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八十四階層に下りて、しばらく休憩した。
レカンは全員に体力回復薬をふるまい、ジザとウイーとエダには魔力回復薬も渡した。自分でも飲んだ。ここからの戦いのために、そうすることが必要だと思ったのだ。
「そういえば、アリオス」
「はい」
「ユリウスが魔法剣を使うのを禁止しているようだが、なぜなんだ」
「気が乱れるからですよ。レカン殿にとっては、剣で相手を攻撃することと、魔法で相手を攻撃することは、まったく別のことに思えるでしょうね」
「当たり前だ」
「ところが、剣のわざを突き詰めてゆくと、魔法の制御とよく似た部分が出てくるんです」
「なに?」
「剣は筋肉の力で振るうわけですが、その筋肉を制御し、そこに筋肉の力以上のものを吹き込んでやるのでなければ、剣のわざとはいえません」
「ふん?」
「呼吸を制御し、体の各部から引き出した力を、体のなかにぐるぐると回して強化し増幅し、剣にその剣以上の切れ味を与えるのです」
「よくわからん」
「その力が通る道を気脈といいます」
「ほう」
「ところが、魔力を体内で増幅して放出するときの、その魔力の通り道というのは、多くの場合、その気脈とよく似ているんです。それに、気を練るのも魔力を練るのも集中のしかたは同じようなものです」
「わかってきた」
「充分に気脈の確立していない剣士が魔法剣を使いだすと、当然ながら、その気脈を使って魔力を通そうとしてしまいます。しかし、気脈と魔力の通り道は完全に一致することはないのです。その結果、剣に力を与えるわざが乱れてしまうわけです」
「よくわからんが、わかった。充分に自分のなかの気脈とやらを使いこなせるようになれば、魔法剣を使っても問題ないんだな」
「そういうことです。というより、わが流派の奥義のなかには、魔法剣の習得も含まれています。気脈と魔力制御の両方ができなければ、一族のあるじたる立場には立てないのです」
「ユリウスは、どうなんだ」
「今のユリウスは目覚ましい成長期に入っています。レカン殿のおかげです。これが落ち着くまでは、余分な要素を加えるべきではありません」
「なるほどな。お前は魔法剣が使えるが、魔法は使わんな」
「はい。同じ理由です。魔法を学んでしまうと、剣のわざが乱れることがあるんです。だから、魔法剣を使える程度の魔力制御は身につけますが、魔法そのものは練習もしません」
「あの、アリオス君?」
「はい。エダさん、何ですか」
「イリーズの一族って、剣の一族だよね」
「はい。そうです」
「でも、一族の奥義を極めるには、魔力がいるの?」
「はい」
「でも、必ず魔力持ちが生まれるとはかぎらないんじゃないの?」
「エダさんは、鋭いですね」
「そうかな。えへへ」
「その通りです。だから一族の長の妻は、豊かな魔力を持っている女性が望ましいとされています」
「あ、そういえば、アリオス君のばあちゃんって、すごい魔法使いなんだよね」
「はい」
「ユリウス君のお母さんも、すごい魔法使いなの?」
「すごい魔法使いではありませんでしたが、豊かな魔力の持ち主でした」
「でした?」
「亡くなってしまいましたので」
「あ、ごめんなさい」
「いえ、いいんです」
「さて、休憩は終わりだ。行くぞ」
一行は腰を上げ、それぞれの穴に入った。
そして、それぞれの穴を攻略し、出口で集結した。目の前には階層の主が待つ部屋がある。
「さてと。それじゃ行くかいの」
ジザはそうつぶやくと、じろりと一同をみまわした。
「アリオス殿」
「はい」
「これをもらってくだされや」
「これは、〈インテュアドロの首飾り〉ですね」
「そうじゃ。あなたにはこれが必要になる」
「わかりました。お借りします」
アリオスが首飾りを装着するのをみとどけてから、ジザは〈自在箱〉から一本の杖を取り出した。
長大な杖だ。小柄な老女であるジザの身長の倍ほどもある。
上のほうの部分は大きく湾曲していて、その湾曲した部分から七つのとげが突き出ている。
いや、とげというより角だ。ナイフのようにもみえる。
「こ、これがモルフェス家の秘宝〈七頭の青杖〉!」
ウイーがやたら感動した顔つきで、ジザの持つ杖にみいっている。
「レカンちゃん。わしが部屋に入ると同時に部屋に入っとくれ。でないと戦いをみのがすかもしれんからの」
「わかった」
「ディオ」
ジザが短く言葉を唱えると、〈七頭の青杖〉の湾曲部分から突き出した角の一本が、音を立てて赤く発光した。
「ヴェント」
次の言葉を受けて、二本目の角が、薄桃色の光を発した。
「パードラ」
「カーツォ」
「シャンタ」
「サリカ」
「イリエント」
ジザが言葉を発するたびに、突き出した角が一つずつ、ぼっ、ぼっ、と黄色、緑色、水色、青色、紫色の光にそまる。そしてすべての角が発光したとき、ばちばちとすさまじい火花が散り、雷電が飛び交った。
反応し合っているのだ。七つの角のそれぞれが反発し合い、増幅し合い、力を高めている。やがて杖本体が青い燐光を帯びた。
杖にそそがれている魔力は想像を絶するほど膨大なものだ。今や小柄な老婆から発する魔力の奔流は、周りのすべてを吹き飛ばしそうなほど荒れ狂っている。近くに立っているレカンは、その奔流に圧迫され、体がふわりと横に運ばれそうな感覚を覚えた。
ジザのまとうゆったりした服は、ばさばさと波打っており、ジザの髪は命あるもののように逆巻きゆらめいている。
ジザが穴に足を踏み入れた。
レカンも穴に入った。
ほかのメンバーも、この場面をみのがしてはならないとばかりに、ほぼ同時に転移部屋に侵入した。
部屋に入ったその瞬間、ジザの発動詠唱が響いた。
「カルクスマルフォリエンナ」
そして地獄が現出した。