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「さて、そろそろ攻略を再開するか」
レカンがそう声をかけると、ジザがこう言った。
「ウイー。ボルクちゃんを連れていくのじゃ」
「えっ」
ウイーが驚いた顔でジザをみた。
「ボルクちゃんというと、人造皺男のことですね、おばばさま」
「そうじゃ。あんたはみたことがなかったかのう」
「ありません。おばばさまが迷宮探索を禁じられたのは、私が魔法騎士になる前ですから」
「そうかの。ちょっと待っておくれな」
ジザは〈自在箱〉のなかから小さな人形を取り出した。
白っぽい何かの金属でできた人形である。
細杖を構えたジザは、呪文を唱えた。
「マザーラ・ウェデパシャとヤックルベンド・トマトの名において、ジザ・モルフェスが命じる。土人形ボルクよ、わが命に従い、疾く仮初めの眠りより覚めよ」
人形がまぶしく発光した。その光は段々強く大きくなる。
ジザは魔力を注ぎ続ける。
とてつもない量の魔力が惜しげもなく注がれてゆく。
やがてジザが魔力を注ぐのをやめ、光が収まったとき、そこにはレカンよりも少し大きな体躯を持つ、白い巨大な人形が立っていた。
たくましい筋肉を持つ人間の男性を模した彫像のようでもある。ただ、体が全体にのっぺりとしていて、人間そのものにはみえない。
目があるべき位置には緑色の宝玉がはまっている。
鼻も耳もあることはあるが、穴が開いていない。
口は大きく引き結ばれていて、決然とした力強さを感じさせる。
「これが、人造皺男」
ウイーがぽつりとつぶやいた。
「ウイーよ。まずボルクちゃんへの命令を覚えてもらう。わしの言うことを復唱するのじゃ。よいかの」
「は、はい」
「〈ボルク、前進開始〉」
「ボルク、前進開始」
「〈ボルク、前進終了〉」
「ボルク、前進終了」
続いてジザはウイーに、後退開始、後退終了、戦闘開始、戦闘終了、誘引開始、誘引終了、防御開始、防御終了、攻撃開始、攻撃終了、拘束開始、拘束終了という命令を伝授した。
「こんなもんじゃな。基本的に開始の命令は終了の命令と対になるが、例えば前進開始を命じてから戦闘開始を命じると、自動的に前進の命令は解除になる。その一方で、戦闘を命じた状態で前進を命じると、戦闘は継続したまま前進する。まあ、そのあたりは実際に使ってみて覚えるんじゃな」
「ジザ導師様、質問してもいいですか」
「おや、エダちゃん。何が知りたいのじゃな」
「戦闘開始と攻撃開始って、どうちがうんですか」
「攻撃開始を命ずると、必ず攻撃する。じゃが、戦闘開始を命じた場合、相手の攻撃を待ち構えたり、味方を守る行動に出たりするかもしれん。ボルクちゃんには高度な判断機能が与えられておるんじゃ」
「へえー」
「前進を命じられたからといって、ただまっすぐ前にあるくわけじゃない。斜め右前方に穴があれば穴のほうに向けて進むし、前方に人間や魔獣がいれば、そちらに向かって進むのじゃ」
「誘引って何ですか」
「魔獣を引き寄せて引きつけるんじゃ。さて、ウイー」
「はい、おばばさま」
「穴に入ったら、すぐに戦闘開始と誘引開始を命ずるとええ。そうすれば魔獣は全部ボルクちゃんに向かう。それをたたき斬ってゆけばよいのじゃ」
「は、はい。しかし」
「しかし、何じゃ?」
「私がボルクちゃんを使ってよいのでしょうか」
「ウイーよ。あんたがこの階層を踏破したとき、何人で穴に入った?」
「五人です」
「そうじゃろうのう。このあたりの階層は、魔獣の最大数に合わせてメンバーを組むと攻略しやすい。いくらあんたでも、一人では戦えん」
「し、しかし、それはレカン殿もアリオス殿も同じでは」
「このお二人は、高速戦闘が得意じゃ。ついでにいえば、ユリウスちゃんもエダちゃんもそうじゃ。あんたは装備も学んできた戦い方も、高速戦闘には向いとらん」
「は、はい」
(ほう。ジザはよくみてるな)
(それにしても、ウイーに高速戦闘ができないというのは、オレたちから言うわけにはいかん言葉だった)
(ジザに言われたのなら、ウイーも納得するだろう)
「ウイー。ボルクちゃんの手を握るのじゃ」
「はい」
ウイーがボルクの手を握ると、ジザは細杖を向けてボルクに魔力を流し込んだ。
しばらくのあいだ、それは続いた。
「よし。これでウイーを命令者として登録できた」
「命令者、ですか」
「そうじゃ。今度回収して再起動するまで、ボルクちゃんは、あんたの言うことしか聞かない」
「え」
「さ、穴のほうを指して前進を命じるんじゃ。そして穴を通るときには、ボルクちゃんのどこかに手を触れとくのを忘れんようにな。そうすればボルクちゃんは装備の一部とみなされて、一緒に穴のなかに入ることができるからのう」
「はい」
ウイーは人さし指で穴のほうを指さした。
「ボルク、前進開始」
ボルクがくるりと向きを変え、穴に向かって歩き始めた。ゆったりした歩みだが、力強い。ボルクとウイーは穴に入った。
その後ろ姿をみおくってから、レカンはジザに話しかけた。
「ところで、全然皺男に似ていないが、あれのどこが人造皺男なんだ?」
「え? 似とらんのか?」
「あんた、皺男をみたことがないのか」
「この迷宮には皺男は出んからのう」
この老魔法使いなら、図版か何かで皺男を知っていそうなものだ。いや、知っていてとぼけているのかもしれない。
「それに、土人形というより金属人形だ」
「わしがそう呼んだわけじゃない。文句があるのなら、ヤックルベンド師に言うがええ」
「わかった。この話はなしだ」
この日は、ゆっくり休憩を取りながら七十階層まで進んだ。〈転移〉で次の階層に跳ぶときは、ウイーがボルクの手を握った。
四日目には、八十階層まで進んだ。
ウイーの戦いぶりは安定していた。エダとユリウスが遅れることが多くなり、防具に傷が増えた。




