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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第46話 白炎狼
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「みんな、しっかり手をつないでいるか。行くぞ。〈転移〉」

 目の前の風景がぼやけ、新しい場所に跳ぶ。

 一見、今までみた場所と変わりない。

 だが、〈階層〉の呪文を唱えてみれば、そこはまぎれもなく百五十階層だ。

「れ、レカン。いきなり百五十階層というのは、ちょっと」

「諦めろ、エダ。ここが表示されてしまった以上、ここを踏破するしかない。四日ちょっと待てば別の階層に跳べるらしいが、そうしたらたぶん二度とこの階層には来られない。オレたちの目標は、ここなんだ」

「う、うん」

 レカンは、アリオスとユリウスに体力回復薬を渡し、他のメンバーに、魔力回復薬と体力回復薬を渡した。

「では、出口で会おう」

 そう言い残してレカンは穴に飛び込んだ。

 真っ黒な魔狼が猛然と走ってくる。

「〈炎槍〉!」

 必殺の魔法の槍が魔狼に襲いかかる。だが魔狼は紙一重で〈炎槍〉をかわしてのけた。そのときすでに魔狼は指呼の間に迫っている。

 レカンは倒れ込みつつ身をひねり、〈狼鬼斬り〉を振った。剣は魔狼の顔を捉え、その軌道をわずかに変える。

 魔狼の巨大な顎が顔の斜め上を通り過ぎる。

「〈炎槍〉!」

 魔法の槍が魔狼の腹を突き破り、背中に抜ける。

 さすがに百五十階層の魔狼の動きはとてつもなく速い。だが、その速さを充分に警戒していれば、対応可能な速さだ。それに、ここまで魔狼との戦いを重ねてきたレカンには、こう攻撃すればこうかわすだろうという、ある程度の見当がついていた。

 レカンが立ち上がって振り向いたとき、そこには宝箱があるばかりだった。

 久しぶりの宝箱だ。開けると、みたことのある形をした短く太い杖が入っていた。

「〈鑑定〉!」

 それは、〈コルディシエの杖〉だった。ためておける魔法の数は、なんと二十。しかも、一つ一つの魔法に込められる量も相当のものだ。杖屋の主人は、三十階層台から九十階層台で出ると言っていたが、こんな深い階層で出ることもあるのだ。

「あ」

 その鑑定結果をみたとき、レカンの脳裏にこの杖の有効な使い方がひらめいた。

 対物理障壁を仕込んでおけばいいのだ。

 現状では、レカンが対物理障壁を作るには、ある程度の時間集中する必要があり、実戦で突然使う段階には達していない。だが、この杖に対物理障壁を仕込んでおけば、瞬時に張ることができる。

 あの杖屋の店主が言ったような使い方は、パルシモの魔法使いたちにとっては正解なのだろう。だがレカンとは基盤となる条件が違う。レカンにとっては別の答えが正解だったのだ。

 レカンが穴の出口を出たとき、そこにはまだ誰もいなかった。

 やがて出てきたアリオスの軽鎧には、大きな傷が付いていた。

「どうした、アリオス」

「油断でした。〈虚空斬り〉を構えて穴に入ったんですが、出てきたのが真っ黒い魔狼だったんです。〈魔空斬り〉に持ち換えて魔法刃を生成するのに少し時間がかかり、手傷を負ってしまいました。久しぶりに赤ポーションを飲みましたよ」

「そうか」

 その次に出てきたのはジザで、それからウイーが出てきた。

 エダとユリウスが最後に出てきた。

 レカンはほっと息をついた。だが、ユリウスの鎧がひどく損傷している。

「どうしたんだ?」

「真っ黒い魔狼が出たんだ。でも、あたい、なかなか魔弓の狙いが定まらなくて。魔狼を引きつけて戦ったユリウスくんが、ひどい傷を負っちゃったんだ」

 一緒にいたのが〈浄化〉持ちのエダでなかったら、ユリウスは死んでいたかもしれない。

「そうか。竜革の鎧を手に入れておいてよかった」

 聞けば、ジザの相手もウイーの相手も真っ黒な魔狼だったという。ただし、ジザとウイーの相手は魔法攻撃をしかけてきた。だから〈インテュアドロの首飾り〉で防御しつつ、魔法攻撃で相手を倒した。ウイーの場合は、ボルクが敵を引きつけていたから、さほど苦戦はしなかったようだ。

 さて、いよいよ百五十階層の主との戦いだ。それに勝つことができれば、百五十一階層に下りることができる。百五十一階層には、迷宮の主だけがいる。五つの穴は、もうないのだ。

「ジザ。ここから先は三人で行くか?」

「三人じゃとな」

「あんたと、オレと、アリオスの三人だ」

「なるほどのう。ここから先は三人でも進める。むだに若者を死なせることもないかの」

「おばばさま!」

 ウイーがかみつきそうな表情をみせた。

「ここで引き下がったのでは、私は負け犬です。連れて行ってください! そういう約束ではないですか! 一緒に踏破しようとおっしゃったではありませんか!」

 ウイーはそう言うが、あれは目標を与えるためにそう言ったのだ。実際にここまできてみて、ウイーが無事に戦いを切り抜けられるようには思えない。レカンはそこをウイーにわからせようと思った。

「ウイー。お前では」

「レカン殿」

 珍しく、アリオスがレカンの言葉をさえぎった。

「ウイーさんは、一緒にここまでやってきた仲間ではないですか。彼女がいたからここまで来られたのです。彼女自身が次に進みたいというなら、彼女も連れていくべきです。そしてその責任は彼女自身が取るのです」

 レカンはしばらくアリオスとにらみあった。

 ウイーはといえば、少し驚いたような顔をしてアリオスの横顔をみつめていた。

 レカンはウイーに向き直った。

「ウイー。死ぬかもしれん。それでも行くか」

「行く」

 ウイーはレカンに決然と返事をした。

「ユリウス。お前は」

「ぼくも行きます」

「あたいも行くよ」

 ユリウスに続いて、エダもすかさずそう宣言した。

 ここまでの戦いをみていて、ユリウスは、つぼにはまったときの攻撃の鋭さは一級品だが、まだまだ経験が足りておらず、確実さが不足している。そして回避がもうひとつうまくない。防御力は低い。百五十階層の主と戦うのは危険すぎる。エダは後衛だし、回避力も高いが、もしも主の爪や牙の攻撃が当たったら無事ではすまない。だから二人は地上に帰したかったのだが、どうもそういうわけにはいかないようだ。

 レカンはため息をついてから言った。

「よし全員で行こう。その前に一服だ。エダ、全員に〈浄化〉を頼む」

 全員がその場にへたり込んで休憩を取った。

 エダの〈浄化〉が体にしみた。

「ああ。ほんとにええ気分じゃ。極楽じゃのう。エダちゃんの〈浄化〉は万能じゃ」

「本当に心地よい。こんなぜいたくな迷宮探索はないな」

「ほんとですね。ウイーお姉さん」

 ウイーは、とても幸せそうな笑顔をみせた。

 それから一行は、ゆっくり休んだ。

 首飾りには魔力が充填された。

 やがて誰が指示するでもなく一行は立ち上がり、入り口の前に立った。

 中央先頭にいるのがボルクだ、その背に左手で触れているウイーの右手には、抜き身の剣が握られている。

 ウイーの右側にはレカンが、左側にはアリオスがいる。そしてレカンの右側にはエダとユリウスが、アリオスの左側には〈七頭の青杖〉を持ったジザがいる。

 レカンは右手に〈狼鬼斬り〉を持ち、左手に〈ウォルカンの盾〉を構えている。〈インテュアドロの首飾り〉と〈ザナの守護石〉はもちろんのこと、〈不死王の指輪〉も〈闇鬼の呪符〉も装着している。

 アリオスは右手に〈虚空斬り〉を、左手に魔法刃をまとわせた〈魔空斬り〉を構えている。

 エダが〈イェルビッツの弓〉を引き絞り、魔力を込める。

 ジザが呪文を唱え、七つの突起が発光し、火花が飛ぶ。相変わらずすさまじい魔力量だ。準備は整った。

「よし。入るぞ」

「ボルク、前進開始」

 ボルクに少し遅れてレカンが部屋に入ったとき、すでに魔狼はこちらに突進し始めていた。

 走り寄る巨体。

 その右半身は漆黒で左半身は光り輝くように白い。

 〈混沌の魔狼〉だ。

 最下層にいるはずのパルシモ迷宮最強の魔獣である。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] レカンは〈コルディシエの杖〉を終始対物理の〈障壁〉専用で扱ってましたが やろうと思えば〈驟火〉もため込んでおけたんですかね やるにしても相当容量が必要そうですけど
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