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地上階層に跳ぶと、騎士と兵士が待ち構えていて、丁重に出迎え、パーティーを祝福してくれた。特にジザに対する態度は敬意にあふれていた。
迷宮の主を倒したのだから、迷宮の魔獣は消え去ってしまい、誰かがこの迷宮を踏破したのだということは、ただちに知られたのだ。レカンたちが疲れを癒し、出てからのことを相談し、ジザからの報酬である白金貨を受け取ったりしているうちに、地上では連絡が飛び交い、迎えが出されたのだろう。ここに詰めかけていたはずの研究所の導師や研究者たちは追い払われたにちがいない。
入り口を出ると、大勢の人がいた。
宿舎や受付の職員もいる。探索者たちもいる。きわめて大きな魔力を持った人間が大勢いる。彼らは拍手で一行を迎えてくれた。だが何人か、拍手はしながらも渋い顔をしている者もいる。
(あの男、すごい魔力だな。そして複雑な表情だな)
(たぶん迷宮踏破に参加したかったんだろうな)
一行は馬車で領主の館に連れていかれ、歓待を受けた。
接待役はトール・シエーレだ。領主の甥でパルシモ迷宮管理責任者である。
トールによると、領主としては六十年以上迷宮が踏破されていない状態を遺憾に思っていたそうで、ジザ・モルフェス導師の働きに期待していたそうだ。
五十日後に迷宮踏破祝賀会をやりたいという。王国南東部の領主たちに広く案内をしての大きな祝賀会だ。
だがレカンは、そんなに長いあいだ縛り付けられるのはいやだと断り、三日後に出ていくと言い張った。トールはレカンにもう少し滞在してほしいと懇願したが、レカンは譲らなかった。
そこで二日目の夕刻に、領主の招待による祝賀晩餐会が行われ、それに先だって領民たちに英雄たちのおひろめが行われることになった。
迷宮を出た日の夜、レカンはジザに聞いた。
「オレは古代語魔法が覚えられるかな」
「みてあげようかの」
ジザは細杖を出してレカンの右胸あたりを〈解析〉で調べた。
「〈解析〉で人間が調べられるとは思わなかった」
「いや。人体を調べたわけじゃないのじゃ。おんしには適性がない。古代語魔法は覚えられんのう」
「そうか。右胸がどうなっていたら、適性があるんだ?」
「さあのう」
教えてくれる気はないようだ。
レカンはジザの右胸を〈立体知覚〉で探った。
〈立体知覚〉では調べる対象が硬いか柔らかいかはわからない。ただし、しばらく観察していれば、動いたり曲がったりする部位と、形が変わらない部位があるのはわかる。ジザの右胸には、こぶし程の大きさの硬い何かがあった。それは魔獣でいえば魔石にあたるような何かであり、とてつもない魔力をまとっている。
翌日町に出たレカンは、まずトルーダの店に寄って礼を言い、一緒に杖屋に行った。
調べてみたところ、杖屋の主人の右胸にも、魔力を帯びたごく小さな硬い何かがあった。
トルーダと昼食を取っていると、ぽっちゃりが手を振ってきたが、みなかったことにした。
大祝賀会は取りやめになったわけではなく、六十日後に盛大に行われるという。宰相府をはじめ、マシャジャイン侯爵やツボルト侯爵、ギド侯爵にも案内がなされるらしい。レカンの知ったことではないが。
ウイーは名誉退団という扱いになりそうだという。魔法騎士団が設立されてからこのかた、魔法騎士団員がパルシモ迷宮踏破の栄誉を担ったことはないということで、ウイーは魔法騎士団を代表して迷宮踏破に参加した功労者としてたたえられ、大祝賀会に出席したのち引退することになるのだという。
「だからウイーさんとの合流は、少し予定が変更になりました。私はできるだけ早く里にいったん帰りたかったので、好都合です」
せっかく〈神薬〉が手に入ったのだ。アリオスは父に一刻も早く〈神薬〉を飲ませたいだろう。それを思えば、迷宮探索に六日間も付き合わせ、そのあとも三日間足止めすることになってしまったのは、申し訳ないことだった。
「すまなかったな、アリオス。オレが無理を言ったために、日にちを使わせてしまった」
「いえ。私が自分で決めたことです。それに、この迷宮探索で得たものは大きかった。神々のお引き合わせだと、感謝しています」
「そうか。まあ、〈インテュアドロの首飾り〉も〈自在箱〉も、あの状況でなければ手に入れられなかっただろうしな」
ここでレカンは、一つの疑問を思い出した。
「アリオス。お前どうしてウイーに長命種だと打ち明けたんだ。あの時点で、そんなことを言う必要がどこにあった」
「ウイーさんも長命種の血を引いています。われわれと同族の血を」
「なにっ」
「みてそうとわかりました」
「そういえば、年齢のわりに若くみえる体質だとか言ってたな。そうか。そうだったのか」
「レカン殿に、迷宮探索に付き合ってくれと言われたとき、私が承諾したのは、レカン殿への義理立てではありません」
「なに?」
「素晴らしいと思ったんです」
「何がだ?」
「モルフェス導師は、パルシモ迷宮踏破を宿願としておられた。しかしそれを魔法研究所の運営者たちは禁じ、監禁しようとさえしました。ウイーさんは、自らが所属する魔法騎士団を裏切ってまで、モルフェス導師に最後の機会を与えたのです」
「いや、それは、ウイー自身が迷宮を踏破したかったからだろう。おばばも言ってたじゃないか。迷宮を踏破することで自分の何かが変えられると思ったとか何とか」
「それもあるかもしれませんが、たぶんそれは本人も自覚していない心の奥底の思いなんじゃないでしょうか。ウイーさんがああいう行動を取った理由は、モルフェス導師の悲願をかなえてあげたかったからです。モルフェス導師の弟子だったと聞いて、なるほどと思いました。モルフェス導師が命に代えてもかなえたい夢だと、ウイーさんは知っていたんです」
「それなら脱出させるだけでよかったじゃないか。どうして一緒に迷宮に潜る必要がある」
「モルフェス導師は、いかに大魔法使いだといっても、結局魔法使いです。魔法騎士であるウイーさんは、その盾になろうと思ったのでしょうね。そして、得体の知れない無法者からモルフェス導師を守るためでもあります」
「得体の知れない無法者? ああ、オレか」
「はい。ウイーさんからみればレカン殿は、甘い言葉でモルフェス導師を巻き込み、自分の欲望を果たそうとするろくでなしです。しかも強い。何としてもモルフェス導師をレカン殿から守らねばならないと思っていたはずです。まあ、それはともかく、私はウイーさんの義侠心と自己犠牲の精神は素晴らしいと思ったのです。そしてウイーさんの戦いをみとどけたいと思ったのです。そうすれば」
「そうすれば?」
「どうなるんでしょうね」
「何だそれは。ということは、お前はウイーを助けるために同行したわけか」
「それだけではありませんよ。レカン殿との迷宮探索では、これまでいつも大きな成果がありました。何といっても楽しいですからね。油断ができないし」
「ふふ」
「ユリウスの成長ぶりをみとどけたいという気持ちもありました。レカン殿」
「何だ」
「ユリウスはいったん里に連れて帰りますが、そのあとまたしばらくレカン殿のもとで修業させたいのです。どうかよろしくおねがいします」
「それは、もう聞いた。べつに何も教えはせんし、一緒に迷宮に潜れば死ぬかもしれん。それでよければユリウスをよこせ」
「ありがとうございます。レカン殿」
「うん?」
「私は出会いを大切にしたいのです。それは一族の家訓でもあります」
確かにそうだ。迷宮探索をしていれば、それはよくわかる。
思わぬ場所で手ごわい魔獣に出会って、準備ができていないからこいつとは後日戦おうと思って逃げてしまうと、その後日は決して訪れない。思わぬ魔獣は思わぬ値打ち物を落とすものだ。奇妙な魔獣だと思ったら、百年に一度程度しか現れないごく珍しい迷宮主だったこともある。
「そうだな。出会いは大事にしなくてはいかん」
「レカン殿もそう思われますか?」
「ああ」




