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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第46話 白炎狼
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 七日目の朝食がすみ、だらりとした憩いのひとときである。

「レカン殿。真っ白な魔狼が出たときも、真っ黒な魔狼が出たときも、ずいぶん熱心に攻撃の効果を確かめていましたね。あれは深層の準備ですか」

「深層というより最終戦の準備だな。あ、アリオスにはまだ説明していなかったかな、この迷宮の主のことを」

「迷宮の主というと、百五十一階層の魔獣のことですね」

「そうだ。〈混沌の魔狼〉と呼ばれている」

「〈混沌の魔狼〉」

「こいつはな、魔法で攻撃したときには魔法攻撃無効の性質を現し、剣や槍で攻撃したときには物理攻撃無効の性質を現すんだそうだ」

「それは厄介ですね。でも、魔法と剣で同時に攻撃すればよいのでは」

「それが、そう簡単なものじゃないらしい。ほんのわずかタイミングがずれても同時にならない。相手は瞬時に特性を変えて対応する。そもそもここから五十階層も下に出る魔狼だぞ。大きさも強靱さも、そして動きの速さも攻撃の鋭さも、ここまでの敵とは比較にならない。そんな相手に、完全に同時に攻撃を当てるのは、非常にむずかしい」

「狙うから難しいのでしょう。投げ槍や弓などの遠距離物理攻撃を一斉に行い、同時に大人数の魔法使いによる魔法攻撃を雨あられと降らせれば、同時に着弾する攻撃もあるのではないですか」

「アリオス殿。実際に、そんな大人数が〈混沌の魔狼〉を取り囲むような状況にはもっていけるものではないのじゃ。人数が多いほどつけ込まれる隙も多いしの。じゃが、発想としてはそれに近いものが正解とされておる」

「どういう攻略方法なのですか」

「持続的な魔法攻撃を与えつつ、剣や槍で攻撃するのじゃよ。そして今は〈魔矢筒〉も開発されておる」

「〈魔矢筒〉ですか?」

 ジザはアリオスに〈魔矢筒〉の説明をした。

「そして〈混沌の魔狼〉は、魔法攻撃もしてくるし、爪や牙での攻撃もしてくるが、どちらかといえば爪や牙の攻撃が多いようなのじゃ」

「どの程度の頻度で遭遇するんですか、その最下層の魔獣には」

「六十二年前に戦った者たちがおる。それ以来じゃな」

「えっ?」

「ただし、この六十二年間に、百五十階層にゆく切符を手にしたパーティーは三つあった。百五十階層を踏破すれば必ず百五十一階層に進める。それらのパーティーは、いずれも外部の冒険者じゃった。とてもそんな深い階層に挑戦する力はなかったが、彼らは大きな利益を得た。権利を魔法研究所の理事会に売ったんじゃ」

「権利を売ったのですか? どうやって」

「百五十階層への転移が表示された者を、たった一人でも含んでおれば、そのパーティーは百五十階層に跳べる。表示は四、五日はもつからの。案内だけしてそこから地上に戻ったわけじゃな」

「ああ、なるほど」

「ただし魔法研究所にも、最下層に挑戦できるような者が、いつもそう何人もおるわけではない。そのつど一パーティーか二パーティーを派遣するのがせいぜいじゃった。わしは三回とも参加させてもろうたが、あるときにはメンバーが百五十階層を踏破できず、あるときには踏破したもののそれ以上戦えず、結局百五十一階層に足を踏み入れたことはないのじゃ」

「ということは、百五十階層を踏破した時点で地上に帰っても、もう百五十一階層には戻れないのですね」

「そうじゃ。百五十階層と百五十一階層は一つにつながっておるのじゃ」

「ちがう階層の表示を持った人がパーティーを組んだらどうなるのですか」

「どちらにも跳べん」

「今、何パーティーが百一階層以下を探索しているのですか」

「今は三つのパーティーが年に数回深層に挑んでおる。ウイーもその一人じゃ」

「それなのに長年のあいだ、誰も最下層にたどり着けていないんですか」

「百一階層から百四十九階層までは、ほぼ均等な確率で跳ぶ。しかし、百五十階層に跳ぶ確率だけが、異常に低いのじゃ」

「百五十階層に跳ぶ確率だけが異常に低い、ですか。ふむ」

「アリオス殿」

 考え込んでいるアリオスに、ウイーが話しかけた。そのまなざしは驚くほど柔らかい。

「はい?」

「アリオス殿の剣筋は、とても奇麗ですね。そして、今まで私が教わったどの師範より老練です。思考も行動も沈着です。アリオス殿がユリウスの父上なのだということを、今では信じられます。みかけはお若いですけど」

「私は今、四十歳です」

「えっ。まさか」

「私の一族は長命種なのです。このことはご他言無用に願います」

「は、はい」

 レカンはひどく驚いていた。

 長命種だということは極秘であるはずだ。なぜこんなにもあっさりと、ウイーに漏らしてしまったのか。問い詰められたわけでもないのに。レカンにはアリオスの考えがわからなかった。

「ウイーさん。あなたの剣筋も美しいですね」

「えっ。な、何をおっしゃることやら。私の剣筋など、ほとんどごらんになっては」

「いえ。拝見しています。ジザ導師様の指示でレカン殿の障壁に斬り付けたときに」

「あ」

 そうだ。

 レカンもあのとき、ウイーの剣筋は美しいと思ったのだ。この魔法騎士の剣技は、驚くほど磨き込まれている。

「正しくわが流派の神髄を身に宿しておられると思いました」

「ほ、本当ですか?」

「あなたは剣をとっても一流の剣士になれる可能性のある人です」

 あまりに予想外の言葉だったのだろう。ウイーは返事をすることもできなかった。

「さて、そろそろ行こうか」

 レカンのひと言で、その場の空気が変わった。

 これから深層に跳ぶ。足を踏み入れたその階層は、百一階層かもしれず、百四十九階層かもしれないのだ。最下層近くの階層となれば、魔獣の手ごわさはここまでとは隔絶しているはずだ。それだけの覚悟をしなければならない。

「オレたちが目指すのは、百五十階層だ。そこにたどり着くまで何日かかるかわからん。だが、たとえ百日かかろうとも、オレたちは必ず百五十階層にたどり着く。覚悟を決めろ」

 全員の目に強い決意の光が宿る。今が本当のはじまりなのだ。心なしか、ボルクの目の緑色の宝玉も光を宿しているようだ。

「さ。手をつなげ。心の準備はいいか。〈階層〉」

 レカンの頭のなかに、パルシモ迷宮の各階層がずらずらと浮かび上がる。

 最も上にあるのは一階層で、二階層、三階層と順次続き、下の階層につながっている。意識を下に向けると、ずっと下の階層が表示されてゆく。五十、六十、七十、八十、九十、そして百。

 百階層の下に表示された階層数をみて、レカンは言葉を失った。


 百五十階層。


「ま、まさか」

 ジザのうめき声が聞こえる。

 人生のすべてを賭けてたどり着きたいと願ってきた場所への扉が、ついに開かれたのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 途中苦戦描写が目立ってたウイーですけど レカンやアリオスに剣筋が美しいと評されてるので相当の実力者なのは間違いないんですよね ただ戦い方がどっしり構える戦い方なので仲間がいて強みが発揮する、…
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