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三日目である。
この日の探索は、六十一階層から始まる。
レカンはウイーの心配をしていた。
五十一階層以降、目にみえてウイーの攻略速度は落ちている。怪我も多いし、疲労もしている。エダに〈浄化〉をかけてもらっているから、怪我も疲労も一応は癒えているが、六十一階層からは、最大五頭の敵が出る。
やはり一人で多数の敵を相手にするのはむずかしい。レカンやアリオスのように高速戦闘ができればぐっと戦いやすくなるが、ウイーは金属鎧を身に着けており、高速戦闘ができるわけはない。戦闘に時間がかかれば、被弾も多くなるし体力も消耗する。もともとウイーは、一人で迷宮の攻略をしたことなどなかったはずだ。いつも強力な魔法使いと一緒だったはずだ。
ジザはいまだに〈人造皺男〉とかいうものを参戦させていない。ウイーと同じ穴に投入してもらうよう頼もうかと思ったが、やめた。レカンがそのような頼みをすれば、ウイーのプライドが傷つく。それに、ジザがそれをしようとしない以上、今はそのときではないのだ。
それにしてもジザはたいしたものだ。一階層からここまで、ジザが一つの穴を攻略する時間は、ほとんど変わっていない。まるで無人の野を征くごとく、ただ歩きながら敵をほふっているのだろう。歩く速度はひどく遅いわけだが。
「ウイー。これを飲んでおけ」
「うん? これは何だ」
「体力回復薬と魔力回復薬だ」
「魔力回復薬は、おばばさまからもらって五個持っている。だが、体力回復薬だと?」
「ちょっとみせとくれ」
レカンがウイーに渡した二つの薬を、ジザがもぎ取ってしげしげとながめた。
「〈解析〉」
魔法まで使って調べ始めた。最初に、魔力回復薬に〈解析〉をかけ、次に体力回復薬に〈解析〉をかけた。
「うーん。こりゃ、すごいのう。この魔力回復薬は、パンタの薬によく似てるけど、ずっとこっちのほうが上じゃな」
「えええっ?」
ウイーが目をむいて驚いている。パンタというのは確かこの町にいる薬聖の直弟子だ。
「そしてこの体力回復薬の効果は驚くべきものじゃ。たぶん効果時間もひどく長い。レカンちゃん。この二つの薬は、いったいどこで手に入れたんじゃな?」
「二つともオレが作った」
「ほんとかの?」
「ああ」
「うーん。てっきり薬聖殿の手作りかと思ったんじゃが、ちごうたか」
「スカラベルも同じようなものを作れるはずだ。そういえばスカラベル門下では、この二つの薬の作り方は秘伝になってるんだったかな」
「ほう? どうしてそうとわかるんじゃ」
「スカラベルの弟子の何とかというやつが言ってた」
「アーマミール神官様だよ、レカン」
「あ、そいつだ」
「ふふん」
ジザが考え込んだ。そしてぽつりぽつりとしゃべりだした。
「薬聖殿がヴォーカの町に行って、エダちゃんの〈浄化〉を受け、エダちゃんが〈薬聖の癒し手〉と呼ばれるようになった出来事のとき、ヴォーカの町には薬聖殿の師匠なる薬師がいて、そのほか二人か三人の薬師だか学者だかがいたそうじゃな。その薬師だか学者だかの知識だか技術だかが、薬聖の随行の神官や薬師たちを大いに驚かせたと聞いとるよ」
「ほう。事情通だな」
「おんしがその薬師じゃな」
「ああ」
「そしてたぶん、薬聖殿の師なる人物が、おんしの師でもある」
「ああ」
平気な顔をしてはいたが、レカンは内心で大いにあわてていた。
ジザは独自の情報網を持っているようだ。そしてわずかな手がかりから真実を導き出す洞察力がある。
(まずい。このままではおばばはシーラの存在に気づいてしまう。いや、もう気づきかけている)
「その薬聖殿の師と、おんしの魔法の師とは、同じ人なんじゃないのかの」
この質問にレカンは答えられなかった。どう答えていいかわからなかった。
レカンのこの葛藤にけりをつけたのはエダだった。
「そうです。シーラばあちゃんです」
一瞬レカンは怒りを感じた。だが、すぐに思い直した。もはやジザは手がかりを得てしまった。ヴォーカに使いをやって調べれば、シーラという腕のいい薬師がレカンの師であることは簡単にわかる。魔法の師でもあることも、領主館の使用人たちには知られている。ごまかしようがない。ならばごまかさないほうがいい。
「シーラというお人じゃったかの。その人はヴォーカから消えてしまったんじゃったかのう」
「はい。薬聖様が帰るときに、ふっと消えちゃって、もうそれからは誰も姿をみたことはありません」
(うまい! 実にいい答えだ。あたしは一度会ったことがありますけどなんて、絶対に言うんじゃないぞ)
「そうじゃったのか。そのお人とは一度お会いしたかったのう」
「残念だったな」
ちっとも残念ではなさそうな声でレカンは言った。
「ま、そのうちお会いできることもあるじゃろ。な、レカンちゃん」
ジザはにっこりと笑った。
レカンは、背筋に寒気が走り上がるのを感じた。
「ま、なんにしても、これはよいものじゃ。ウイー、これを飲んでおくとええ」
「はい。おばばさまがそう言われるなら」
ウイーは二つの薬をジザから受け取り、ごくりと飲み干した。この素直さと迷いのなさは、間違いなくウイーの美質だ。
「レカン殿。ありがとう」
「ああ」
「あ、〈殿〉が戻った」
「あなたは、いったいどういう人なのだ?」
ウイーは、知らない人をみるような目でレカンをみた。
「オレはオレだ」




