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※外伝のほうも更新されております。
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三日目の昼近くである。
六十五階層の穴を出た場所で、レカン、ジザ、アリオス、エダ、ユリウスが待機している。五人は、ウイーが穴を出てくるのを待っているのだ。もうずいぶん待っているが、まだ出てこない。
レカンの〈図化〉をもってしても、穴の外からなかを調べることはできない。同じ階層であるのに、〈図化〉が通らないのだ。それどころか、穴に入る前にかけた〈図化〉が、穴に入ると消えてしまう。まるで別の階層に移動したかのように。
(たぶん穴の前と後の小部屋は、普通の迷宮の階段と同じような扱いなんだろうな)
「こりゃ、レカンちゃんに体力回復薬と魔力回復薬をもらっといて正解だったかのう」
なかでそれだけ苦戦していると、ジザは考えているのだ。恩寵品にも体力の回復を早めるものはあるが、回復量も回復速度も体力回復薬ほど劇的ではない。戦闘の途中で失った体力を戦闘中に補うには、体力回復薬でなければ無理だ。
「ウイーはおばばの弟子なのか」
「ひょ、ひょ。なんでそう思うた?」
「あんたたちのやり取りをみていて、何となくそう思った」
「ひょ、ひょ。そうじゃよ。ウイーはわしの魔法の弟子じゃった」
「弟子だった?」
「あれは才能がある子でのう。ごく幼いころ両親を亡くして、弟ともども母方の伯父に引き取られたんじゃが、その伯父がウイーをわしのところに連れてきて、魔法を教えてみてやってくれと頼んだんじゃ」
「うん? あんたは導師とかいう立場だろう。誰でもあんたに弟子入りできるのか?」
「わしは勝手に弟子を取ることが許されん。まして、まだ魔法使いにもなっておらんこどもを弟子に取ることはできん。じゃが、その伯父は魔法研究所の理事の一人でのう。弟子にしてもらえるようなら理事会の許可は取るというのじゃ」
「なるほど。それで?」
「ウイーは素晴らしい才能の持ち主じゃった。魔力量もまれにみる多さじゃ。砂が水を吸うように魔法を覚えていった。わしはウイーが十五歳になったら魔法研究所の入所試験を受けさせることにした。ウイーなら研究員になれる。研究員になれば、正式に弟子にできる」
「そうはならなかったのか?」
「伯父がウイーに魔法騎士の適性試験を受けさせた。すると、非常に高い適性があることがわかったのじゃ。魔法騎士団は年々弱体化しておってのう。優秀な魔法騎士の養成は、理事会の懸案じゃった。伯父はウイーに魔法騎士になるように命じた。自分の功績になるからのう」
「ウイーさんはそれを受けたんですか?」
「そうじゃよ、エダちゃん」
「伯父さんに恩義があるから?」
「そうじゃない。わしは知らなんだのじゃが、ウイーの弟は段々体が動かなくなる奇病に冒されておったのじゃ。それで〈浄化〉持ちに弟の治療をしてもらう条件で、ウイーは魔法騎士団への入団を承諾したんじゃよ」
「そうだったんですか。それで、弟さんは助かったんですか?」
「助からなんだ」
「ええっ」
「間に合わなんだのじゃ。あとで調べてわかったんじゃが、伯父は〈浄化〉持ちの施療を引き延ばしておった。おおかた、あまり早く病気を治しては、ウイーが気を変えて魔法騎士団に入らないかもしれんと考えたんじゃろうな。ウイーには、〈浄化〉持ちの存在はおおっぴらにできんことじゃから、診てもらうまでには時間がかかる、と言っておったようじゃ。ウイーは研究所の入所試験を受けて合格し、魔法騎士団に配属されることになった。入団式が済んで、いよいよ〈浄化〉持ちが来る日が決まったが、弟はその日を待たずに死んでしもうたのじゃ」
「ひどい」
それでわかった。
ウイーがユリウスに向けるまなざしの優しさが不思議だったのだ。
ウイーはユリウスに、亡き弟の面影を重ねていたのだろう。レカンはユリウスを使い潰そうとしているとウイーは思っていたのだから、レカンに厳しい目を向けたのも無理はなかったのだ。
「モルフェス導師」
「なんじゃな、アリオス殿」
「魔法騎士団に入ると、出ることはできないのですか?」
「神々への誓約を取り消さんといかんから、少々面倒ではあるし、不名誉なことでもある。しかし、やめることはできる」
「ウイーさんは、その道を選ばなかったのですね」
「そうなんじゃ。どうしてなのか、わしにはわからん」
そのときアリオスがみせた表情が気になったので、レカンは聞いた。
「アリオス。お前にはわかるのか」
「わかるような気がします」
「ほう。なぜウイーは退団しなかったんだ」
「誇りではないでしょうか。ウイーさんの気質は、魔法使いのそれというより武人のそれに近いような気がします」
「誇り、じゃと?」
ジザは目を閉じて考えこんだ。
「なるほどのう。そうかもしれんのう。それにしても、十四年もウイーと接しとるわしにわからなんだことが、アリオス殿にはすぐにわかったんじゃのう」
「十四年?」
驚きの声を上げたのはユリウスだ。
「導師様。ということは、ウイーお姉さんは、今何歳なのですか?」
「二十六歳じゃな」
「え、嘘。ウイーさんて、二十歳ぐらいかと」
「エダ姉さん。ぼくは十八歳ぐらいかと思ってました」
「あの子はのう、昔から年より若くみえる不思議な体質なのじゃ」
そのときアリオスが奇妙な表情をした。笑ったようで笑っておらず、うなずいたようでうなずいておらず、何ともいえない微妙な表情だ。それは浮かんですぐ消えた。
「魔法騎士団に入っちゃうと、ジザ導師様の指導は受けられないんですか?」
「魔法騎士団のほうから依頼がないかぎりは、指導するわけにはいかんのう。それにウイーは魔法のほうはもう充分だということで、訓練といえば剣技や体力ばかりだったようじゃ」
そのときウイーが穴から出てきた。
満身創痍といってよい姿だ。




