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「〈浄化〉!」
ひときわ大きな青い光球が現れウイーの体を覆った。
「すごいのう。こんなたっぷりの〈浄化〉はみたこともないわい」
ウイーの体の至る所に傷がついている。牙や爪の傷らしきものもあるし、炎のブレスによると思われる傷もある。
ウイーも〈インテュアドロの首飾り〉を着けている。この首飾りは、魔法をはじく防御壁を自動的に張ってくれる素晴らしい恩寵品だが、万能ではない。
最大の弱点は、至近距離からの魔法攻撃は防げないことだ。腕や足にかみつかれた状態でブレスを吐かれると、首飾りは防御壁を生成しない。だから、魔法攻撃をしてくる相手とは、あまり接近しすぎないようにして戦う必要がある。
もちろんウイーも、そんなことは百も承知だ。だがそれを知っていてなお、懐に飛び込まれてしまったのだろう。それだけ相手が速く、多かったのだ。
レカンはここまでの戦いで、魔狼の攻撃特性をある程度つかんでいた。
魔狼は白だろうと黒だろうと、かみつく牙は鋭いし、魔法攻撃も強力だ。ただ、白黒に関係なく、魔法攻撃が得意な個体と、物理攻撃が得意な個体がある。そして物理攻撃が得意な個体は、移動速度も速い。この移動速度の速い個体を最初に倒さないと、あとあと厄介だ。
ウイーはそのことを知っているだろうか。たぶん知っているだろう。知っていても対処できない敵だったのだ。
「ウイー。敵は何頭だった」
「五頭だ。全部白だ。一斉に飛びかかってきて、押し倒されてしまった」
ということは、五頭とも物理攻撃が得意で移動の速い個体だったのだろう。押し倒されてしまったのに、どうにかしのいで全部倒しきったのだから、ウイーはよく戦ったといえる。
「レカン殿のくれた魔力回復薬と体力回復薬のおかげで助かった。あれはすごい薬だ。こうしているあいだにも魔力がわいてくる」
「そうか。とにかく休め。皆、ここで昼食にするぞ」
レカンの取り出した薪にエダが火を着け、たちまち炎のぬくもりが場にあふれた。
エダは野菜を切ってスープを作り、レカンは肉を串に刺して焼いた。ユリウスは、旅のために買ってあった堅焼きパンを配った。これをスープに浸せば、なかなか味もよく、腹持ちもいい。
「おいしいね、ユリウスくん」
「おいしいですね、エダ姉さん」
にこにこしながら肉をもぐもぐとかみしめるユリウスの姿に、ウイーが優しいまなざしを向けている。
「そういえば、おばば」
「何かの、レカンちゃん」
「〈インテュアドロの首飾り〉は魔法攻撃を防ぐが、物理攻撃を防ぐ恩寵品はないのか」
「ないのう。聞いたこともない。魔道具にもないし、魔法にもない。盾や鎧の防御力を上げることはできるがの。恩寵品にはそういうものがあると聞いたことはあるが、実物にお目にかかったことはないのう」
では、ゴルブルでの決闘で得た、物理障壁を張れる盾は希少なものだったのだ。だが、そんなことよりレカンは、ジザが言った魔法にもないという言葉に驚いた。
「なに? 魔法にないだと」
「そうじゃ。〈障壁〉という魔法があるが、昔は物理的な〈障壁〉魔法があったんじゃ。エラ・モルフェスは、それができた。じゃが、今は魔法防御の〈障壁〉だけが伝わり、物理障壁のほうは失われてしもうた」
「失伝、しているのか」
ジザの目がぎらりと光を放った。
「よもや、レカンちゃん。対物理の〈障壁〉を知っとるのか。いや、習得しとるのかの」
ごまかそうかと一瞬思った。だが、これからジザと共闘するのだ。ここはごまかさないほうがいい。
「ああ」
「みせておくれでないかい」
「わかった。だが、食事が終わってからだ」
食事が終わって、レカンは対物理用の〈障壁〉を実演してみせた。
「これが、対物理の〈障壁〉か」
ジザが目を爛々と光らせて障壁をみつめている。その後ろでウイーが目を大きくみひらいている。レカンはウイーに呼びかけた。
「ウイー。斬り付けてみろ」
「え? あ。わかった」
ウイーが剣を抜いて歩み寄る。美しい歩法だ。
奇麗な円弧を描いてウイーの剣が振りおろされ、そして障壁にはじき返された。
「びくともしとらんのう」
「大抵の攻撃は防げる。ただし一度だけだが、凄腕の剣士にこの障壁を破壊されたことがある」
「そういうこともあるじゃろうな。どんな障壁も、耐えられる以上の力が加われば壊れるものじゃ。それは〈インテュアドロの首飾り〉とて同じじゃ。じゃが、この障壁の強度はものすごいのう。よし、消してもう一度出しとくれ」
そのあとジザの要求で六度にわたり〈障壁〉を出した。そのつどウイーに攻撃させた。ジザは発動の様子や発動した障壁の状態を細かく観察し、〈解析〉もかけた。
「よし。ありがとうよ。だいたいわかった。ちょっとみてておくれ」
ジザは〈自在箱〉から長い杖を出すと、目を閉じて魔力を練った。
ずいぶん長く練ったあと、発動詠唱を口にした。
「〈障壁〉」
障壁が発現した。対物理障壁だ。
ジザは、みたばかりの魔法を、たった一度の試みで発動させたのだ。レカン自身、何日もシーラにつききりで教えてもらったというのに。
(いや。考えてみれば、オレが手こずったのは対魔法障壁のほうだったな)
(対魔法障壁ができたあとは、対物理障壁もすぐにできたんだったか)
「まさか、この魔法ができるようになるとは思わんかった。レカンちゃん、ありがとうなあ」
ウイーがぽつりと言った。
「レカン殿は、そんな高等な魔法を使うのに、準備詠唱をしないのだな」
これを聞いてレカンは奇異に感じた。トルーダからいろいろ話を聞いたなかで、魔法研究所の研究員ともなれば、準備詠唱なしで魔法を使うのは当たり前だと聞いていたからだ。もちろんそれは速度を重視するときのことであり、威力を重視するときには準備詠唱を行うのである。だからウイーは、準備詠唱なしの魔法など、みあきるほどみているはずなのだ。
準備詠唱を省略するのを詠唱省略あるいは呪文省略といい、発動詠唱あるいは発動呪文まで省略するのを無詠唱という。ただしトルーダによれば無詠唱に到達した魔法使いはおらず、おとぎ話にしか出てこない。




