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魔力が先に尽きたのはジザのほうだった。
呪縛の鎖の発動と維持には、とてつもない魔力を使っていた。そのうえで〈七頭の青杖〉を起動し全力で魔法攻撃を続けてきたのだ。そう長い時間はもつはずもなかった。
四つの金属球も浮遊の力を失って落下した。鎖もちぎれ飛んだ。
ジザの攻撃は止まっている。もう魔法を撃つ力はないのだろう。
白炎狼が四肢を縛る鎖の残骸をにらみつけると、蒸発するように残骸は消えた。
自由を取り戻した白炎狼が、ジザのいる方向をにらみつけた。
すると魔法陣の一つから青い魔法攻撃が飛び出した。
魔法攻撃が地面に突っ伏したジザを襲う。
ウイーが反射的に飛び出して真正面から魔法攻撃を受ける。その右手には抜き身の剣が握られたままだ。
〈インテュアドロの首飾り〉が魔法障壁を生成して青い魔法攻撃を受け止め、爆発する。
それは防ぎ止めた爆発ではなく、障壁の消滅を伴う爆発だった。ウイーが装着した〈インテュアドロの首飾り〉は、魔力を使い果たしてしまったのだ。
白炎狼がジザに向かって飛び出そうとする。
レカンはその眉間に大剣をたたき付けた。
〈アゴストの剣〉だ。またの名を竜滅剣。竜を滅ぼすため、神殿の祝福を受けて人間の鍛冶匠が鍛えた特別な剣だ。
白炎狼の額がぱっくり割れた。
すさまじい憎しみの波動がレカンを襲う。
だが白炎狼が一瞬立ち止まった隙を、アリオスはみのがさない。左後ろ足に後ろから斬り付けた。
白炎狼が悲鳴を上げる。今の攻撃は効いたようだ。
ユリウスも滑り込んできて、白炎狼の腹の下から〈疾風剣〉を斬り上げたが、白炎狼はひらりとその攻撃をかわして着地し、身をかがめた。
このとき、レカンは不思議なことをした。あとから振り返っても、そのとき自分がどうしてそんなことをしたのかわからない。
レカンは振り返ってウイーに大声で命じたのだ。
「突けぇぇ!」
レカンがその声を発したのとほとんど同時に、白炎狼は、ジザのほうに向かって跳躍し、そして消えた。
ウイーは剣を何もない空間に突き出した。
そこに白炎狼が出現し、右目に剣先が突き刺さった。
悲鳴を上げつつ白炎狼は右前足でウイーの体をなぎ払った。ウイーはたたき付けられるように地に伏した。
ジザの上を飛び越してしまった白炎狼は、着地して反転し、ろくに身動きもできないジザに襲いかかる。
だがそこにアリオスが駆け込んで左前足の付け根を斬り払う。いつもながら恐るべき移動速度だ。
「〈炎槍〉!」
一瞬ひるんだ白炎狼の顔面を〈炎槍〉が直撃する。
横腹には〈イェルビッツの弓〉から放たれた魔法の矢が突き刺さる。
「〈風よ〉!」
〈突風〉の力を借りて怒濤の勢いで突進するレカンに、白炎狼の顔が向けられた。
大剣を振り上げたレカンは、ウイーとジザの横を走り抜け、まっしぐらに白炎狼に迫る。
白炎狼は短く助走し、レカンに飛びかかる。その頭部めがけ、レカンの剣が振りおろされる。
一瞬のうちにいくつかのことが起きた。
まず白炎狼が何もない中空を蹴って軌道を変えた。
その軌道を変えた白炎狼の頭部をアリオスの斬撃が襲った。
アリオスの剣を白炎狼は際どいところでかわした。
かわしたところにレカンの剣があった。剣は白炎狼の頭部に激突した。
巨岩をも砕く勢いでたたき付けられた〈アゴストの剣〉が、白炎狼を地に打ち落とす。
たたき落とされた白炎狼は、ぐいと顔を上げてレカンをみた。
不思議なことに、その目に怒りはなかった。
白炎狼の首もとに、アリオスの剣が打ち込まれた。
その剣が当たる刹那、白炎狼は消えた。
消えたあとには一枚の毛皮が残っていた。
レカンは、疲労のあまり崩れ落ちそうになるのをこらえ、アリオスに声をかけた。
「アリオス。ご苦労。お前の助けのおかげでやつの頭を捉えることができた」
「それを要求されているような気がしたんです」
「助かった」
やはりアリオスは頼りになる。
そう思いながらレカンは膝をついた。
そして床にごろりと横になり、大きく手足を伸ばした。
「ふうーーーっ」
「終わりましたね」
「ああ」
「〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉」
エダの〈浄化〉が一行を癒した。
レカンはずいぶん長いあいだ横になっていたが、やがて起き上がり、メンバーに声をかけた。
「アリオス、見事だった。エダもユリウスも、よく役割を果たした。そして、ウイー。お前がいなければ、おばばは死んでいた。見事だった」
ウイーの金属鎧は無残に引き裂かれている。口には血の跡がある。〈浄化〉がなければ命の危ない状態だったのかもしれない。
「レカン殿のおかげだ」
「そして、おばば」
ジザに声をかけようとして、レカンはぎょっとした。
そこには覇気あふれる老練な魔法使いの姿はなく、老いさらばえ、力をうしなった抜け殻のような老女がへたり込んでいた。
「レカンちゃん。ありがとうなあ」
声もしわがれて、まるで艶がない。
「だいぶお疲れのようだな」
「わしは今、生涯最大の満足感に包まれておるよ。もう今すぐ死んでも悔いはない。レカンちゃん。アリオス殿。エダちゃん。ユリウスちゃん。そしてウイー。みんなありがとうなあ」
「死にかけの年寄りみたいなことを言うな。それよりこれからのことだ」
「これから何があるんじゃ?」
「ぼけたのか。外には理事会の連中が差し向けた戦力が、オレたちを待ち受けているはずだ」
「ああ、そうじゃったのう。もうそんなことどうでもええが。じゃが、今のうちに報酬の分配はしておかんといかんのう」
「その前に、それを調べてみたい」
レカンは細杖を取り出し、丁寧に準備詠唱をして、白炎狼が消えたあとに残された毛皮に〈鑑定〉をかけた。
それは白炎狼の毛皮だった。やはり白炎狼だったのだ。
(神獣が迷宮に出るだと? よくわからんな)
とてつもない魔力防御と物理防御だ。レカンは毛皮の鑑定のしかたにはなれていないが、これで鎧を仕立てたら小火竜の鎧よりはるかに防御力が高く、しかも軽くて柔軟性に富んだ鎧ができることは間違いない。
(この探索で出たものは全部おばばにくれてやる気だったが)
(これは欲しいな)
(すごく欲しい)
「これは欲しいという顔つきじゃな、レカンちゃん」
「あ、いや」
「レカンちゃんのものにすればええ。それを一番生かせるのはおんししかおらん」
「いいのか」
「いいとも。その代わりといってはなんじゃが、〈混沌の魔狼〉の死体はわしにくれんかのう」
「オレはかまわん。みんなはどうだ」
一同にも異存はなかった。
それにしても際どい戦いだった。
勝つには勝ったが、とどめを刺したという手応えはなかった。レカンには、こちらの健闘をたたえて白炎狼が戦いを終わらせてくれたような気がしていた。
それにしても、〈始原の恩寵品〉は使い所がむずかしい。〈闇鬼の呪符〉を使えば白炎狼の動きを止められたかもしれないが、味方も動けなくなる。〈不死王の指輪〉を使うような場面はなかった。とはいえ、いざというときこの二つの切り札があるというのは、やはり心強いことだ。