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レカンは立ち上がり、戦場に一礼した。アリオスとユリウスとエダもそれに倣った。
ウイーも礼をした。ただし礼の相手はたぶん魔狼ではなく、ボルクだろう。
「ちゃんと階段は現れておるの」
「ああ、そうだな。下に下りて休憩するぞ」
部屋の反対側に下に続く通路が現れている。
百五十階層から百五十一階層に進むときだけは、〈転移〉ではなく階段を使うのだ。
一行は階段を下り、百五十一階層についた。
そこに小さな部屋があった。
「少し早いが昼食にしよう。食材は惜しまなくていいぞ」
「ちょうどお野菜がおしまいだったんだ」
「堅焼きパンもこれが最後です」
「なんてこったい。結局保存食には手を付けずにすんだねえ」
「おばばさま。私は迷宮の食事がすっかり気に入ってしまいました」
「ひょひょひょひょひょ。それはこのメンバーだからじゃ」
「あと一戦でこの探索が終わってしまうのが、何だか惜しいような気がするのです。不思議なことですが」
「不思議でも何でもないよ。わしも同じなのじゃ。今この瞬間が、わしの長い人生のなかで最も充実した楽しい時間のような気がするの」
「ウイーさん」
「はい」
「あの、ウイーさんのおじさんて人、今も元気なんでしょうね?」
「エダ殿が、どうして伯父のことをご存じなのですか?」
「いや、あの。導師様に聞きました」
「そうですか。伯父がどうしているか、私は知りません。伯父はこの町を追放されましたので」
「えっ」
「いろいろと不正をやった証拠が出てきてのう。査問会にかけられ、財産没収のうえ追放となったんじゃ」
「へー」
誰がその不正の証拠とやらをみつけだしたのか、とはレカンは聞かなかった。聞くまでもないことだからである。
食事は楽しかった。たき火は心地よかった。そして充分な休憩のあと、パーティーメンバーは立ち上がった。
「レカンちゃんや」
「うん?」
「わしは迷うておる」
「何をだ」
「この最下層におる敵が何かわからん。〈混沌の魔狼〉が出るのか。それともそうではない魔狼が出るのか。おんしはどう思うな」
「オレの勘でいいか」
「それじゃ。その勘が知りたいのじゃ」
「〈混沌の魔狼〉ではないと思う」
「ほう。なぜじゃ」
「百五十階層に〈混沌の魔狼〉が出た。最下層にはそれ以上の敵が出るんでなくちゃ、面白くない」
「ひょっ、ひょっ、ひょっ。やっぱりレカンちゃんは最高じゃ。なるほど。そう考えればよいわな。よし。わしの迷いも解けた。さあ、行こうかの」
一行は、穴の前に横一列に並び、それぞれ準備を始めた。
中央右側に立つレカンは、左手に〈ウォルカンの盾〉を構え、右手に〈狼鬼斬り〉を持っている。
レカンの右側でユリウスが〈疾風剣〉を抜いた。
その右側ではエダが魔弓に魔力を込めている。
中央左に立つのはアリオスだ。〈虚空斬り〉を抜いている。〈魔空斬り〉は〈自在箱〉のなかだ。強力な魔法攻撃ができるメンバーが何人もいるのだから、物理攻撃に専念するつもりだろう。
アリオスの左にはウイーがいる。手にする剣は美しい光を放っている。おそらく相当の業物だ。
その左側にいるジザは、奇妙なことを始めた。
まず、一本の長杖を取り出して、杖先を立てて持ち、呪文を唱えた。そのあと手を放したのだが、杖は倒れもせず、中空に浮いている。
奇妙な形をした杖だ。ジザの身長より少し長く、ごつごつとしていて、杖先は細く、頭頂部はいびつに太い。その太い頭頂部から、指を開いた手のひらのような突起が四方に突き出している。
次に、〈自在箱〉からこぶしほどの大きさの球を取り出した。複雑な文様が彫り込まれた金属の球だ。右手で細杖を抜き、左手に乗せた金属球に呪文を込めた。やがて金属球はふわりと浮き上がり、杖の手のひらのような突起に収まった。
ジザはもう一つの金属球を取り出して、同じ事をした。結局、四つの金属球が杖の頭頂部に収まった。金属球の色は、土色、水色、赤色、そして無色だ。
膨大な魔力が杖と四つの魔力球に感じられる。
「待たせたの」
「ああ。では、みんな」
レカンは右目に力を込め、入り口に立ち込めるもやをにらんだ。
「行くぞ」
そして一行は、パルシモ迷宮最下層の主の部屋に突入した。
広い部屋だ。聞いているのとちがう。主の部屋はせいぜい差し渡し五十歩ほどしかないはずだ。だが、この部屋は、その何倍もの広さがある。
敵はいた。だが、ほかの魔狼とちがい、いきなり襲いかかってきたりはしなかった。部屋の反対側の端近くで、悠然と立っている。
大きくはない。百五十階層で戦った巨大な〈混沌の魔狼〉と比べれば、ごく小さい狼だといってもよい。距離があるのではっきりとはわからないが、せいぜいレカンの胸ほどまでの体高しかないだろう。普通の狼と比べれば大きいが、〈狼の迷宮〉の最下層に出る敵としては小さい。
だが、その存在感は圧倒的である。
黄金色に爛々と輝く目。
美しく神秘的な白銀の体毛。
想像を絶するほどの魔力は体からあふれ出し、青白い炎となって身を包んでいる。
呆然とジザがつぶやく声を聞いて、レカンはその正体を知った。
「す、白炎狼」
それは伝説のなかにしか存在しないはずの神獣であった。




