出した。
「これは当面の費用だ。必要なら言え。いくらでも出す」
「恐れ入りました。レカン様のご覚悟のほど、胸に収めました。これはお預かりします」
ニルフトは白金貨を胸の隠しにしまった。
「旦那様、一日二日、おそばを離れるのをお許しください」
「許します。今はレカン様のご要望にお応えするのが一番大事です。私にできることはありませんか」
「ならばお言葉に甘えて。ロトル領主様に、一筆おしたためいただけませんか。願わくばこの者の問いにお答えを頂きたいと」
「わかりました。レカン様、二日後の夕刻、この店でお会いしましょう。ニルフトも、それでよろしいですね」
「はい」
「すまんな。よろしく頼む」