6
6
翌日は朝からホータンの店を探った。だが何もわからなかった。
食堂に入って夕食を食べていると、目の前に一人の特徴のない男が座った。
「ちょっと失礼しますよ、旦那。混んでますねえ。うまそうな店だ」
ぽっちゃりだった。
レカンは返事もせず、酒をあおった。
「さてと、旦那。あたしがお役に立つときが来たようですね」
肉片にフォークを突き刺し、口のなかに放り込みつつ、レカンは鋭い視線をぽっちゃりに向けた。
「何か用か、ぽっちゃり」
「ちっちっちっちっ。そいつはいただけませんね。あたしに何か頼みたいことがあるんじゃないんですか? まずは名前を呼んでくださいな」
「名前?」
思い出そうとしたが、思い出せない。
「まさか、ほんとに忘れたんですか?」
「いや。最初から覚えていない」
「なんてこった! いや、あたしのような稼業をしてるもんにゃ、勲章のようなお言葉ですけどね。でも旦那には覚えておいてもらいますよ。グィスランです」
「グィスラン」
「そう、グィスランです。さあ、旦那、面倒なことは申しやせん。ひと言、こうおっしゃってくださいな。グィスラン、お前が必要だ」
酒をあおりながらレカンはうさんくさげな目でぽっちゃりをみおろした。
(こいつ)
(つけあがってるな)
正直、ぽっちゃりが目の前に現れたときには、助かった、とレカンは思った。
密偵としては優秀な男である。この男の力を借りれば、レカンの悩みは解決する。
だがぽっちゃりは、わざわざ恩を売るような言い方をしている。あざとい。それがしゃくに障った。
「さあ、さあ、旦那。あたしの助けがいるんじゃないですか」
とはいえ、今レカンは行き詰まっている。〈白魔の足環〉を得るためなら、少々ぽっちゃりを喜ばせるような言葉を吐くぐらい、何だというのか。
そのときレカンは、混雑する店のなかで立ち止まってこちらをみている中肉中背の年配の男に気がついた。
「チェイニーじゃないか」
「ははは。レカン様。お会いできてうれしいことです。こちらはお知り合いですかな?」
チェイニーの後ろで、専属護衛の銀級冒険者ヴァンダムが手を上げてあいさつしてきた。レカンも手を上げて応える。もう一人、みたことのない痩せた小男がいる。
「いや、知り合いじゃない」
ぽっちゃりが、驚いた顔をして、それから眉をしかめて抗議の意を表したが、無視した。
「奥に部屋を取ってあるのですよ。よかったらご一緒なさいませんか」
「そうさせてもらおう」
レカンはチェイニーに案内されて、奥の個室に入った。そこには一人分の食卓が準備されていたが、小男が店の従業員に指示を出し、すぐにもう一人分の準備があつらえられた。
「ささ、まずは一杯」
「ああ、あんたもな」
「これは、これは」
「乾杯」
「乾杯」
うまい酒だ。値も張るにちがいない。
ヴァンダムは部屋の外に立っている。小男は部屋の隅に立っている。
「なかなかの警戒ぶりだな。金目のものでも持っているのか?」
「念のためですよ」
「こんな所まで足を伸ばしてるのか」
「何をおっしゃる。レカン様のおかげですよ」
「なに?」
「あなたから託された竜素材。どこに売るかを考えた場合、やはりロトル伯爵にまずお声をかけるべきだと私は思いました」
「ほう?」
「あれの値打ちを一番知っているのは、ロトル伯爵であり、ロトルの商人たちです。素材の加工を一番上手にできるのも、ロトルの職人たちです。そして久々の迷宮踏破の報に、ロトル伯爵のもとには引き合いが殺到していました。しかし、手元に竜素材などないとなれば、どうなりますかな」
「なるほど。ロトル伯爵の立場がないか」
「はい。そしてそんなとき、別の場所で竜素材が売りに出されたら、どうなります? 少し調べれば、それがロトル迷宮の主の素材ではないかということは見当がつくのですよ」
「まあ、面白くは思わんだろうな」
「そういうことです。つまり恨みを買わず、恩を売り、かつ最も適正な加工と販売をするには、ロトルに来るのが最もよいと考えたのです」
「なるほど。まあ、どこで売ろうがあんたの自由だ」
「ありがとうございます。今回は、加工を頼んだ品ができたのを引き取るのと、あらためて伯爵様にごあいさつするためにやって来たのですよ。ああ、そうそう。パルシモ迷宮踏破おめでとうございます」
「ああ。ところで、チェイニー。相談がある」
「何なりと」
レカンは事情をすっかりチェイニーに打ち明けた。ただし〈始原の恩寵品〉のことは話さず、リントスが、レカンが欲しい恩寵品を持っているとだけ伝えた。
チェイニーはしばらく考え込んでいたが、やがて後ろを振り返って、部屋の隅に立っている小男に声をかけた。
「ニルフト」
「はい、旦那様」
「レカン様は私の恩人であり、深く信頼し合う仲です。私はレカン様のお役に立ちたい。この件について、お前は何か知っていますか」
「多少のことは存じております」
「それを教えてもらえますか」
「はい。かしこまりました」




