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「やはりこの脚絆は、オレが思っていた通りの品だった。祖先から譲り受けたということは、あんた、この脚絆がどんなものか知っているんだな」
「え? どんなものといっても、ただ足に巻いて足を守るだけのものです。ただ、これを身に着けていると先祖の加護があるような気がして、心が強くなるのです」
「この脚絆の価値を知らないのか?」
「価値といっても。父を殺して金目のものを残らず奪い去っていった盗賊団が持っていかなかった程度の品です。私と妹以外の人間にとっては、価値などないでしょう」
「この脚絆を着けてある呪文を唱えると、二十歩先に転移できる」
「えっ。それは本当ですか?」
「本当だ。ただし一日に三回だけだ」
「え? それだけですか。たった二十歩先に三回移動できたからといって、いったい何の役に立つんです?」
「言い忘れたが、障害物に妨げられずに転移できる」
「ということは、壁を越えられるわけですか。それなら便利といえば便利かもしれませんね。泥棒に入るときなどには」
「これがあれば、敵と戦うときに、大きな力になる」
「え? ああ、なるほど。相手との距離を一気に縮められるわけですからね。でも二十歩というのは、中途半端ではないですか?」
「そういうのは使い方次第だ」
「ああ、それに閉じ込められたときに脱出するのにも使えるかもしれませんね」
「オレはレカンという冒険者だ。ぜひこの脚絆が欲しい。譲ってもらえないだろうか。もちろん金は払う。そちらの言い値でいい」
「ははは。言い値でいいとは、なんと気前のいいお申し出でしょうか。そんなことを商人に言えば、白金貨一枚というような値段をつけられてしまいますよ」
レカンは白金貨を取り出して手のひらに乗せ、差し出した。
「うそ、でしょう。いや、本当に白金貨だ。あなたはとてつもなく腕利きの冒険者なのですね。それにしても、こんな古ぼけた脚絆一つに、白金貨を差し出すとは。あなたにとってこの脚絆は、それだけの価値があるのですか。いや、そんなばかな。でも、しかし」
「オレにとって、その脚絆は秘宝だ。白金貨一枚で足りなければ、二枚でも、三枚でも払う」
「罠、なわけはないですよね。こんな人けのない所なんですから、私と妹を斬り殺して脚絆を奪っても、人にみとがめられることはない。あなたには、それができるだけの強さがあるし、人を殺すのにも慣れている。それなのに、あなたは私から脚絆を奪うのではなく、こうやって白金貨を差し出している」
若者は、目線を落として考え込んだ。
「レカンさん。私はチャダの町の商人で、リントスと申します。後ろにいるのは、妹のマイナです」
マイナはリントスの後ろで、レカンに頭を下げた。レカンは目であいさつを返した。
「レカンさん。お金はいりません。その代わり、私を助けてもらえませんか」
「助ける、とは何から助けるんだ」
「私は父の仇討ちをしたいのです。腕利きの冒険者であるあなたに、それを助けてもらいたいのです。そうすれば、この脚絆はあなたに差し上げます」
「ほう、仇討ちだと。任せておけ。だが、ちょっと待て。腕を切り落とした山賊が意識を取り戻したようだ。尋問するか?」
「尋問? いえ」
「そうか。〈炎槍〉」
レカンは意識を取り戻してうめいている山賊にとどめを刺した。
「なんて容赦のない。なるほど。あなたは筋金入りの冒険者なのですね。レカンさんに協力していただけるのなら、チャダの町に帰る必要はない。ロトルに引き返します。いいですか」
「もちろん」
「マイナもそれでいいね」
「はい、兄さん」
三人は東に引き返し、その夜は野営した。
食事をしたあと、事情を聞いた。
チャダはワードと王都をつなぐ迷宮街道に位置する伯爵領の町で、商業で栄えている。
リントスとマイナの父であるムッズは、セプテマ商会の会頭だった。セプテマはチャダでも五本の指に入る有力な商家だったが、十二年前にすべての財産を失って商会は消え去った。
というのは、ワード侯爵の息子が結婚するにあたり、セプテマ商会は多数の宝物の手配を受注したのだが、宝物をワードに運ぶ道中、盗賊団に襲われ、宝物はすべて強奪され、店員と護衛は皆殺しにあったからだ。
父であるムッズもそのときに殺された。
宝物のなかには代金を支払っていなかったものもあり、精算と後始末のためには店のすべてを売り払わなくてはならなかった。本来ならワード侯爵から莫大な賠償金を請求されるところだったが、ワード侯爵は弔問の使者と見舞金をよこしただけで、賠償については何も言わなかった。
残った店員の多くは他の商店に引き抜かれた。どのみち、彼らを雇い続ける金はなかった。それでも、セプテマ商会に忠誠を誓う数人の店員が、細々と仕事をしながら、ムッズの遺児であるリントスとマイナの成長を待った。リントスとマイナの母は、店を復興しようとあがき続け、苦労のなかで死んだ。
母が死んだあと、リントスとマイナに支援の申し出をする者が現れた。全盛期のセプテマ商会と肩を並べる商家であるメイス商会のケラスだ。ムッズは若いころ、メイス商会で修業していたため、メイス商会の御曹司であったケラスとは古い顔なじみだ。
ケラスはリントスとマイナに、メイス商会に来るように勧めた。残った店員たちも一緒にである。商人として修業を積んだあと、ゆくゆくは店を一つ任せるつもりだとまで言ってくれた。
「わからんな。それだけの好意があるなら、どうしてお前たちの母親が生きているうちに援助してくれなかったんだ」
「援助は何度も申し出たけれど、母がそれを断っていたんだそうです」
「なに? ふむ。援助を受けたくない相手だとすると、そのケラスとお前たちの父親とのあいだには、何かいさかいでもあったのかもしれんな」
「そこがわからないのです。残った店員たちに聞くと、セプテマ商会とメイス商会には取引もあったし、格別の確執のようなものはあったように思えないということです」
「ふうん。それで仇討ちというのは何のことなんだ」
「はい。私たちはケラスさんに、ご好意はありがたいけれど、私たちの願いはセプテマ商会の復興なのです、と言いました。ケラスさんは何度も、不吉な陰を背負ってしまったセプテマ商会の名は捨てて、メイス商会でやり直すよう勧めてきましたが、断りました。生活費の援助も申し出てくれましたが、それも断ってきました。援助を受けると、借りができます。それでは対等の交渉ができません」
(ほう。こいつ、骨のあるやつだな)
(落ちぶれても気持ちの上ではそのケラスというやつと対等のつもりだとは)
「最近になって、ケラスさんが折れてくれました。一定の年限修業したあとで、新しい店を出せるようにしてくれ、しかもメイス商会の傘下には入らず、新たにセプテマ商会を名乗ればいいというのです。残っている店員たちも、セプテマ商会が復興されるなら、そのとき私のもとで働くと言ってくれています」
「ほう」
「それも借りを作ることに変わりありませんが、ここまでのご好意を無にすることはできません。その申し出を受けようかと思い始めたとき、ケラスさんがこんなことを言ってきたのです。お前たちの仇がみつかったかもしれない、と」