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翌朝ヴォーカ目指して出発しようとしたレカンだったが、一つ問題があるのを思い出した。
竜肉が腐り始めているのだ。
一度目にロトル迷宮の主を倒して得た竜肉は、ちゃんとマシャジャインで処理してもらったが、手元に残した分はだいぶ前に食べきった。
二度目に得た竜肉は、処理もしないまま大きく切り分けて〈収納〉に突っ込んでおいて、必要に応じて取り出して食べていたのだが、それが腐り始めていたのである。
マンフリーに相談したところ、腐りかけてはいるが、それは表面の部分だけであり、表面を削り落とせば食べられるということだった。大きな塊だと、魔力が抜けずに残るので、腐りにくいのだという。確かに、一か月以上たっているのにまだ食べられるというのだから、普通の獣の肉とは比較にならないもちのよさだ。
だが、表面をそぎ落とした肉を削って焼いて食べたところ、うまくなかった。いや、うまいことはうまいのだが、明らかに風味が落ちている。
レカンは手持ちのすべての竜肉をマンフリーに贈呈して、ロトルに向かった。
ロトル迷宮の休眠期は四十日なので、もう復活しているはずだった。
次の竜肉を手に入れなければならない。そしてちゃんと処理してもらわなくてはならない。ちゃんと処理をすれば一年近くはもつと聞いている。
だが、ロトルに着いたとたん、竜肉のことなどどうでもよくなった。
食堂で料理を注文したところ、近くのテーブルに座る若い男の足に目がいった。
レカンの目が驚愕で大きくみひらかれる。
その若い男の両脚には、脛覆いが巻き付けられていた。そしてその脛覆いに刻まれた文様は、〈不死王の指輪〉や〈闇鬼の呪符〉に刻まれた文様と、とてもよく似ていたのである。
(〈始原の恩寵品〉だ!)
(足に着けているということは、たしか……ええっと)
(思い出した。〈白魔の足環〉だ。エジス迷宮の品だ)
若い男は食事をしている。同じテーブルの向かい側では、若い女が食事をしている。レカンも食事を注文したのだが、店が立て込んでいるせいか、なかなか注文した品が出てこない。そのうちに若い男と若い女は食事を終えた。
そのときレカンの注文した品が届いた。若い男と女が店を出て行く。レカンは立ち上がって、大銅貨を二枚取り出して、料理を運んできた店員に渡した。
「すまんが急用を思い出した。この料理は食べたいやつにやってくれ」
「えっ? ええっと、お客さんっ?」
とまどう店員にかまわず、レカンは二人の跡を追うように店を出た。
この町には人が多い。距離をあけるとみうしなってしまうかもしれない。
相手の二人は魔力持ちではないので、レカンの能力では他人との差が感知できない。みうしなったら、もうみつけられないだろう。
〈始原の恩寵品〉は魔力も帯びていないし、離れた所から感知できるような特徴がない。だから今回のように、たまたま目撃する偶然でもなければ、探し出すことができない。この機会をむだにはできなかった。
やがて二人は町を離れて西に向かった。
(しめた)
街道を離れた山道に入ったので、人通りがほとんどない。これならかなりの距離を置いて追跡できる。今やレカンの〈生命感知〉の有効範囲は二千歩を超えるのだ。
まずは、何らかの理由をつけて、脛覆いを鑑定させてもらう必要があるだろう。勝手に鑑定してもいいが、そのことが相手にばれた場合、不信感を持たれる恐れがある。それは避けたい。
山のなかで日が暮れ、二人は野営した。レカンも離れた場所で野営した。
野営する二人のところに行って挨拶し、脛覆いを鑑定させてくれと頼んでみてもいいが、こんな山のなかでそんなことをすれば怪しまれてしまうだろう。いや、それを言うなら、町のなかであっても同じだ。
いったいどうすればいいのだろう。
レカンのこういう場合の交渉能力は、情けないほど低かった。
何事もなく朝が来て、二人は食事をしてから出発した。レカンもあとを追った。
山を下り、広い草原に出る。二人とレカンは黙々と前進した。
太陽が中天に差しかかるころ、馬に乗った三人の男が現れた。
そして、驚いて立ちすくむ二人の周りをぐるぐる回り始めた。
レカンの位置からはよく聞こえないが、何か野卑な言葉を投げつけているようだ。そして三人の風体は山賊か傭兵か、そうでなければ冒険者だ。
〈隠蔽〉
レカンは自分自身に〈隠蔽〉をかけて近寄った。
やはり馬に乗った男たちは山賊のたぐいだったような風体だ。
「うらーっ。うらーっ」
「どうした。へっぴり腰め。そんなことで妹を守れるのか」
「命が惜しければ、金目のものを全部置いていくのだっ」
レカンは神に感謝した。どうみても二人の若者には、この三人の襲撃者に対抗できるような力はない。これで自然な形で二人に接触できる。
「そこで何をしている」
レカンは大声を上げた。そんなことをすれば、〈隠蔽〉は解ける。
三人の山賊は、ぎょっとした目で突然現れたレカンをみた。